政治というのはドロドロしたものなんですね。
摂政・藤原基房(細川茂樹)には報復まがいの脅し。
藤原秀衡(京本政樹)には官職。
アメとムチを使い分け、ダーティなことにも手を染めなくてはならない。
清盛(松山ケンイチ)はそれを平然とやる。
武士の世を作って国を豊かにするという目的のためには、多少の手荒なこともする。
その実行部隊は時忠(森田剛)。
昔の政治家がヤクザを使って敵対する者を脅したのと同じ手法だ。
一方、重盛(窪田正孝)は純粋で善良すぎる。
筋を通して公明正大。
僕は好きなんですけどね、こういう人物。
今回の事件だって、資盛は子供で、基房の方が位が上の人間ですし、常識的に言えば輿を降りるのは資盛。
しかし、善良な常識人というのはどうしても限界がある。革新的なことが出来ない。
有職故実にのっとって物事を判断する常識人・重盛は半ば貴族社会に取り込まれているとも言える。
また、オレオレ詐欺にダマされる人がそうであるように、善良な人は敵にもつけ込まれる。
毒には毒をで対抗しなければならないのに、善意で対抗すれば、どんどんテリトリーを奪われていく。
これが世の中の現実なんですね。
イヤだ、イヤだ。
だから善良で純粋すぎる人、美しく生きたい人は西行(藤木直人)のように世を捨てて生きるのが一番。
重盛もそう生きるべきなのだが、平家の棟梁であること、<父親越え>にこだわっている。
今回の作劇ですぐれていたのは、時子(深田恭子)の描かれ方ですね。
彼女が琵琶を奏でる時に、基房の輿が襲われる。
おそらく輿を襲ったのは、清盛の指示による時忠の手下の仕業なのだろうが、この描写で時子も関わっているように視聴者に伝わってくる。
きっと時子は、輿が襲われることを知っていて、黙認していたのであろう。
うまい描写だ。
一方、後白河法皇(松田翔太)。
この人物の描かれ方は、面白いですね。
清盛とのすごろく遊びを楽しむ権謀術数の人物かと思いきや、献上された孔雀の羽根に大喜びする。
孔雀の羽根に丸め込まれる(笑)
貴族的と言ってしまえばそれまでなのだが、あまりにも無邪気!
現代人の精神構造とは完全に違っている。
大河ドラマの作家さんはしばしば<現代人の精神構造>で歴史上の人物を描こうとするが、後白河法皇はそれを免れている。
だから後白河法皇のキャラが面白い。
最後に頼朝(岡田将生)。
「源氏は滅びぬ。我が身は滅びようとも源氏の魂は断じて滅びぬ」
<我が身は滅びようとも>という前提付きではあるが、頼朝の心に少し火がついたようだ。
摂政・藤原基房(細川茂樹)には報復まがいの脅し。
藤原秀衡(京本政樹)には官職。
アメとムチを使い分け、ダーティなことにも手を染めなくてはならない。
清盛(松山ケンイチ)はそれを平然とやる。
武士の世を作って国を豊かにするという目的のためには、多少の手荒なこともする。
その実行部隊は時忠(森田剛)。
昔の政治家がヤクザを使って敵対する者を脅したのと同じ手法だ。
一方、重盛(窪田正孝)は純粋で善良すぎる。
筋を通して公明正大。
僕は好きなんですけどね、こういう人物。
今回の事件だって、資盛は子供で、基房の方が位が上の人間ですし、常識的に言えば輿を降りるのは資盛。
しかし、善良な常識人というのはどうしても限界がある。革新的なことが出来ない。
有職故実にのっとって物事を判断する常識人・重盛は半ば貴族社会に取り込まれているとも言える。
また、オレオレ詐欺にダマされる人がそうであるように、善良な人は敵にもつけ込まれる。
毒には毒をで対抗しなければならないのに、善意で対抗すれば、どんどんテリトリーを奪われていく。
これが世の中の現実なんですね。
イヤだ、イヤだ。
だから善良で純粋すぎる人、美しく生きたい人は西行(藤木直人)のように世を捨てて生きるのが一番。
重盛もそう生きるべきなのだが、平家の棟梁であること、<父親越え>にこだわっている。
今回の作劇ですぐれていたのは、時子(深田恭子)の描かれ方ですね。
彼女が琵琶を奏でる時に、基房の輿が襲われる。
おそらく輿を襲ったのは、清盛の指示による時忠の手下の仕業なのだろうが、この描写で時子も関わっているように視聴者に伝わってくる。
きっと時子は、輿が襲われることを知っていて、黙認していたのであろう。
うまい描写だ。
一方、後白河法皇(松田翔太)。
この人物の描かれ方は、面白いですね。
清盛とのすごろく遊びを楽しむ権謀術数の人物かと思いきや、献上された孔雀の羽根に大喜びする。
孔雀の羽根に丸め込まれる(笑)
貴族的と言ってしまえばそれまでなのだが、あまりにも無邪気!
現代人の精神構造とは完全に違っている。
大河ドラマの作家さんはしばしば<現代人の精神構造>で歴史上の人物を描こうとするが、後白河法皇はそれを免れている。
だから後白河法皇のキャラが面白い。
最後に頼朝(岡田将生)。
「源氏は滅びぬ。我が身は滅びようとも源氏の魂は断じて滅びぬ」
<我が身は滅びようとも>という前提付きではあるが、頼朝の心に少し火がついたようだ。