おれはここで生きている

■味乃家 魚野川■新潟県魚沼市下島70-1 定休日 水曜日
死ぬまで生きる のらりくらりのなんでもありのガクさん

地震雪

2007-01-11 15:57:14 | Weblog
昨日自宅に帰ったら車を止めるとこがなく仕方が無いので雪の上に乗り上げておいた。
三時頃除雪車が来たけど自分の敷地だから何も問題が無いだろうとそのまま寝ていた。
町の除雪隊が出るということはかなりの積雪が有ったと思い早めに起きることにした。
起きる前に夢を見ていた。
昔の自宅に今付き合っている仲間達がいていつも同じような展開になって最後には魚取りをする寒かったり風邪を引くとき見る夢だ。
5時に家を出て気温はそんなに下がらないので暖気運転は簡単だった。
霜でも降ろうものなら10分ぐらい掛かる。
雪がちょっとよそうより少ないのと作業が速く終わったらしく除雪機は一部戻りパーキングの除雪をやっていた。
ご飯に火を入れて電話してみると25人頼まれた。
それから大騒ぎ。
もやし炒めとマーボ豆腐、魚の味噌漬け焼き、ソーセージ焼き、目玉焼き、菜の花の辛し和え、それにいつもの佃煮など10品。
毎年少しずつ食べる好みが違ってきた。
バイキングになって選べるおかずが違ってきた。
前はお仕着せだったので好みはあまり分からなかったが色々なおかずを出すと売れ筋が見えてきた。
除雪隊のメンバーの若返りも重要だが食生活のスーパー惣菜風になって来た事が一因。
ソーセージが一番売れ次はマーボ豆腐そして目玉焼き。
僕の一番食べられない食べ物。
うちが朝食をする前は皆さん良く風邪をひいたけどうちの朝食を食べるようになってから誰も風邪を引かなくなった。
いかに食生活が大事だか。
いかにコンビニは危険か。
商売敵根に持っているから。
お昼に除雪隊の親方が来て、雪の降ってる所はこの辺だけだと言った。
僕もつられて地震の被害の多いとこばかり降るねエーと。
そしたら親方急に箸を止めて、実はそうなんだほかはあまり降っていなくてここらばかりなのだと。
きっとまだ電磁波が出て雪雲を作らせているのではないかな。
夕方小熊さんがやってきた。吟醸会で一緒になったり友達のカメラマンの同級生であった。
予約が無かったにで一緒に酒を飲んだ。話をしているうちに寒干大根が欲しいと言い出したので妹の姑が茨城で作っていることを話したら、是非譲ってくれと言う話になって妹に電話したらわざわざサンプルを持って来てくれた。ワカサギの煮干や霞ヶ浦の珍味までを持って。


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朝雪

2007-01-10 08:08:06 | Weblog
昨日の月空は地表より熱を奪い皆凍りついていた。
外を見ると薄く雪が積もり新道島の山の上の木々に雪花が咲いていた。
でも近くの木々は凍り付いてつるつるになったのか雪が付いていなく黒い梢が凍った朝の中に立ち尽くしている。
朝日が昇る時間なのに東の空は明るくならないで新道島の山のまだ向こうの山古志あたりが薄い茜色になっている。
きっとそこに高い入道雲があり朝日を写して明るくなっているのだろう。
今日は板長が休み、ケンコさんが来る。
中国から嫁いで来た人だ。
地震の前にいたけどやめて仲間と別の会社に移ってしまっていた。
ところが仲間の一人が指を切断してしまい怖くなってやめて又別の会社に季節工として働いていたが仕事がなくなってしまい又戻ってきたのだ。
良く働くけど言葉が少し不自由。
昼定食は天ぷら。
新潟の加藤さんが食べてフキノトウが入っていたと感激していた。
前はある程度の定食でないともったいながって付けず最後は駄目にする事が多かったので今度から安い定食でも付けることにした。
朝からの雪は止む事も無く降り続きいつの間にかかなりの量になって明日又除雪に時間がかかりそう。
大阪に視察に行った人達がバスで帰って来てハッパキヌギをしてくれたけど皆それぞれの家庭まで送らなければいけない。
雪の中ブナ山まで送ったが今回雪が湿っていたので坂を難なく上ったが前に上らなくて苦労した事があった。
雪の量もこちらの倍近く積もっていた。
たまに自宅に帰らなければと思ったがまだ雪が降って除雪隊の朝食の準備が間に合わなくなると嫌なので考えていたら母から娘の調子が悪いのでたまに帰ってコールがあったために仕方なく帰った。
店に居ると朝30分よけに寝ていられる。
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新雪

