「功名が辻」第17回では女性のエピソード、男性のエピソードの2本立てで描かかれた。
まず女性のエピソード。
もちろん千代(仲間由紀恵)の出産だ。
ここでは「喜び」と「不安」のふたつの感情が描かれる。
子供が出来て千代が嬉しいのは当然として、法秀尼(佐久間良子)や市之丞の妻きぬ(多岐川裕美)も嬉しい。
幼い頃から我が子同然で千代を見てきたふたり、その喜びはひとしおであろう。
きぬには子供が出来なかったから尚更だ。
だが、同時に「不安」描かれる。
乱世。
子供が男であればいくさに行って命を落とすこともあり、女であれば調略に使われるかもしれない。
通常なら喜びだけを描く所を不安まで描き、ドラマに深味が出た。
生まれた子が「男」か「女」かでは、一豊(上川隆也)、六平太(香川照之)の反応が違った。
一豊は男の子を欲しがっている(というより男の子だと思っている)。
名前も男の子の名(秀豊丸)だけ考えている。
一方、六平太は女の子がいいと思っている。
女の子ならいくさに行かなくていいから。それで千代が苦しまなくていいから。
背負っているものが違うとはいえ、一豊は「自分の立場」、六平太は「千代の立場」で物を言っている。
愛情の深さで言えば、六平太の勝ち。
六平太と話をしている時に千代は産気づいたし。(千代にとって六平太は安心できる男?)
この三角関係、どうなるのか?
そして出産。
子供が生まれた千代は、母の視点で物が言えるようになった。
副田甚兵衛(野口五郎)と祝言をあげた旭(松本明子)。
旭は運命に翻弄され、自分を失っている。
抜け殻のように空を見つめる毎日。
千代は「泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑う」わがままな子供を例に出して旭に言う。
「乱世に生きている者は誰でもつらい。だから泣けばいい。怒ればいい。赤子の様に。そうすれば、きっと楽になる」
旭には感情の発露が必要だった。
感情の発露は自分自身であるために必要であること。
旭は間接的に前夫を死に至らしめた千代の頬を叩き、礼儀にこだわる寧々(浅野ゆう子)への不満を漏らし、堰を切ったように泣く。
そして男性のエピソード。
ここでは極めて政治的戦略的なことが描かれる。
まずは上杉の上洛。
竹中半兵衛(筒井道隆)は状況をこう読む。
「毛利攻略には10年かかる。武田の力が弱まって上杉が北陸に兵を進める」
迎え撃つのは柴田勝家(勝野洋)。
「しかし、殿は柴田様に加勢してはなりません」
上杉を北陸ではなく近江に引きずり込んで迎え撃つというのが、半兵衛の策だ。
そして男性エピソードの2番目として、信長についての君主論が描かれる。
明智光秀(坂東三津五郎)は言う。
「殿には迷いがない。人の上に立つ者は迷いがあってはならない」
足利幕府の崩壊、比叡山焼き討ちなどは、信長に迷いがなかったからできたと光秀は言うのだ。
それに対して千代。
「迷いがあるから人ではありませんか?迷いがあるから人の情があるのではありませんか?」
また、濃(和久井映見)は信長(舘ひろし)に言う。
「人の心をお忘れになってはいけません。人の心を失えば敵は湧いて参ります」
しかし、信長は人の忠告をきかないようになっていた。
今川、武田に怯えていた信長の姿はすでになく、「わしは不死身だ」と言う。
「上杉の上洛」「信長」。
このふたつのエピソードがぶつかり合って、次回の「秀吉謀反」のエピソードにつながる。
信長は上杉上洛に関して、秀吉の策を聞きいれなかったのだ。
ある出来事を様々な角度から描く。
これでドラマに深味が出て来る。
出産に関する「喜び」と「不安」しかり。
生まれた子に関する「一豊」と「六平太」のリアクションしかり。
信長に対する「光秀」「濃」しかり。
そして「男性」「女性」、それぞれの視点。
この作品は物事を「男性」「女性」の視点で描いた作品である。
今後は「男性」「女性」の対立がより濃厚になってくるだろう。
★研究ポイント
ドラマの作り方:出来事を様々な角度から描く。これでドラマに深味が出て来る。
★キャラクター研究:羽柴秀吉
副田を旭の婿にする時、秀吉は飴とムチで説得する。
「旭との婚礼は上意じゃ!上意を聞けないのなら腹を切れ!」
