平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

乙一の文体 日常から非日常へ

2009年10月08日 | 短編小説
 乙一先生の連作ホラーミステリー「GOTH」でこんな文章がある。

  夜中に僕は考えた。
  たぶん、今ごろ森野は殺されているに違いない。死体はどこかの山で撒き散らされているだろう。
  その様を想像しながら眠りについた。

 「GOTH」の中の一話「暗黒系」の中の文章。
 連続女性殺害犯の手帳を拾った僕と同級生の女生徒・森野が犯人を追っていくうち、森野が行方不明になった時の主人公の描写だ。
 この文章のこわい所は、最後を<その様を想像しながら眠りについた>と締めているところだ。
 普通なら「僕はベッドから起きあがり、死体を探すために山に向かった」というところだろうか。
 <その様を想像しながら眠りについた>と描くことで、主人公の僕の異常なキャラクターが伝わってくる。
 また、何の情感も交えず淡々と描くことでこの異常さはさらに増している。

 こんな描写もある。
 僕がやっと山の中を歩き、森野の死体を探している時の描写だ。

 もしかしたら、まだ犯人は森野を殺しておらず、家に閉じこめられているだけだという可能性もある。本当にそうなのかどうかを確かめるには直接、犯人にたずねるしかない。
 もしも殺害しているなら、森野の死体をどの辺りに捨てたのか聞き出す必要がある。
 なぜならそれを見てみたいからだ。

 <なぜならそれを見てみたいからだ>がこわい。
 普通なら「遺体を埋葬しなければならないから」とか「遺体を森野の家族に戻さなくてはならないから」というところか。

 乙一先生の作品はこのようにいきなり<日常>から<非日常>に突き落とされる。
 僕が犯人の喫茶店の店長に話す時の描写はこう。
 
 注文したコーヒーはすぐにできた。
 「僕は、森野という女の子の友達なんです。ご存じでしょう?」
 「常連ですよ」
 彼女はまだ生きていますか、と聞いてみた。
 主人は動きをとめた。
 持っていたコーヒーのカップをゆっくり下に置き、正面から僕を見た。
 彼の目は濁って、穴のように光りのない黒になった。

 これも<日常>から<非日常に>突き落とされる文章。
 <彼女はまだ生きていますか>といきなり聞くところもすごいし、<持っていたコーヒーのカップをゆっくり下に置き、正面から僕を見た>という描写もすごい。
 普通の発想なら<コーヒーカップを落とした>とか<コーヒーカップを持つ手が震えた>ぐらいになるところだ。

 これがプロとシロウトを分けるポイントなんですね。



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (カムイ)
2010-12-20 19:38:18
乙一さんの小説もずっと読んでいます。特に「GOTH」と「Zoo」が大好きです。ミステリーと暗黒童話のある要素が結びついて、興味深い小説だと思います。卒業論文は乙一の小説について書きたいですが、資料がなかなか探す出すことができなくて、困っています。因みに、私、中国人です。日本のアニメや漫画も大好きです。もしよろしかったら、友達になってもいいですか?
返信する
ぜひお願いします! (コウジ)
2010-12-21 12:04:06
カムイさん

コメントありがとうございます。

>もしよろしかったら、友達になってもいいですか?

ぜひお願いします!
嬉しいです!

乙一さんはまさに今の作家なので、関連資料はあまりないかもしれませんね。
ただ、カムイさんが日本のアニメや漫画が好きなように乙一さんもこれらになんらかの影響を受けていると思います。

あるいは、既にご存じかとは思いますが、同じ世代の作家さんたち。
桜庭一樹さんとか滝本竜彦さんなどにも同じにおいを感じます。

どの様な切り口で乙一さんを論じられるのか楽しみです。

またコメント下さい!
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