2007-01-09 07:44:09 | Weblog
今回の冬型はたいした事がないと思って又テレビを見て夜更かししてしまった。
今度日本酒を魚野川のラベルを張って冷酒で提供しょうと計画して酒を色々選んだり酒造会社にお願いしてサンプルを買ったりした。
そのサンプルを飲み比べなくてはいけないので夕食と晩酌を一緒に考えた。
利尻の昆布をたっぷり入れて昆布の匂いでむせ返るような湯豆腐をいっぱい造りご飯の代わりもかねた。
それに牡蠣を一杯入れようと考えていたけど作るとき他の事をちょっとやったら忘れてしまった。
葱もたっぷり入れたので旨い豆腐になった。
その前にまずビールで喉を潤してのつもりが3ばいも飲んでしまった。
その後酒を味が分からなくなるほど飲んでしまった。
除雪車のチエンの音で目が覚めた。
もう20センチ以上つもり除雪隊はフル出動であった。
電話すると25人ぐらいとの返事後悔が沸きあがったけどしょうがないのでまずご飯だけ炊いた。
普通炊いて蒸すと一時間ぐらい掛かるが残された時間は40分しかないので、まず何も入らない釜にスイッチを入れ温め水を鍋に3っつに分けお湯を造り温める時間を早めた。
目玉焼きをやってる時間が無いのでお昼に使う予定の温泉玉子にそばだしを入れてだし味噌汁は千切り大根と人参戸豆腐と油揚げを入れて造り保温ジャーに入れて出しておき各人がよそって食べれるるようにしておいた。
なんだかんだでおかずは十五種類ぐらいになり、ご飯もギリギリに炊きあがった。
市場に行けば10キロ200円の人参が買えると思っていて行きたかったが、今日父親がいる施設に行かなければいけないので諦めていた。
スタッフの車が置けるスペースをタイヤショベルで除雪し後は帰ってからと施設に急いだ。
預けっぱなし考えると心が熱を持った。
途中除雪車の後をいった為5分ぐらい遅れてしまった。
簡単な打ち合わせが終わり父の顔を見に行った。
妹がこの前来て、父の元に行った時、父が生きているときに自宅には帰れないんだろうなと言った言葉に涙が止まらなかったと、僕にはわざときつい言葉のメッセージのつもりで伝えたのだろうが受け入れられない現実にアタフタしていた。
父に会いに行ったらベッドで寝ていた。
揺り起こすと直ぐ意識がハッキリしなかったが自分の名を言うとやっと分かりまず聞いたのは今何日だと言う言葉だった。
春になれば次の人の予約でこの施設を出なければいけないけどそれまで我慢してもらうと心にきつく決めていた。
妹の話が心を支配してたので春になって暖かくなって来たら家に帰ろうと言った。
迎えに来るから少し我慢してと言うだけ言って顔を見ると諦めきった眼差しに何と無く笑みが見えたような気がした。それと平行に自分もやがて同じになるのだと思った。
残りの除雪をしてやっとお昼に間に合った。
少し暇なので残りの年賀状を書き始めたら疲れが出たのか妙に眠くなってきたので昼寝をしたら3時間以上も寝てしまった。
今日は自宅に帰るからと娘に言っていたのに終わる頃になってウッチャンが来てしまった。
自宅に帰るのはキャンセル。
その後又フランスやさんに行った。
ワインとニュージーンドの小羊を食べもう一軒寄って店に戻った。
地面はつるつる赤みの掛かった上限の月が昇り始めた。
何万年の前に見たような月に思わず口に出た言葉はなぜ俺はここ生きているのだろうだった。


