“平均年収”のデータに何の意味もない……というのは知る人ぞ知る事実。15年足らずで“黙っていても給料が上がる仕組み”だったはずの定期昇給は、実質的な降給制度に変貌したのです。同期入社でも給料が倍違うのが当たり前になりつつあります。同じ会社に勤めていても年収が半分のダメ社員では〇〇会社の社員なら結婚しても安心。とはいかなくなってきたのです。その評価の仕方も業績一辺倒から『部下をうまく育てているか、チームをまとめる力はあるか……なかには“人望”を評価する企業まで多岐多様』どうすればそのような能力を身に着けられるか?学生時代、勉強一辺倒ではなく運動部などのクラブ活動を通じ人と適応する能力を養う必要があるようです。
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会社員の平均年収は、’97年(平成9年)を境に下降の一途をたどっている。だが、’09年以降は横ばいに転じ、ここ何年かはアベノミクスの影響もあって若干盛り返し傾向。「給料が上がらない」のは、もはや既定路線とはいえ、こう考えている人も多いのではなかろうか。「下がりさえしなければいい」と。
だが「一見、横ばいに見えても、その裏では“上がる人”と“下がる人”の格差が広がっています」と警告するのは、労働ジャーナリストの溝上憲文氏。
国内の製造業を例に取ると、40歳前後の年収分布では、同期トップの部長職が1200万円~1500万円、万年ヒラ社員ではせいぜい600万円と、実に倍以上の開きが出ているという。もはや“平均年収”のデータに何の意味もない……というのは知る人ぞ知る事実。そして、コストカットに余念のない企業は、有能な社員をどんどん昇給させる一方で、無能な社員は容赦なく減給している。
「日本企業の給与システムは、’00年前後の成果主義の導入で大きく変わりました。これによって、従来は“黙っていても給料が上がる仕組み”だったはずの定期昇給は、実質的な降給制度に変貌したのです。さらに、ここに来て“月給をポストで決める”という新たな動きが登場し、去年あたりから年間評価で管理職を“降格”できる仕組みを取り入れる企業(ソニー、パナソニック、日立など)が増えてきた。この流れは今後も広がっていくでしょう」(溝上氏。以下同)
能力給の見直しによる降給は、せいぜい月数千円といったところだが(それでも、ボーナスまで含めると年間10万円単位の減額に)、ポスト降格すると、月5~10万円の減額も珍しいことではなくなる。
ただ、これほど大幅な減給となると社員も黙っていないのでは?
「カゴメの例では、役員クラスから率先して制度を取り入れていったので、下も文句が言えなかったようですね。ちなみに、通常こういうケースでは労働組合が盾になってくれますが、労組は基本的に非管理職の味方なので、40代でターゲットにされやすい“部下なし管理職”などについては大して力になってくれないのが現状です」
こうした厳しい現状に、対抗する策はあるのだろうか?
「成果主義といっても、実は必ずしも数字だけが見られているわけではありません。もちろん、営業職などでは業績が給与を左右しますが、事務系ではむしろポテンシャル、行動評価重視です。業績至上主義者に見えたGEのジャック・ウェルチですら、行動評価の重要性をアツく説いていますからね。部下をうまく育てているか、チームをまとめる力はあるか……なかには“人望”を評価する企業まで。ボーナスには業績が反映されますが、昇進の決定に占めるウェイトも行動評価のほうが上。つまり、日頃の“ふるまい”が年収を決定するというわけです」