平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

アンデルセンと人魚姫~あたしたちは花の香りを空気で運び、人々に癒しを与えます

2012年09月18日 | 小説
 数々の童話を書いてきたアンデルセンは実生活では孤独な人だったらしい。
 女性を愛して告白してもフラれてしまう。
 幸せな家庭を望んだが、彼の求婚を受け入れてくれる人はいなかった。
 アンデルセンは自分の容姿にコンプレックスを持っていて、こんなことを書いている。
「ハンサムでも金持ちでもない男は決して女性の心を勝ち取ることはできません」
 アンデルセンの作品に『みにくいアヒルの子』があるが、彼はまさに<みにくいアヒルの子>だった。
 そして作品の中では<アヒルの子>は成長して<白鳥>になったが、アンデルセン自身はずっと<みにくいアヒルの子>だった。
 別に写真などを見る限り、アンデルセンは醜男ではないんですけどね。

 さて『人魚姫』という作品がある。
 これは実に悲しい物語だ。
 王子を恋した人魚姫が人間の姿になって、愛を勝ち取ろうとする話だが、結局王子は別の女性を愛して結婚してしまう。
 グリム童話の『シンデレラ』や『白雪姫』は王子と結ばれるハッピーエンドだが、『人魚姫』はその逆。悲しいバッドエンド。
 王子の愛を得られなかった人魚姫は<海の泡>となって消えてしまう。
 この悲しいラストは、誰にも愛されなかったアンデルセンの生涯とオーバーラップする。
 アンデルセンは作品に自分を投影させている。

 もっとも先程、人魚姫は<海の泡>になってしまうと書いたが、最近読み返してみると、こんな救いが描かれていた。
 人魚姫は<海の泡>ではなく、<空気の精>になったのだ。
 そして<空気の精>とは、次のような存在。
「空気の娘たちにも永遠の魂はありません。でもそれはよい行いをすることで自分の力でもって手に入れることができます。わたしたちは暑い国へ飛んでいきます。そこではなまあたたかいペストの空気が人々を殺しているので、あたしたちが行って涼しい空気を吹きこんであげるのです。あたしたちは花々の香りを空気で運び、人々に元気を回復させて癒しを与えます。そうして三百年にわたってよい行いをするようにできるだけの努力をすれば、わたしたちは不死の魂を手に入れて人間たちの永遠の幸福にあずかることができるのです」
 実に美しいイメージだ。
 <空気の精>になった人魚姫は、動きまわることで<風>になり、世界中の人々を癒す。
 その癒しは、アンデルセンの童話にも通じるものがあるようにも思える。


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平清盛 第36回「巨人の影」~平家の力なくして事をうまく収めることができないことを思い知らせるのじゃ

2012年09月17日 | 大河ドラマ・時代劇
 棟梁として修行中の重盛(窪田正孝)。
「あやつは心が清い。だが清いだけでは務まらぬのが武門の棟梁じゃ」
 今回は、そんな心が清い重盛に<政治の何たるか>を清盛(松山ケンイチ)が教えた話。

 さて政治。
 まずは<自分が主導権を握って取り仕切る>ということ。
 尾張の事件。
 もし重盛が成親(吉沢悠)を救うために、延暦寺の明雲(腹筋善之介)を攻めていたら、後白河法皇(松田翔太)の思うつぼだった。
 主導権は後白河法皇が握り、重盛を始めとする平家はただの朝廷に従う武力集団に成り下がる。
 後白河法皇の手のひらの上で踊らされるだけになる。
 だから清盛は、成親を救おうとする重盛を止めた。
 止めることで主導権を奪い返し、自らが取り仕切ることで事件を解決した。
 後白河法皇のシナリオではなく、自分の描いたシナリオで事を収めた。
 これが<政治>である。
 結果、「平家の力なくしては事をうまく収めることができないことを法皇に思い知らせること」にも成功した。
 武力衝突も起きることなく事件を解決した。
 心憎い政治手腕の清盛。 
 今の政治家も見習ってほしい。
 中国との尖閣問題、うまく収めてくれよ。
 そのために国民はあなたたちに権力を付与し、税金を払っているのだから。