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肩が痛いそして震度四

2007-01-08 09:04:10 | Weblog
天気予報が悪いので夜明け前から積雪が気になっていたが寒くて嫌なので窓辺に行かなかった。
もしいっぱい降ったなら除雪車の音や屋根の雪がすべる音が聞こえるわけだなどと想像しながら寝ていた。
何しろ30畳以上の部屋の真ん中に寝ているからちょっと窓辺にと言っても5-6歩掛かる。
明かりを付けて目覚ましを見たら6時前であったがもし朝食が急に増えてご飯が間に合わなくなるとこまるのでもう起きる事にした。
雪は薄っすらと積もり除雪車も出ていたが一台しか出なかったらしく6人の朝食であった。
高気圧が優勢だったが気温が高かったのでたいした積雪にならなかった。
等圧線が西高東低にならなく少し北に傾いていたせいもあり今まで降らない所に雪が降ったのかも知れない。
昨日は肩が痛くやっと蕎麦を打った。
もしこれから肩が痛いのが続くと蕎麦打ちに影響が出て将来不安な気持ちに成った。
良く何々は君の肩にかかているという言葉が分かってきた。
今日は予約が3つ。
でもアルバイトは全員集合人件費倒れになる。
板長と相談して手が空いたら掃除を徹底的にやることにした。
昨夜久しぶりに酔っ払ってテレビを見た、ニューヨークは気温22度と言っていて半袖で歩いていた映像記憶に残っていた。
あんなに温かいといいのになー。
昨日より風が収まり客足が戻ってきた。
予約の中に長岡市からの人達もいて迎えはウッチャンがいってくれたので帰りは自分が送っていった。
小千谷のトンネルを抜けるともう雪が無かった。
家の方は一面雪景色なのに。
酔っ払ってそれなりに喜んで帰っていった。
お昼のお客さんで塚田志保さんが見えた。
きっと前にNT21 の アナウンサーをやっていた方らしく,ご主人は今年参議院の選挙に出る人でポスターを持ってきた。
いろいろの方が集まる場所なので特定の候補のポスターだけを貼るわけにもならないから頼まれればどなたのポスターも貼りますと断り書きを添えて張っておいた。
帰りに一緒に記念撮影、名刺のアドレスをたどったら塚田さんのHPの中の志保さんのコーナーに載っていた。
二人して並んで写っていたが僕の体は少し避けるように写っていた。
本心はすり寄りたいよう気分なのだがやはり人目を気にしてたのかも残念。
心のままにすればよかった。
夕方7時前にブログを書いていたら突然小さな地震と思った瞬間に大きな揺れを感じた。
小さなゆれは初期微動だった。
震災の後はしょっちゅう余震があってこれぐらいだとオオー大きなーぐらいだったが、久しぶりで心臓がバクバクだった。お客さんもいたがあまりビックリして美味しいのがぶっ飛んでしまったと言われてしまった。
ガスもストーブも耐震装置が作動した。
皿も割れなかった。
震度4だった。
晩酌をしょうと思ったら良いワインは皆なくなっていて明日注文しなければいけないことに気がついた。
そして雪があまり積もる前に川に行って猫柳の枝を取って来て温かい部屋で猫ボンボンを大きくさせ箸置に使おうと思ったことも。
赤々とした炭火の前で酔っ払いが目を閉じて春の素晴らしさを思いながら頬ずりしてた光景もすっかり忘れてた。
明日は大長靴とカマを持って魚野川岸に行ってみよう。