しかし、次にこう言って涙を流す。
「と言いたいところじゃが、旭は不幸なおなごなんじゃ幸せにしてやってくれ」
飴とムチを使い分ける。寧々は「人たらし」と言うが。
これが上に立つ者。
一方、旭の気持ちなどには無頓着。
それはおなごのお前がやれと言って、寧々にふる。千代にふる。
肝心なことは自分でしようとしない。
これも上に立つ者。
また、秀吉の大きな特徴は「演技力」。
今回は副田と勝家に演技力で対応した。
秀吉はわざと勝家を怒らせ、喧嘩を仕掛けて北陸を去る。
(来週は「阿呆のふり」。秀吉はもっとそれが展開されるだろう。楽しみだ)
★名セリフ
千代に子供が生まれて法秀尼
「ご苦労でした。ようやりました」
千代、小りんについて
「拠って立つ所がなくても生きていけるおなごがいるのですね。私は信じる夫やいとしい子がいて、雨がしのげる屋根がなくては生きていけません」
★名シーン
秀吉と勝家のやりとりも名シーンだが、その後の六平太も。
近江に引き上げる準備をする秀吉軍。
六平太は荷車に寝そべって今後どんなことが起こるかを考えている。
千代を救うためには何をすればいいか考えている。
六平太も拠って立つ所がなくても生きていける者。
荷車の上で寝そべるという行為がその自由さを表現していた。
★ディティル
千代の子の名は「よね」。
一豊は「平凡な名」だと言うが、千代は「平凡であることが素晴らしい」と言う、
★追記
この物語の対立軸はこう。
「男性」と「女性」
「組織人」と「自由人」
まず女性のエピソード。
もちろん千代(仲間由紀恵)の出産だ。
ここでは「喜び」と「不安」のふたつの感情が描かれる。
子供が出来て千代が嬉しいのは当然として、法秀尼(佐久間良子)や市之丞の妻きぬ(多岐川裕美)も嬉しい。
幼い頃から我が子同然で千代を見てきたふたり、その喜びはひとしおであろう。
きぬには子供が出来なかったから尚更だ。
だが、同時に「不安」描かれる。
乱世。
子供が男であればいくさに行って命を落とすこともあり、女であれば調略に使われるかもしれない。
通常なら喜びだけを描く所を不安まで描き、ドラマに深味が出た。
生まれた子が「男」か「女」かでは、一豊(上川隆也)、六平太(香川照之)の反応が違った。
一豊は男の子を欲しがっている(というより男の子だと思っている)。
名前も男の子の名(秀豊丸)だけ考えている。
一方、六平太は女の子がいいと思っている。
女の子ならいくさに行かなくていいから。それで千代が苦しまなくていいから。
背負っているものが違うとはいえ、一豊は「自分の立場」、六平太は「千代の立場」で物を言っている。
愛情の深さで言えば、六平太の勝ち。
六平太と話をしている時に千代は産気づいたし。(千代にとって六平太は安心できる男?)
この三角関係、どうなるのか?
そして出産。
子供が生まれた千代は、母の視点で物が言えるようになった。
副田甚兵衛(野口五郎)と祝言をあげた旭(松本明子)。
旭は運命に翻弄され、自分を失っている。
抜け殻のように空を見つめる毎日。
千代は「泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑う」わがままな子供を例に出して旭に言う。
「乱世に生きている者は誰でもつらい。だから泣けばいい。怒ればいい。赤子の様に。そうすれば、きっと楽になる」
旭には感情の発露が必要だった。
感情の発露は自分自身であるために必要であること。
旭は間接的に前夫を死に至らしめた千代の頬を叩き、礼儀にこだわる寧々(浅野ゆう子)への不満を漏らし、堰を切ったように泣く。
そして男性のエピソード。
ここでは極めて政治的戦略的なことが描かれる。
まずは上杉の上洛。
竹中半兵衛(筒井道隆)は状況をこう読む。
「毛利攻略には10年かかる。武田の力が弱まって上杉が北陸に兵を進める」
迎え撃つのは柴田勝家(勝野洋)。
「しかし、殿は柴田様に加勢してはなりません」
上杉を北陸ではなく近江に引きずり込んで迎え撃つというのが、半兵衛の策だ。
そして男性エピソードの2番目として、信長についての君主論が描かれる。
明智光秀(坂東三津五郎)は言う。
「殿には迷いがない。人の上に立つ者は迷いがあってはならない」