 <感情に流されないこと><損をして得を取る>というのも政治。
 義理の兄・成親を助けるために兵を動かそうとした重盛は明らかに感情に流されていた。
 成親を助けるという目の前の利益にとらわれ、大局を見ることを忘れていた。
 しかし清盛は違っていた。
 いったん親戚の成親を切り捨てるという損をしておいて、結果、平家がいなければ事を収められないという得を得た。

 もっとも、清盛の今回の行動が百点満点であったわけではない。
 成親との関係は弱くなったし、平家の弱点が重盛であることが露呈した。
 しかし、一方で比叡山との関係は強くなったし、朝廷に平家の力を見せつけることにも成功した。
 これらがもたらすものは、成親ひとりよりもはるかに大きい。
 清盛は、比叡山を掌中に収めることが平家により多くの利益をもたらすことを理解していたのだ。

 こうして清盛は、白河院がコントロールすることの出来なかった<山法師>を味方にすることが出来た。
 福原の都が出来ることで、<加茂川の水>もコントロール出来るだろう。
 清盛は、白河院越え=父親越えをしようとしている。

 一方、父親越えということでは重盛はどうだろう?
 清盛は、自分のやり方を見て勉強しろ、と暗に言っているようだが、重盛にとって清盛は越えることの出来ない<偉大な父>であるようだ。
 そして、父親越えをするのは、将来の頼朝(岡田将生)ってことか。


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ソルト~その見事なキャラクター造型!

2012年09月16日 | 洋画
 イブリン・ソルト(アンジェリーナ・ジョリー)はプロフェッショナルなスパイである。
 銃や爆薬を的確に使いこなし、消火器などあらゆる日常にあるあらゆる物を武器にする。
 毒にも精通。
 変装も得意。
 最愛の夫が目の前で殺されて身を引き裂かれそうにつらいのに、目的遂行のために表情を変えない。
 見事なキャラクター造型である。

 こんな描写もあった。
 CIAに追われて逃げ込んだ少女の部屋。
 ソルトはバッグから自分の愛犬を取りだし、「この子を当分世話してくれない? これはエサ代」と愛犬のことを頼む。
 CIAに追われて必死な時にこれである。
 普通なら、愛犬のことなど考えずに逃げることに専心する。
 またソルトは少女とこんな会話を。
 少女「あたし、算数が嫌いなの」
 ソルト「わたしも嫌いよ」
 この余裕。
 もちろん追われているソルトの神経は張りつめ、肉体は危機を感じて急いでいるのだが、こんな会話が出来る所が逆にすごい。
 彼女の頭の中はクールで、整理され、愛犬のことを含めた目の前の問題・課題をひとつひとつ解決しているのだ。

 というわけで『ソルト』はストーリーの意外性もそうだが、キャラクター造型が見事。
 ハリウッドのアクション映画はこれだから面白い。


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経団連・米倉会長発言~本当の敵は経団連!

2012年09月14日 | 原子力発電・反対
 時事通信社の配信記事

『経団連の米倉弘昌会長は13日、緊急記者会見し、「2030年代に原発ゼロを目指す」との政府方針について、野田佳彦首相に同日午前、電話で直接「承服しかねる」と反対の意向を伝えたことを明らかにした。首相は「これからいろいろと説明していきたい」と応じるにとどまったという。
 電話会談は約10分間行われた。米倉会長は首相に対し、原発ゼロでは電気料金の高騰や電力供給不安、さらに企業活動の低迷や産業空洞化を招き、政府が先に決定した日本再生戦略に逆行すると指摘。原子力の平和利用で協定を結ぶ米国との関係に深刻な影響をもたらすとの懸念も伝達した。
 また、米倉会長は原発ゼロに関して「首相自身がどこまで強く信じているのか、よく分からない」と疑義を表明。その上で「取り巻く閣僚が選挙で右往左往しているのが実態ではないか」と述べ、衆院解散・総選挙をにらんだ一部閣僚が世論に迎合した結果との認識を示した』