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いのししラーメン猟師風

2007-01-07 09:26:37 | Weblog
昨日はメニューを直しお勧めのメニューにいのしし丼を書き加えた。
そしたらぽろぽろ出たので今度はラーメンにもやってみようと思ったがただいのししだけでは単純でつまらないので前にやっていた縄文ラーメンやまたぎラーメンみたいにしょうと考えた。
若い人達にはまたぎや縄文など言っても理解できる人が少ないので単純にいのししラーメンにして良く洋食で何とか風と付けてある名前をまねようと目が覚めたら頭に浮かんだ。
これでキノコや山菜や隠し味の自家製魚奨の何種類や獣奨も使うことが出来自分の好みも満たされる。
又親方に怒られるけどお客さんの味覚や売れることよりこうゆう個性を追求する方がどれだけ生きがいになるか。
新年早々又悪い癖が始まった。
今年は合理的な経営を追求すると宣言したばかりなのに。
雪が降らないで風が強くなってきた。
自宅に寝ていたら風吹くたびに部屋の中は微風が流れていた。
障子がばたばたとなり家が押されるような感じ。
店に着き除雪隊の朝食を作り外を見ると雪もかなり少なくなりもう15センチぐらいになって山肌も見え出し木々も蕾が少し膨らんだせいか何と無くふっくらしたように見える。
遠くで雷が鳴り出しド、ド、ドと聞こえる。
これは雪を運んでくる雷で遠くに寒波がやって来た証拠。
そしたらもう前も見えないような雪の降り方で周りが一瞬に白くなってしまった。
予報はそんなに悪くないのに。
これで暇に成るのでバイトの子の一人に電話して休んでもらう事にした。広井さんが頼んでおいたフキノトウを持って来てくれた。
これを雪ノ下にしておくと一ヶ月ぐらいもつのでぼちぼち使うことにする。
風がだんだん強くなり看板や旗がなぎ倒されてしまった。
ほかの車にぶつかったりすると困るのでそのまま倒しぱなしにして営業を続けた。
埼玉からのお客さんが来てくれたので出したてのたくあんをサービスに出したら喜んでお土産に買っていってくれた。
真空包装機が威力を発揮してこれから色々な場面で使い分ける。
カウンターに名刺を置いてあるがパンフレットみたいなものも作ろうと思う。
練習にUonogawa便り的な物でメニューや地図、店の紹介やブログの一部抜粋を印刷してカウンターにおいてお客さんの反応を見よう。
こんな大荒れでも来てくれる人達は見覚えがある人が多く帰りに挨拶をするとこの前美味しかったから又来たよといってくれる人がよくいる。
もう少し頑張って続ければまだまだ客足が伸びるぞ。
夜はさすがにお客さんが来なかった。
小西さんが早く閉めようよと言ったし板長も用が有ると言ってたので六時過ぎに閉店した。
夜お客さんが少ないのは早く閉店しすぎるのだ。
田舎のフランス料理屋に行った。
うちと違って予約が3組。
お客さんの中には家族ずれがいて皆さん長靴でフォークとナイフで食事してワインを飲んでいた。
しげちゃんにアッシー君をやってもらってビールとワインを飲んだ。
フアグラとりんごのゼリー寄せ、焼き鶉とロールキャベツの煮込みがつまみ。
デザートにフランスのウオッシュチーズを出してもらった。