足利幕府の崩壊、比叡山焼き討ちなどは、信長に迷いがなかったからできたと光秀は言うのだ。
それに対して千代。
「迷いがあるから人ではありませんか?迷いがあるから人の情があるのではありませんか?」
また、濃(和久井映見)は信長(舘ひろし)に言う。
「人の心をお忘れになってはいけません。人の心を失えば敵は湧いて参ります」
しかし、信長は人の忠告をきかないようになっていた。
今川、武田に怯えていた信長の姿はすでになく、「わしは不死身だ」と言う。
「上杉の上洛」「信長」。
このふたつのエピソードがぶつかり合って、次回の「秀吉謀反」のエピソードにつながる。
信長は上杉上洛に関して、秀吉の策を聞きいれなかったのだ。
ある出来事を様々な角度から描く。
これでドラマに深味が出て来る。
出産に関する「喜び」と「不安」しかり。
生まれた子に関する「一豊」と「六平太」のリアクションしかり。
信長に対する「光秀」「濃」しかり。
そして「男性」「女性」、それぞれの視点。
この作品は物事を「男性」「女性」の視点で描いた作品である。
今後は「男性」「女性」の対立がより濃厚になってくるだろう。
★研究ポイント
ドラマの作り方:出来事を様々な角度から描く。これでドラマに深味が出て来る。
★キャラクター研究:羽柴秀吉
副田を旭の婿にする時、秀吉は飴とムチで説得する。
「旭との婚礼は上意じゃ!上意を聞けないのなら腹を切れ!」
しかし、次にこう言って涙を流す。
「と言いたいところじゃが、旭は不幸なおなごなんじゃ幸せにしてやってくれ」
飴とムチを使い分ける。寧々は「人たらし」と言うが。
これが上に立つ者。
一方、旭の気持ちなどには無頓着。
それはおなごのお前がやれと言って、寧々にふる。千代にふる。
肝心なことは自分でしようとしない。
これも上に立つ者。
また、秀吉の大きな特徴は「演技力」。
今回は副田と勝家に演技力で対応した。
秀吉はわざと勝家を怒らせ、喧嘩を仕掛けて北陸を去る。
(来週は「阿呆のふり」。秀吉はもっとそれが展開されるだろう。楽しみだ)
★名セリフ
千代に子供が生まれて法秀尼
「ご苦労でした。ようやりました」
千代、小りんについて
「拠って立つ所がなくても生きていけるおなごがいるのですね。私は信じる夫やいとしい子がいて、雨がしのげる屋根がなくては生きていけません」
★名シーン
秀吉と勝家のやりとりも名シーンだが、その後の六平太も。
近江に引き上げる準備をする秀吉軍。
六平太は荷車に寝そべって今後どんなことが起こるかを考えている。
千代を救うためには何をすればいいか考えている。
六平太も拠って立つ所がなくても生きていける者。
荷車の上で寝そべるという行為がその自由さを表現していた。
★ディティル
千代の子の名は「よね」。
一豊は「平凡な名」だと言うが、千代は「平凡であることが素晴らしい」と言う、
★追記
この物語の対立軸はこう。
「男性」と「女性」
「組織人」と「自由人」
いつもながら、丁寧な解説ですね。
わかりやすいです。
けっこう、みなさんドラマとしての
功名が辻か
歴史マニアとしての功名が辻となりがちなところを
両面から捉えていらっしゃいますよね。
光と影のような、対比の描写が絶妙でした!
コメントありがとうございます。
来週は秀吉・一豊に危機が訪れ、いいドラマになりそうで楽しみです。
さすがですね。
一つのドラマ色んな角度から
みるとこういう見方もできる
のか・・と興味深く読ませて
頂きました。
またよろしくお願いします。
当方のTBURLは
http://tb.plaza.rakuten.co.jp/bluestar1719/diary/200604300001/
何ていうか・・・着眼点がしっかりしてるというか(すみません、不躾な言い方で)。
ポイントがしっかり整理されていて、論点もすっきりしてて「分かりやすい」ですネ♪
あー 穴があったら入りたいです。。
ちょっと、反省です(汗)
もし、ご迷惑でなかったら、リンク貼らせていただきたいんですが、いかがでしょうか??
大変恐縮しております。
さすが大河ドラマだけあって奥が深く、切り口がいくつもあるなぁと感じております。
今後ともよろしくお願いします。
>劇団たぬきさん
こちらも大変恐縮しております。
ぜひぜひリンクお願いいたします。