 政府の<2030年代原発ゼロ>という方針自体も曖昧で玉虫色だが、本当の敵は<日本経団連>なのかもしれない。
 政府はただの傀儡(かいらい)。
 話は原発から逸れるが、そもそも<貧困><格差社会>の元となる派遣労働という制度を作ったのは、<経団連>を始めとする上の連中である。
 <派遣労働>という形式の方が、経営に都合がいいから。
 政府は上の連中の要請を受けて、規制緩和、<派遣労働>という制度を作った。
 結果、働く者にもたらされたのは不安定な低賃金労働。
 若者は学校を卒業しても就職できない。
 ニート、フリーター、ネットカフェ難民。
 一方、上の連中は高給をもらい、ぜいたく三昧。
 上場企業の内部留保はどんどん増し、それを働く者に分配しようとしない。

 今回の米倉発言も同じ。
 原発事故が起こって困るのは一般市民。
 住む家を失い、仮設住宅などの避難生活。
 一方、上の連中はそんな痛みをまったく感じていない。
 だから今回のような米倉発言。
 あのだらしないブヨブヨした米倉の体を見よ!
 安楽でぜいたくな生活をしている証拠だ。

 それほど原発が大事ならば、米倉会長、あなたやあなたのお仲間のお屋敷や企業で、放射能廃棄物を引き受けなさい。矢板市に押しつけるな!
 そうしたら少しはあなたのいうことを信じてあげよう。
 僕はすべての大きなものを疑う。本当の敵を見誤らない。

 首相官邸だけでなく、経団連にもデモをする必要があるのかもしれない。


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ピカルの定理 ビバリとルイ~この分析不能の面白さ

2012年09月13日 | バラエティ・報道
 ピカルの定理、昨日(9/12)の「ビバリとルイ」のゲストは中村俊介さんだった。
 コントの内容は次のようなもの。

 殺人事件の犯人に疑われた早乙女ビバリ(吉村崇)。
 ビバリは、アリバイとして、事件の当日、モルジブに行っていたことを証明しなければならない。
 しかし、モルジブにいっしょに行っていたのは我修院ルイ(綾部祐二)。
 このことを話せば、ふたりの関係がバレてしまう。
 しかし、刑事・中村ビブレ(中村俊介)は「いっしょに行っていたのは誰か?」と執拗に問い詰める。

 この「ビバリとルイ」、ボーイズラブのパロディコントである。
 刑事・中村ビブレもボーイズラブしてて、取り調べの中で、ルイのネクタイで首筋をくすぐり、耳をいじる(笑)。
 そして「何だか俺の俊介がパンパンになってきたぜ」「金曜9時、プレステージ!」(←番宣!)と叫び、ルイのワイシャツをはだける(笑)。
 そしてルイの乳首をいじりながら「ここに犯人が隠れているのか」と問い詰める(笑)。

 中村俊介さんも「ここまでやるか!」「よくやるよ」という感じだが、この面白さは何だろう?
 別にピース綾部さんの乳首や胸毛なんか見たくもないしっ!
 まあ、パロディという形でですが、ボーイズラブをここまでテレビでストレートに見せてくれるのって、このコントしかないんですよね。
 普通のドラマのパロディは、他のバラエティ番組でも見られるが、ボーイズラブはおそらくここ以外にない。
 そんな新しさだろうか?
 それに今までにゲストとして登場した岡田バサラ(岡田浩暉)、野口ロビン(野口五郎)、生瀬バロム(生瀬勝久)といったそうそうたる役者さんたちの「ここまでやるか!」感。
 それから吉村さん、綾部さんのどこか悲哀のある表情。裏に漂う<せつない禁断の恋>という雰囲気。
 中森明菜さんの曲も!

 結局、よく分からなくなってしまったが、このコントは分析不能!
 「何だ、これは?」と唖然とする感じ。
 あらゆる面白さのエキスが入り交じって発酵した混沌とした感じ。
 こんなことが、このコントの新しさであり、面白さなのかもしれない。


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GTO(反町隆史版)~今夜は寝かせないわよ!