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辛味大根

2007-01-06 21:40:44 | Weblog
どう言う訳か蕎麦が出る。
地震前に只見の三瓶さんが野生の辛味大根が有るのを知っていると僕に話した。
丁度蕎麦打ちを始めたばかりだったのでその大根がとても欲しかった。
今考えると10年以上のかもしれない。
5年かかってやっと手に入れた大根の種に三瓶さんは気になることを言った。
火山の山に自生している植物だから魚沼の地に合わないかも知れないよと。
伯父はその道のプロだったから全てを託した。
苦労の甲斐があってやっと通年収穫が可能になった。
それを前面に出した蕎麦の営業を考えている時地震に遭ってしまった。そして蕎麦どころではないなど再建に躍起になり今やっと落ち着いて蕎麦を出し始めていたら伯父も落ち着いたらしく大根を作れるようになったからいつでも言ってくれと言ってきた。
出来ればすりおろす道具付でお客に擂りおろして貰い蕎麦と一緒に楽しんでもらいたい。
そのとき種を残しておいた大根を持って来てくれた。
今市販されている大根は改良がなされ辛味が際立っているが伯父が作ってくれた大根は甘みと適度の辛さがバランス良く懐かしい大根の香りと味がする。
連休初日で市場があるので今年初めてセリに行った。
ほたて貝とヒラメを四枚カキと南蛮海老を買い、野菜市場で南瓜42個、レタス二箱玉葱六十キロ、苺四パック、メロンとセリも買った。
南瓜はメキシコ産で少し傷みが始まっていたので安く買い刻んで冷凍にする予定。
雨でお客さんが来ないと思いガッカリしていたらお昼にはそれなりに忙しく南瓜と昨日採ったセリなどの整理で休憩が無かった。
夜はイロリが二つ。
一人はアメリカ国籍を取っている日本人がニューヨークからやってきた。
ペンタゴンにいるかと思ったら総務省だった。


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本日も晴天なり

2007-01-05 09:15:08 | Weblog
昨日は少しかけ始めた満月だった。
月の光があんなに明るく冷たい事を思い出した。月の光に照らされてまた別の雪国が横たわり、いくらでも遠くが見渡せた。
晴天も今日限り。
大陸には凄い高気圧が控えてその威力が衰えるには一週間以上かかりそうだ。
その後もし又優勢の高気圧が続けば半月も雪になる。
朝の急激な冷え込みでマイナス二度になり除雪隊の凍結防止の散布車が仕事を終えて帰ってきた。
朝日がようやく濃い霧の中から顔を出し、柳の梢の樹氷を輝かせ始めた。
雪もかなり減り大沢川の横には山田君がカジカ採りに行くために歩いた足跡が本流まで続き、後狐とイタチ、カラスの足跡が残っている。
上のほうの霧が晴れ青空が広がってきて新道島の山の峰に有る杉の梢が黒い鶏のとさかのように見えるだけでまだ白い羽毛に包まれたように眠っているだけ。
小宮さんが柏崎の市場から電話をかけてきた。
エイを買いに来たけど無く、鰆の安いのが有るけどかって行ってやろうかと。
市場が休みで刺身の良いのが無かったので喜んで頼んだ。
除雪隊の朝食を造りながら昨日作ったこんにやくを生煮している。
コンニャクの灰汁の濃度が薄かったと見え柔らかくなってしまったがこれもまた良い刺身の感覚になるかもしれない。
セリやトマトなどでコンニャクのカルパッチョ七草風などを考えたけど、又別に山葵とアボガドを添えて別のカルパッチョにしてみたくなった。
仕入れの車が古くなりファンが回らなくなった。
霜が降りて寒い日は解けるまで待ってから出かけるけどこれから寒波が来て毎日零度以下になったら走れなくなってしまう。
修理や煮は頼んであるけど丁度正月休みと重なっていつになるか判らないし、タイヤショベルがパンクしてこれも修理を頼まなくてはいけない。
妻のテレビも壊れ新年早々又出費がかさなりこの前喜んだのが帳消しになりそうだ。お昼前に蕎麦を打ってできるだけ早く出かけてフキノトウをいっぱい取ろうと思ったが蕎麦が出て結局4回蕎麦を打った。
お天気も快晴気は焦るけど今日に限ってお客さんが切れなかった。
大きな赤ちゃんの頭もあるおにぎりを自分用に握り出かけた。行き先は柿崎か米山と決めていたがあまりに遅くなってしまい目的地に着いたら採る時間が無い様だった。小国のあたりにきたら西向きの斜面は殆ど雪が無かった。
それでそこでとることにした。
フキノトウは去年出ていた所に有るからその場所は良く覚えておく。
案の定フキノトウがあった。
西日が当たって雪の無いところを探し特に清水の流れている所が緑に大きくなっていた。
清水の所を探していたら雪が無いためセリが見えた。
もう直ぐ七草が来るので今度はセリ採りに夢中になり泥に長靴を取られないように一生懸命取った。
親方の奥さんが好きだからフキノトウと一緒に送ってやろうと考えていたり、又フキノトウとキノコで日本で一番早い天然山菜天ぷらができると思ったり寒いけど気持ちは温かかった。
まだ時間が有りフキノトウが少ないので帰り道は別の道を通り次の時の情報を集めるために見学ドライブだった。



