万城目学・著の『鴨川ホルモー』(角川文庫)
その中に、こんな描写がある。
好きな女性に告白できなくて、他の男に奪われてしまった主人公の後悔と愚痴の言葉だ。
『あの日、あのとき、あの場所で、こうしておけばよかった、ああしておけばよかった、という後悔の順列組み合わせは、それこそとめどなく心に湧き上がる。俺は早良京子に、秘めたる恋心を打ち明けなかった。打ち明けようとも思わなかった。「忍ぶこそが恋」などと、時代錯誤も甚だしい「葉隠れ」の教えを持ち出して、無意味な理論武装まで施す始末だった。寄る辺を失い、空中楼閣から空中分解した今、俺ははっきりと理解できる。俺は単に、臆病で負け犬根性の染みついた男に過ぎなかった。初めて早良京子に出会い、気軽に携帯の番号すら聞き出すことのできなかったあの夜から、俺の勇気はこれっぽっちの成長も見せていなかったのだ』
饒舌な文章ですね。
普通なら「京子に告白しなかったことを後悔している」で終わってしまう所だが、「葉隠れ」「空中楼閣」「順列組み合わせ」「理論武装」などの言葉を連ねている。
饒舌はさらに続く。
『一年にわたる無為を振り返り、俺は歯噛みしたいほどの無念の気持ちに襲われる。どんな無様なことになろうとも、想いを打ち明けるべきだったと、何度も思い返す。滑稽なことに、俺は彼女を失ったと心の深いところで感じている。失うも何も、本気で手に入れようとする覚悟も勇気もなかったくせに。俺の胸にはぽっかりと穴が開き、そこから後悔の念が苦汁に濡れて溢れだす。岸辺に打ち上げられた、後悔が縷々(るる)綴られた貝殻を拾い上げ、俺は「NO PAIN NO GAINだった」と短くつぶやき、再び後悔の順列組み合わせを始める』
こうやって饒舌に語ることで、主人公の後悔・絶望・滑稽がひしひしと伝わってくる。
画家が筆を重ねて何かを表現するように、小説家は言葉を連ねて何かを表現する。
小説を読む愉しさとは、こういった文章を読むことにあるんですね。
それと、<無念><無様><滑稽><後悔>。
これが青春なんですね。
作家・吉行淳之介は「あの時代には戻りたくない」と語っていたが、青春時代とはまさに無様で滑稽だから。
行き場をなくした<過剰なエネルギー>というのも青春のひとつ。
主人公の饒舌はこの過剰なエネルギーを描くことにも一役買っている。
エネルギーが有り余っているからこそ、主人公はこんなにも言葉を連ねられるのだ。
「NO PAIN NO GAIN」というのは、映画『ロッキー』でスターローンが言っていた。
試合中、チャンピオンにボコボコにされたロッキーが自分を奮い立たせるために言うのだ。
訳すと、<痛みなしには何も得られない>。(字幕では「痛くない。痛くない」と訳していた)
〝恋愛〟も〝ボクシングの試合〟も同じなんですね。
その中に、こんな描写がある。
好きな女性に告白できなくて、他の男に奪われてしまった主人公の後悔と愚痴の言葉だ。
『あの日、あのとき、あの場所で、こうしておけばよかった、ああしておけばよかった、という後悔の順列組み合わせは、それこそとめどなく心に湧き上がる。俺は早良京子に、秘めたる恋心を打ち明けなかった。打ち明けようとも思わなかった。「忍ぶこそが恋」などと、時代錯誤も甚だしい「葉隠れ」の教えを持ち出して、無意味な理論武装まで施す始末だった。寄る辺を失い、空中楼閣から空中分解した今、俺ははっきりと理解できる。俺は単に、臆病で負け犬根性の染みついた男に過ぎなかった。初めて早良京子に出会い、気軽に携帯の番号すら聞き出すことのできなかったあの夜から、俺の勇気はこれっぽっちの成長も見せていなかったのだ』
饒舌な文章ですね。
普通なら「京子に告白しなかったことを後悔している」で終わってしまう所だが、「葉隠れ」「空中楼閣」「順列組み合わせ」「理論武装」などの言葉を連ねている。
饒舌はさらに続く。
『一年にわたる無為を振り返り、俺は歯噛みしたいほどの無念の気持ちに襲われる。どんな無様なことになろうとも、想いを打ち明けるべきだったと、何度も思い返す。滑稽なことに、俺は彼女を失ったと心の深いところで感じている。失うも何も、本気で手に入れようとする覚悟も勇気もなかったくせに。俺の胸にはぽっかりと穴が開き、そこから後悔の念が苦汁に濡れて溢れだす。岸辺に打ち上げられた、後悔が縷々(るる)綴られた貝殻を拾い上げ、俺は「NO PAIN NO GAINだった」と短くつぶやき、再び後悔の順列組み合わせを始める』
こうやって饒舌に語ることで、主人公の後悔・絶望・滑稽がひしひしと伝わってくる。
画家が筆を重ねて何かを表現するように、小説家は言葉を連ねて何かを表現する。
小説を読む愉しさとは、こういった文章を読むことにあるんですね。
それと、<無念><無様><滑稽><後悔>。
これが青春なんですね。
作家・吉行淳之介は「あの時代には戻りたくない」と語っていたが、青春時代とはまさに無様で滑稽だから。
行き場をなくした<過剰なエネルギー>というのも青春のひとつ。
主人公の饒舌はこの過剰なエネルギーを描くことにも一役買っている。
エネルギーが有り余っているからこそ、主人公はこんなにも言葉を連ねられるのだ。
「NO PAIN NO GAIN」というのは、映画『ロッキー』でスターローンが言っていた。
試合中、チャンピオンにボコボコにされたロッキーが自分を奮い立たせるために言うのだ。
訳すと、<痛みなしには何も得られない>。(字幕では「痛くない。痛くない」と訳していた)
〝恋愛〟も〝ボクシングの試合〟も同じなんですね。