小松左京の『ゴルディアスの結び目』
人の心の中に入れる主人公は、男たちに凌辱され憎しみと怒りで硬くなったマリアの心の中に入って行く。
その描写はこうだ。
だが、幼女の内部には、何一つ、邪悪なものの気配は感じられなかった。
……ごめんなさい、ママ……もう客間でパイパー(猫)を追いかけたりしません……。
繰り返されるのは、その想念だけだ。
マリアが3歳の時の記憶である。
3歳のマリアのつらい記憶は猫を追いかけて母親に怒られたことくらいしかない。
だが、男たちに凌辱されると、記憶はこんなふうに変わる。
男の骨っぽい、ごつごつした、どこか卑しげな裸体が、娘の美しくやさしい体にかさなって行く。
かすかな、いたいたしい悲鳴……男の顔は、うす汚れたハイエナに変貌し、
いやな目付きできょときょととまわりを見まわしながら、白い泡を吹き、
低い唸り声をあげながら、唇や牙を血みどろにしてマリアの体をがつがつとむさぼり食う。
原作では三頭の半獣人のなった男たちがマリアの体をむさぼる描写があるのだが、
ブログの表現規定に引っ掛かるかもしれないので割愛する。
主人公はさらにマリアの心の中に入って行く。
黒い森の中に足を踏み入れると、闇のそこここに、ありとあらゆる、怨念、呪詛、嫉妬、憎悪の雰囲気がひそみ、せまって来て、彼は息のつまりそうな悪臭をはなつ「歴史的、集団的怨念」の世界に入りつつある事を悟った。
──もともと明るく純粋だった娘の中にはなかったものだ。
だが、あの惨劇の痛みが、彼女をこの歴史的、一般的な情念の世界へつなげ、そのどろどろした世界が、彼女をのみこんでしまった。
──激しい飢餓から来る獣的な貪婪さ、美しくかしこく生まれなかった恨み、成功した才能にそそられながられて試しながら、失敗し、挫折した若者の自己顕示、弱さゆえの恐怖に由来する屈辱感、憎悪、めめしい比較によるひがみ、はげしい嫉妬、傷つけられた心、裏切られた浅薄な期待から来る呪詛、そして、裏切られた愛……。
闇のあちこちから、そういったものが、彼にむかって威嚇と呪詛の声をあげ、攻撃し、悪罵をあびせかけた。
あるものは唾をひっかけ、あるものは頬に平手うちをくらわせ、後から髪をひっぱたり、腰をけとばしたり、脚にすがりついて恨み言や泣き言をいいながらひっぱりもどそうとした。
また、あるものは、鋭い痛みを感じさせる毒をふくんだ針を彼の顔にふきつけ、悪臭はなつ汚物を彼にべっとりとこすりつけた。
この世界はマリアの心の力が開けた異空間なのだろう。
異空間には、このような怨念が溜まっている。
主人公がさらに歩を進めると、次に現われるのは、
「首の無い馬にのった首の無い騎馬武者」
「うなだれ、自らの髑髏(どくろ)を抱えた骸骨たち」
「腕、脚を失い、腹よりはみ出す臓腑をひきずった女や子供たち」
の行列だった。
これは何千年にもわたる古代からの虐げられ、虐殺された人々の世界らしい。
そして次に現われるのは──
あらゆる価値や秩序が、倒錯し、転倒している世界だった。
醜怪なものが美しいとたたえられ、邪悪なものが善とされ、虚妄が実在となり、確実なものが不確実になり、ついには時間と空間さえが入れかわり、倒錯してしまう地点にむかって、その世界は、見、感じるだけではげしい頭痛がし、気がくるいそうになり異様さでつづいている。
見事な深層心理の描写だ。
・子供の頃のつらい記憶
・凌辱され男が獣になった記憶
・日常生活における人間たちの怨念の世界
・戦争などの非日常における怨念の世界
そして
・あらゆる価値が倒錯・転倒した世界
おそらく人間の深層心理を掘り下げていけば、こういったものになるのだろう。
怨念の世界は人のDNAに古い記憶として刻まれている?
あるいは世界には人間の怨念が溜まる異空間がある?