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フキノトウの天麩羅

2007-01-04 08:07:40 | Weblog
昨日より霧が濃く向こうの柳や胡桃の木がやっと見えるぐらいで雀も来ていない。
メニューにフキノトウの天麩羅と書いておいたのに今日まで一つも出なかった。
新しい板前さんや志保ちゃんは青みとして使っていて宴会の人達にも出し続けたのであと少しになってしまった。
雪に覆われているので皆さん大喜びだが又どこかに取りに行かなければいけない。
小宮さんに何処まで雪があると聞いたら柏崎はもう薄っすらとあるだけと答えたので今日は板長が休みなので明日行ければ行きたい。
もう少しすると次の寒波が来て又海まで雪に覆われてしまうので今がチャンスなのだ。
海辺に行くと松や笹も多いから取ってきて塩釜の塩に入れて香りとお目出度さを演出したいと思っている。
帰省客の多くは帰ったから店は少し暇になった。
でもお店に出る人達が殆ど休みに成っていたのでその割に緊張感を誘っている。
経理の広井さんが去年の集計を出してくれた。
最後の月がこれまでの最高の売り上げになった。
喜んでもいられないよ人経費が今ままで最高だと。
やはりお正月である。
大して来ないと思っていたお客さんが時間に関係なく次から次へとやってきた。
年賀状は弁護士をやっていて魚野川の顧問弁護士のクラスメイトに一番先に書いた。
新年の挨拶のほかに彼の努力に感激していると意味の文を書こうと考えたたがドレも何か陳腐で彼の今までの人生に合わない言葉になりそうで諦めた。
要約するとこうだ。
世の中に凄いと思う人達が多くいたが父と母以外は尊敬すると言う言葉が当てはまらないと思っていた。
彼の今までやってきた事を想像したとき三人目がいたと思った。
40過ぎてから司法試験に受かったと聞いた、それは凄い時間の挑戦だったと思い、挫折や失望を友にして良く戦ってきたと。
でも君は一人でなかったから成し得たのだろう。
28年ぶりに会ってお金は無いけど顧問弁護士になってと。
それをあっさり聞いた僕もどうかと思うけどためらいも無くいいといってくれた。
それも無料で。
夕方電話で星野さんが来る事をが分かった。
丁度ウッチャンが来たので福島に一緒に旅をしたこともある仲なので一緒に飲んだ。
ご夫妻だけかと思っていたら娘さん親子も一緒だった。
ウッチャンのあー? あー?を聞きながら。

