「朝霞でやったら埼玉オリンピックじゃないか!」
「今更変更されたら埼玉県民が納得しませんよ」
朝霞→代々木
質は違いますが、今も昔もやってることは変りませんね(笑)
今はマラソン・競歩で、こんな言葉が飛び交っている。
「札幌でやったら札幌オリンピックじゃないか!」
「今更変更されたら都民が納得しませんよ」
…………………
『オリンピック・スポーツ』と『政治・経済』のことを考えてみよう。
田畑政治(阿部サダヲ)はワシントンハーツを返還させ、代々木に選手村を持ってくることに関してこんな提案をしている。
「ワシントンハイツを返還すれば反米感情が緩まりますよ」
「ワシントンハイツを返還してNHKを建てればカラーテレビが売れますよ」
正確に言えば、前者は平沢和重(星野源)のアイデアだが、
田畑たちは、自分たちの理想のオリンピックを実現するために政治・経済を利用している。
田畑たちにとって、政治・経済は目的を実現するための手段なのだ。
一方、政治家は逆。
総理の池田勇人(立川談春)は『所得倍増計画』『経済効果』のためにオリンピックを利用し、川島正次郎(浅野忠信)は津島(井上順)を追い落とすためにオリンピックを政治利用している。
まあ、立場が違えば、目的と手段が逆になるのは仕方がない。
持ちつ持たれつ。
こうして世の中はまわっていくのだろう。
田畑には田畑の仕事があり、池田勇人には池田の仕事がある。
もちろん、ここには目的が違うから摩擦が生じるのですが。
そしてオリンピックの政治・経済からの独立は理想論になった。
もはや政治・経済から独立したオリンピックは成立しない。
ストックホルムやロサンゼルスのような素朴なオリンピックの時代は終わった。
すこし残念な気もしますが……。
…………………
五りん(神木隆之介)は面白い存在になって来ましたね。
志ん生(ビートたけし)と金栗四三(中村勘九郎)を繋ぎ、次回は田畑も繋ぎそう。
志ん生と四三の思いを受け継いでいる存在でもある。
さて、どんな活躍を見せるのか?
今回、志ん生が饒舌でなくなり、四三が街を走らなくなったのは象徴的だった。
彼らも老いた。
しかし、このままで終わらないのが志ん生と四三。
クライマックスに向けて、もうひと暴れしてほしい。
「今更変更されたら埼玉県民が納得しませんよ」
朝霞→代々木
質は違いますが、今も昔もやってることは変りませんね(笑)
今はマラソン・競歩で、こんな言葉が飛び交っている。
「札幌でやったら札幌オリンピックじゃないか!」
「今更変更されたら都民が納得しませんよ」
…………………
『オリンピック・スポーツ』と『政治・経済』のことを考えてみよう。
田畑政治(阿部サダヲ)はワシントンハーツを返還させ、代々木に選手村を持ってくることに関してこんな提案をしている。
「ワシントンハイツを返還すれば反米感情が緩まりますよ」
「ワシントンハイツを返還してNHKを建てればカラーテレビが売れますよ」
正確に言えば、前者は平沢和重(星野源)のアイデアだが、
田畑たちは、自分たちの理想のオリンピックを実現するために政治・経済を利用している。
田畑たちにとって、政治・経済は目的を実現するための手段なのだ。
一方、政治家は逆。
総理の池田勇人(立川談春)は『所得倍増計画』『経済効果』のためにオリンピックを利用し、川島正次郎(浅野忠信)は津島(井上順)を追い落とすためにオリンピックを政治利用している。
まあ、立場が違えば、目的と手段が逆になるのは仕方がない。
持ちつ持たれつ。
こうして世の中はまわっていくのだろう。
田畑には田畑の仕事があり、池田勇人には池田の仕事がある。
もちろん、ここには目的が違うから摩擦が生じるのですが。
そしてオリンピックの政治・経済からの独立は理想論になった。
もはや政治・経済から独立したオリンピックは成立しない。
ストックホルムやロサンゼルスのような素朴なオリンピックの時代は終わった。
すこし残念な気もしますが……。
…………………
五りん(神木隆之介)は面白い存在になって来ましたね。
志ん生(ビートたけし)と金栗四三(中村勘九郎)を繋ぎ、次回は田畑も繋ぎそう。
志ん生と四三の思いを受け継いでいる存在でもある。
さて、どんな活躍を見せるのか?
今回、志ん生が饒舌でなくなり、四三が街を走らなくなったのは象徴的だった。
彼らも老いた。
しかし、このままで終わらないのが志ん生と四三。
クライマックスに向けて、もうひと暴れしてほしい。
いつもありがとうございます。
>私は、2020年が「悪いオリンピック」で1964年が「良いオリンピック」という見方もしていませんでした。
ここ、僕は読み違えました。
1964年のオリンピックは政治や経済から独立した理想のオリンピックとして捉えていました。
おっしゃるとおり、1964年のオリンピックを理想のオリンピックにしなければドラマとしてフィナーレを迎えられないですし。
僕的には、現実路線の中で、田畑が理想をどこまで追求していくか焦点になります。
>虚構の一族
確かにここだけが完全な虚構なんですよね。
マリーと美川もそうなのでしょうが、彼らはコメディリリーフ。
一方、この一族には3代にわたるドラマがある。
もっと、この一族の物語を掘り下げた方がよかった気がします。
>もはや政治・経済から独立したオリンピックは成立しない。
まあ、そういうことですね。
もともと私は、2020年が「悪いオリンピック」で1964年が「良いオリンピック」という見方もしていませんでした。
それでも、ドラマの論理として、本作は1964年東京オリンピックをもって「感動のフィナーレ」とせざるを得ないでしょうが、おそらく私はついて行けず、醒めたままでしょう。
「60年安保」は「反米感情緩和」という形でアメリカに対する「取引材料」としての意味はあったということですね。
ちなみに吉田茂首相は、55体制下の「左」の動きを材料にしてアメリカからの再軍備要求をミニマムにかわしていたと言われていますし、私もそう思っています。
形式的には日本政府のトップでありながら、アーミテージ将軍ら「上司」に従順である他に能のない「首相」と比べれば、吉田は遙かにまともな政治家だったと思います。
川島正次郎の「毒牙」、今回は暗示だけで本格的には来週ですか。
田畑政治にさほどの思い入れがなくても見るのが辛くなりそうです。
>五りんは面白い存在になって来ましたね。
>志ん生と金栗四三を繋ぎ、次回は田畑も繋ぎそう。
今回私が唯一「グッときた」のは、本名「小松金治」を名乗った五りんを老金栗四三が抱擁した場面でした。
なにしろシマ、りく、小松勝の「忘れ形見」なのですから。
結局私が「ドラマ」を感じ、共感を覚えたのはもっぱらこの虚構の一族だったように思います。