主人公はさらに別の倒錯した風景を見、その先にあるものを見に行こうとするのですが、それはぜひ原作を読んで確かめてみて下さい。
人の心の中に入れる主人公は、男たちに凌辱され憎しみと怒りで硬くなったマリアの心の中に入って行く。
その描写はこうだ。
だが、幼女の内部には、何一つ、邪悪なものの気配は感じられなかった。
……ごめんなさい、ママ……もう客間でパイパー(猫)を追いかけたりしません……。
繰り返されるのは、その想念だけだ。
マリアが3歳の時の記憶である。
3歳のマリアのつらい記憶は猫を追いかけて母親に怒られたことくらいしかない。
だが、男たちに凌辱されると、記憶はこんなふうに変わる。
男の骨っぽい、ごつごつした、どこか卑しげな裸体が、娘の美しくやさしい体にかさなって行く。
かすかな、いたいたしい悲鳴……男の顔は、うす汚れたハイエナに変貌し、
いやな目付きできょときょととまわりを見まわしながら、白い泡を吹き、
低い唸り声をあげながら、唇や牙を血みどろにしてマリアの体をがつがつとむさぼり食う。
原作では三頭の半獣人のなった男たちがマリアの体をむさぼる描写があるのだが、
ブログの表現規定に引っ掛かるかもしれないので割愛する。
主人公はさらにマリアの心の中に入って行く。
黒い森の中に足を踏み入れると、闇のそこここに、ありとあらゆる、怨念、呪詛、嫉妬、憎悪の雰囲気がひそみ、せまって来て、彼は息のつまりそうな悪臭をはなつ「歴史的、集団的怨念」の世界に入りつつある事を悟った。
──もともと明るく純粋だった娘の中にはなかったものだ。
だが、あの惨劇の痛みが、彼女をこの歴史的、一般的な情念の世界へつなげ、そのどろどろした世界が、彼女をのみこんでしまった。
──激しい飢餓から来る獣的な貪婪さ、美しくかしこく生まれなかった恨み、成功した才能にそそられながられて試しながら、失敗し、挫折した若者の自己顕示、弱さゆえの恐怖に由来する屈辱感、憎悪、めめしい比較によるひがみ、はげしい嫉妬、傷つけられた心、裏切られた浅薄な期待から来る呪詛、そして、裏切られた愛……。
闇のあちこちから、そういったものが、彼にむかって威嚇と呪詛の声をあげ、攻撃し、悪罵をあびせかけた。
あるものは唾をひっかけ、あるものは頬に平手うちをくらわせ、後から髪をひっぱたり、腰をけとばしたり、脚にすがりついて恨み言や泣き言をいいながらひっぱりもどそうとした。
また、あるものは、鋭い痛みを感じさせる毒をふくんだ針を彼の顔にふきつけ、悪臭はなつ汚物を彼にべっとりとこすりつけた。
この世界はマリアの心の力が開けた異空間なのだろう。
異空間には、このような怨念が溜まっている。
主人公がさらに歩を進めると、次に現われるのは、
「首の無い馬にのった首の無い騎馬武者」
「うなだれ、自らの髑髏(どくろ)を抱えた骸骨たち」
「腕、脚を失い、腹よりはみ出す臓腑をひきずった女や子供たち」
の行列だった。
これは何千年にもわたる古代からの虐げられ、虐殺された人々の世界らしい。
そして次に現われるのは──
あらゆる価値や秩序が、倒錯し、転倒している世界だった。
醜怪なものが美しいとたたえられ、邪悪なものが善とされ、虚妄が実在となり、確実なものが不確実になり、ついには時間と空間さえが入れかわり、倒錯してしまう地点にむかって、その世界は、見、感じるだけではげしい頭痛がし、気がくるいそうになり異様さでつづいている。
見事な深層心理の描写だ。
・子供の頃のつらい記憶
・凌辱され男が獣になった記憶
・日常生活における人間たちの怨念の世界
・戦争などの非日常における怨念の世界
そして
・あらゆる価値が倒錯・転倒した世界
おそらく人間の深層心理を掘り下げていけば、こういったものになるのだろう。
怨念の世界は人のDNAに古い記憶として刻まれている?
あるいは世界には人間の怨念が溜まる異空間がある?
主人公はさらに別の倒錯した風景を見、その先にあるものを見に行こうとするのですが、それはぜひ原作を読んで確かめてみて下さい。
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