平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

愛なんか 唯川 恵

2010年03月14日 | 短編小説
 唯川 恵さんの「愛なんか」(幻冬文庫)は、男に裏切られた女性の心情を描いた短編集だ。
 その中の一編「夜が傷つける」では、こんな描写がある。
 倦怠期の主人公と恋人の宗夫。
 デートの約束の約束で「週末は空いているか」と主人公が聞いて、恋人の宗夫は「たぶん」と答えるのだ。
 そのことについての主人公の感想。

『その「たぶん」という言葉を使われた時も、私はひどく自尊心が傷ついていた。たぶん、の中には、今は空いているがいつ何時埋まるかわからない、という意味が含まれていて、それはいつ何時埋まるかわからない予定の方が、私と会うことよりも大事である、と宣言されたということだ』

 「たぶん」という何気ない言葉から、ここまで心の奥を読み取ってしまう主人公。
 デートをして沈黙が訪れた時はこう思う。

『沈黙は苦しい樹液のようにふたりの間にとろりと流れ込んだ。出会った頃にもよくこうして沈黙した。けれど、それはまったく異質なものだった。あの頃、私たちは沈黙している時の方がはるかに多くを語り合っていた。沈黙の長さは、愛してる、と言ってるのと同じだった。あの頃も、私たちは沈黙を怖れたが、それは全身で愛していると告白している自分が死にたいほど恥ずかしかったからだ』

 なるほど、同じ沈黙でも種類が違うのだ。
『私たちは沈黙している時の方がはるかに多くを語り合っていた』なんていう表現もすごい、的確だ。
 セックスの時の描写はこうだ。
 主人公は今では自分から服を脱ぐ。宗夫に脱がされていた昔を思い出してこう思う。

『服を脱がすところから、セックスは始まる。私はブラウスという羞恥を剥ぎ取られ、キャミソールという羞恥を剥ぎ取られながら、これから自分にされるさまざまなことを想像して、いっそう羞恥を深める。服を脱がされるというもどかしい行為を、宗夫と私は楽しんでいた。私はその楽しみのために、時には服より高価な下着を買った。いつだって宝物は綺麗な包み紙に包まれている。レースやシルクの下着が少しずつチェストの中に増えてゆくのが嬉しかった。私は宗夫に脱がされるたび、自分が宝物になったような気がした』

 なるほど、これが女性心理か!
 そして主人公は抱かれながらこう思う。

『私のカラダを気持ちよくしてくれる前に、私の心を愛撫してほしい。濡れたい場所はもっともっとカラダの奥にある。心を快感で満たしてほしいという望みは、贅沢だろうか』

 この主人公が最後にどんな行為をし、結論を出すかは読んでのお楽しみ。
 その他にも男に裏切られた女性の心情がつづられた短編12編が収録されている。
 一編、10分から15分ほどで読める。

 解説に拠ると、唯川 恵さんはコバルト文庫出身らしい。
 輝くまぶしい少女の心情から、出口の見えない孤独な女性の心情へ。
 この変化を読み取るのも面白い。



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