2012年09月12日 | 学園・青春ドラマ
 最初の『GTO』第10話での鬼塚(反町隆史)と冬月先生(松嶋菜々子)のやりとり。

 場所は冬月先生の部屋
「ぶつぶつ言ってないで早く始めましょう」
「でも俺にも心の準備ってものが……」
「ダメです。今夜は寝かせないわよ」
「そんな……。ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 このやりとり、別に二人はエッチをしようとしているのではない。
 冬月先生は、全国模試を受けることになった鬼塚に徹夜で勉強を教えようとしているのだ。
 一方、鬼塚は勘違い(笑)
 確かに女性から「今夜は寝かさないわよ」と言われればねえ……。

 学校では生徒たちのいる所で、冬月先生は鬼塚にこんなことを言う。
「先に帰ってて下さい。私は薬局に寄ってスタミナドリンクを買って帰りますから。今夜も徹夜ですからね」

 これも事情を知らない生徒が聞けば、絶対に誤解する。
 冬月先生って天然なんですね!

 さて、10話ではシンデレラゲームにかけられた相澤雅が危機におちいる。
 ゲームの首謀者は藤堂くん。ゲームを行った理由を「ひまつぶし」だと言う。
 男たちに囲まれて観念する雅。
 すると鬼塚が現れて
「姫、おケガはございませんか?」
 この『姫』という言葉はシンデレラゲームのシンデレラに掛けている。うまいセリフだ。
 そして
「ねえ藤堂くん、not appropriateという単語の意味わかる?」
「不適切だけど」
「ああ、クリントンが言ってたやつね。まるで君たちがやっているみたいなことだね」
 これもうまいセリフだ。
 試験勉強をしていた鬼塚と、クリントン大統領がホワイトハウスで<不適切な行為>をした時事ネタをうまく組み合わせている。
 そして藤堂に怒りの決めぜりふ。
「悪いけどな、慣れない勉強をやってこっちはストレス溜まってるんだ。何がひまつぶしだ、このクソガキが!」
「まるでヤクザだな。僕の父親は文科省の高級官僚だぞ」
「あ、そう? だから? 俺の生徒に手を出すやつは誰だろうと許さねえんだ!!」

 カッコイイ! 燃える!
 さすがの雅もここまで言われれば、鬼塚に心を開くだろう。
 それに暴走族あがりの鬼塚には、権力とか権威なんてものは「あ、そう? だから?」なのだ。
 うまい脚本だ。
 ちなみに脚本家は『女王の教室』『家政婦のミタ』の遊川和彦さん。

 そういえば!!
 シンデレラゲームを行う藤堂の仲間の中に、今をときめく<玉木宏>さんがいた!
 せりふはひと言。
「藤堂の友人の玉木です」←役名も同じ!
 玉木さんのファンの方は、反町隆史版・10話で探してみて下さい。


 
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ネバーランド~母親が革のノートに託した思い

2012年09月11日 | 洋画
 『ピーターパン』ってこんなふうにして誕生したんですね。
 それは劇作家のジェームズ・バリ(ジョニー・デップ)が、デイヴィズ一家の子供たちと関わる中で得たインスピレーション。
 子供たちを喜ばせるために彼は書いた。
 それは批評家の評価などを気にすることのない純粋な<遊び(PLAY)>。

 この作品で印象的なのは<革のノート>だ。
 バリは、早く大人になりたがっている三男のピーター(フレディ・ハイモア)にこれを渡す。
 ピーターは、父親が亡くなって支えを必要としている一家を支えるために、母・シルヴィア(ケイト・ウィンスレット)を助けるために、一刻も早く自立したいと考えているのだが、バリはそんなに焦る必要はないと語る。
 子供らしい想像力いっぱいの物語をピーターに書いてほしくて、<革のノート>を渡す。

 バリの影響を受けて物語を書き始めるピーター。
 しかし、悲しい出来事が起こる。
 母・シルヴィアが病に倒れたのだ。
 ピーターはノートを破り捨てる。
「自分がこんなことにうつつを抜かしていたからお母さんが病気になったんだ。やっぱり自分は早く大人にならなくてはならないんだ」と考える。

 そして母・シルヴィアの死。
 悲しみに沈むピーターにバリは例の<革のノート>を渡す。
 以前破り捨てたノートだったが、ページの所が貼り合わせてあって元どおりになっている。
 元どおりにしたのは誰か?
 それは母・シルヴィアだった。
 シルヴィアは、ピーターにまだ想像力で遊べる子供でいてほしくて、病床の中、ノートを修復したのだ。
 バリはピーターに語る。
「このすべてのページにお母さんはいるんだよ」