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肩痛

2007-01-03 14:49:40 | Weblog
手打ち蕎麦が利いたのか,今日は肩が痛い。
クリーミイな霧に覆われて周りの木立しか見えない。
冷え込みが弱いせいかプルーンの木の雀の数も多く、皆朝のお化粧に余念が無いようだ。
晴れそうな気配が真上の空に現れているのに中々霧が晴れなく新道島も見ええなく何と無く木々の芽が膨らんで今まで神経の人体標本みたいな痛々しい枝じゃなく全体的に膨らみを感じる。
柳が一番目立ちプルーンの木は近いせいも有って小さな枝先にブラックペッパーみたいな蕾を付けている。
去年3日は雪のせいか客数が少なかったが今年は雪が降らないので多少の来客が有った。
ピザも少し売れた。
昨日ピザガマノ割れ目の修復やまきいれをしたけど焚き付けの木がなかったので入れなおした。
ゆりのは名はお天気の割りにあまり売れなく皆まだあるのと節約してるのかもしれない。
予約が無かったのとお昼過ぎに肩がずきずき痛み出したのと除雪隊の朝食で朝早い日が続いたので昼から休みにすると皆に宣言しておいた。
しげちゃんが八海山を持って年始に来てくれ酔っ払って大騒ぎをしていてお客さんに迷惑になるので一緒にビールでお付き合い。
小宮さんも海からの帰りに海草やナマコサザエなどを持って来てくれた。
ビールを飲んで昼寝をたっぷりしてたまには新年会と思って声を掛けると皆予定があるらしく相棒になってくれなかった。
秋は家族の事や忘年会で忙しかったので年賀状書きが出来なかった。
それでやっとヒロちゃんに頼んでセスナに乗って撮った写真を使って作ってもらった。
書き始めていると板長からメールで肩が痛いので川口温泉に行く事になりその後一杯飲むことになったが何処もお気に入りの店が開いて無いので結局いつものすし屋さんになった。
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雨正月

2007-01-02 16:21:53 | Weblog
冬は雨が降っても天気が良い事になっている。
雪が融けるからだ。
曇り空で気温がマイナス0度になっていた。
マイナス一度にちかいからそう表す。
そのうち小雨が降ってきたら車も道路も冷え切っているから氷のコーテングが出来つるつるになった。
店の駐車場もすべり転ばぬように歩いた。
昨日はピザとおにぎり、そして焼き芋を売っていたが、今日は食堂や仕出しも営業する。
まだ出てこないスタッフもいるけど出れる人だけ出始めた。
去年は136人一般客が来てくれたので今年も当にしていたらその割に人数が伸びなかった。
ピザは昨日よりいっぱい売れ、宴会の先の予約が数件来た。
突然囲炉裏を使いたいと予約が二つ新年早々調子がいいぞ。
星野さんがお子様の家族と一緒に食事に来てくれたが話をする時間が無かった。
今年から小出の新聞に書くことに成って新年号に長々と書いてあったがやはり学者の文章で僕たちの頭では楽しめないので会う早々もっと面白く書いてよと言ったら少し語いを強くして同じことを二度も言わないでよと下から見上げるような目つきで言った。
もう7-8回しつこく言ったのに酔っていて覚えていなかったのかなー。
まあ良いか。
生ハムのおにぎりが三個出た。
やはりお正月だ。
コシヒカリご飯に塩と粗挽きコショウ、みじん切りのパセリにハモンセラーノのハムを小さく切って握る。
ハムの臭さをコショウとパセリで中和して握る。
ラーメンのチャーシューのこなれたのをご飯に混ぜおにぎりにしたのがヒントだった。
新しい助っ人の調理人が今日から来た。
30年ぐらい前に僕にドミグラスソースの作りかた等教えてくれた人だ。
ずっと料理屋を経営していたが道路拡張で店を閉めたとこまでは判っているがそれ以外別の業種の仕事に就いたらしい。
仕事が一段落した時そっと聞いた。
やはり飲食店はいいでしょうと。
いつも単純作業でつまらないけど昔を思い出して面白いねと答えた。
夜は小千谷のお寺さんの家族とこの前新装オープンした美容院の家族の新年会がありお寺さんの家族に混じって一緒に飲んだ。
生ビール3杯おごって貰い酔っ払った勢いで赤ワインをサービス住職がチーズ好きだったので20種類ぐらい出した。その後たくさんのご祝儀まで頂いてしまった。



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