 上手な小道具の使い方ですね。
 そして物には<人の思い>が込められている。<愛情>が込められている。
 ピーターは大人になっても、このノートを見るたびに母親のことを思い出すだろう。

 このように『ネバーランド』は心温まる物語である。
 その他にも、戯曲『ピーターパン』が上演されるエピソードなどは実にエキサイティング。
 バリ役のジョニー・デップの抑えた演技もいい。


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平清盛 第35回「わが都、福原」~相手がどんな目を出してくるのかゾクゾクしてくるわ

2012年09月10日 | 大河ドラマ・時代劇
 清盛(松山ケンイチ)と後白河上皇(松田翔太)のすごろく遊びは続く。

 頼盛(西島隆弘)の不満を利用して、平家を分裂させようとする後白河上皇。
 実際、頼盛の心は傾きかける。
 自分のこの境遇は何なのだ? 清盛が邪魔をしているのではないのか? 本来なら自分が平家の頭領になってもおかしくないのに。
 すごろく勝負。これで後白河上皇が賽を振って、少し前に出た。
 しかし、清盛は反撃する。
 すべての官職を解かれた頼盛を福原に呼ぶ。
 そして、朝廷や貴族たちの支配する京の都ではなく、彼らの手の及ばない福原に<もうひとつの都>を作る構想を語る。
 この構想は、後の歴史に例えて言えば、頼朝が鎌倉に、家康が江戸に幕府を開いたのと同じ種類のものだろう。
 清盛はその先駆けだった。
 そして頼盛は清盛の口からこんな言葉を聞く。
「父上の目指した世づくりにそなたは断じて欠かせぬ」
 京都での役職に一喜一憂するのではなく、そんなものとは関係ない福原で別の夢を共に見ようと言うのだ。
 この途方もない清盛の発想力。
 頼盛は、都での出世にとらわれていた自分を小さく感じる。
 父・忠盛(中井貴一)の言葉をしっかり覚えていて、実現しようとしていることにも驚かされる。
 だからこう語る。
「仕方がない。それがとてつもないことをしでかす兄を持った弟のさだめというものじゃ」
 これで後白河上皇が狙った<平家の分裂>は回避された。
 またしても清盛の勝利だ。

 上手いですね、この作劇。
 頼盛を通して、清盛の<福原遷都>という歴史事象を描いている。
 歴史をしっかりドラマにしている。
 しかも後白河上皇とのすごろく遊びも絡めて。

 ラストで清盛は盛国(上川隆也)に語る。
「相手がどんな目を出してくるのかゾクゾクしてくるわ」
 盛国も
「私はそんな殿を見ているだけでゾクゾクしてまいります」
 ゾクゾクすること、これが『遊びをせんとや生まれけむ』なんですね。

 最後に北条政子(杏)。
 イノシシを捕らえ、もののけも捕らえようとして罠にかける。
 彼女もゾクゾクするのが大好きな人間。元気な子供。
 オトナの世界に翻弄されて気力を失っている頼朝(岡田将生)を復活させることが出来るか?


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この夏、電力は足りた! 今こそ新しい未来に舵を切る時!

2012年09月09日 | 原子力発電・反対
 季節はだいぶ秋らしくなってきましたが、結局この夏、電気は足りましたよね。
 原発を動かさなくても乗り切れた。
 何しろ大飯原発を再稼働させた関西電力はその分、火力発電所を停めていたわけですから。

 なので電力会社、そして政府は本当のことを言ったらどうだろうか?
 原子力発電所を動かす理由は、<電力不足>などではなく、<電力会社の経営が苦しくなる>からだと。
 たとえば
 原発を動かさなかったら、高い建造費をかけて作った原発はたちまち電力会社の不良債権になってしまう。
 あるいは、高騰する石油燃料に頼る火力発電は高コストで、経営を圧迫する。
 僕自身は原発こそ高コストであると思っているが、今までも書いてきたのでこれ以上ふれないが、電力会社および政府は「原発を動かさないと電力会社の経営が立ち行かなくなって困るんです」ということを正直に述べたらいい。
 そうすれば別次元の議論ができる。
「そうか、会社がつぶれてしまうのか。しかし原発を動かすのは危険だから、動かさずに会社が成り立つ方策を考えよう」とか「何を甘いことを言っているんだ。もっと経営努力をしろ」とかいったさまざまな意見が出てくる。
 その結果、すべてが前に進む。
 偽りやゴマかしでは決して問題解決にはならない。

 それから『原発がゼロになれば日本経済が衰退する』という意見があるが、果たして本当か?
 実際、今のテレビCMを見て下さい。
 エコカー、エコ家電、エコ住宅……といったCMばかり。
 それはこれらの省エネ製品が売れる可能性が高いから。

 企業も家庭も省エネすることで、コスト削減・節約が出来ることがわかった。
 そのコスト削減・節約した分は、企業の場合は雇用や先行投資、家庭の場合は別の消費にまわせる。
 その方がよほど経済が活性化するのではないか?

 あるいは原発がなければ<必要は発明の母>で、企業は省エネ商品だけでなく、太陽光発電など自然エネルギーの技術開発に力を注ぐはず。
 原子力発電所を外国に売り込むことは大変だが、自然エネルギー製品は売りやすく、将来の有力な輸出商品となる。
 もし、ここで自然エネルギーに手をつけておかなければ、日本は技術や市場シェアで、中国などに遅れをとってしまう。

 だからここで原発を捨てて、自然エネルギーに舵を切ることは、将来の立派な国家戦略なのですよ、野田総理、古川国家戦略大臣!
 それに、絶対にあってはいけないことですが、もし仮に新たな原発事故が起きたら、日本は立ち直れないくらいのダメージを受ける。
 この国はきっと衰退する。
 だからこそ今が大事な時。

 野田総理、お願いします。
 電力会社や原子力ムラ、頭の古い財界人といった人間の意見を聞かないで下さい。
 彼らは自分の利益のことしか考えていない、ほんの一部の人間です。
 この国の未来を壊さないで下さい。


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ロボジー~必要は発明の母!

2012年09月06日 | 邦画
 『ロボジー』笑いました!
 さすが矢口史靖監督作品!
 特にロボットオタクの大学生・葉子役の吉高由里子さんがいい。
 こういう変な役の女の子をやらせたら、吉高さんが一番。
 というか、福田彩乃さんの物まねのせいで、変な吉高さんのイメージがついてしまっている?

 作品のテーマはふたつ。

★人は誰かに必要だと言ってもらいたい
 ロボジー・鈴木重光(五十嵐信次郎)は仕事をリタイアしてひとり暮らしをしている老人。
 社会との関わりは老人会くらいで、社会的には機能していない。
 僕個人として、せっかく会社を辞めて社会の歯車から抜けたのだから、それを楽しめばいいと思うのだが、人というのはぜいたくなもので、ないものを欲しがり、失われたものを取り戻そうとする。
 鈴木さんの場合は、<人から必要だ>と言われたり、<すごい>と言われたりすること。

 この点、ロボット『ニュー潮風』になったことは鈴木老人にとっては救いだった。
 何しろ小林(濱田岳)らが「あなたが必要だ」と言ってくれるのだから。
 テレビを含めてまわりの人間が、(ロボットの格好であるとはいえ)自分を拍手喝采してくれるのだから。

 一方、もうひとつのテーマは

★ウソから出たマコト
 開発者の小林たちは、『ニュー潮風』の中に鈴木さんが入っていることを隠すために、何とか本物のロボットを作ろうと努力する。
 講演会を装って、葉子らロボットおたくや理学生に意見を聞き、ロボットの知識を吸収していく。
 もし『ニュー潮風』→鈴木さんが中に入っている、という状況に陥らなければ、小林たちはロボットについて学ぼうとしなかっただろう。
 まさに<必要は発明の母>である。
 そして、完全な二足歩行ロボット『ニュー潮風2』が完成する。

 物語のリアリティとしては不十分かもしれないが、何と言っても『ロボジー』はコメディ。
 結局、ウソがバレなくて何とかなったことも結果オーライ。
 少し前なら、ウソがバレて小林たちが反省して、ロボットを真面目に作り出すなんて物語展開になっただろうが、今、それをやると少し古い。
 それに<人間、必死になれば何でも出来る><たとえウソから始まったとしても、行動していけばマコトになる>なんてことを信じたいじゃないですか。


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