今回の冬型はたいした事がないと思って又テレビを見て夜更かししてしまった。
今度日本酒を魚野川のラベルを張って冷酒で提供しょうと計画して酒を色々選んだり酒造会社にお願いしてサンプルを買ったりした。
そのサンプルを飲み比べなくてはいけないので夕食と晩酌を一緒に考えた。
利尻の昆布をたっぷり入れて昆布の匂いでむせ返るような湯豆腐をいっぱい造りご飯の代わりもかねた。
それに牡蠣を一杯入れようと考えていたけど作るとき他の事をちょっとやったら忘れてしまった。
葱もたっぷり入れたので旨い豆腐になった。
その前にまずビールで喉を潤してのつもりが3ばいも飲んでしまった。
その後酒を味が分からなくなるほど飲んでしまった。
除雪車のチエンの音で目が覚めた。
もう20センチ以上つもり除雪隊はフル出動であった。
電話すると25人ぐらいとの返事後悔が沸きあがったけどしょうがないのでまずご飯だけ炊いた。
普通炊いて蒸すと一時間ぐらい掛かるが残された時間は40分しかないので、まず何も入らない釜にスイッチを入れ温め水を鍋に3っつに分けお湯を造り温める時間を早めた。
目玉焼きをやってる時間が無いのでお昼に使う予定の温泉玉子にそばだしを入れてだし味噌汁は千切り大根と人参戸豆腐と油揚げを入れて造り保温ジャーに入れて出しておき各人がよそって食べれるるようにしておいた。
なんだかんだでおかずは十五種類ぐらいになり、ご飯もギリギリに炊きあがった。
市場に行けば10キロ200円の人参が買えると思っていて行きたかったが、今日父親がいる施設に行かなければいけないので諦めていた。
スタッフの車が置けるスペースをタイヤショベルで除雪し後は帰ってからと施設に急いだ。
預けっぱなし考えると心が熱を持った。
途中除雪車の後をいった為5分ぐらい遅れてしまった。
簡単な打ち合わせが終わり父の顔を見に行った。
妹がこの前来て、父の元に行った時、父が生きているときに自宅には帰れないんだろうなと言った言葉に涙が止まらなかったと、僕にはわざときつい言葉のメッセージのつもりで伝えたのだろうが受け入れられない現実にアタフタしていた。
父に会いに行ったらベッドで寝ていた。
揺り起こすと直ぐ意識がハッキリしなかったが自分の名を言うとやっと分かりまず聞いたのは今何日だと言う言葉だった。
春になれば次の人の予約でこの施設を出なければいけないけどそれまで我慢してもらうと心にきつく決めていた。
妹の話が心を支配してたので春になって暖かくなって来たら家に帰ろうと言った。
迎えに来るから少し我慢してと言うだけ言って顔を見ると諦めきった眼差しに何と無く笑みが見えたような気がした。それと平行に自分もやがて同じになるのだと思った。
残りの除雪をしてやっとお昼に間に合った。
少し暇なので残りの年賀状を書き始めたら疲れが出たのか妙に眠くなってきたので昼寝をしたら3時間以上も寝てしまった。
今日は自宅に帰るからと娘に言っていたのに終わる頃になってウッチャンが来てしまった。
自宅に帰るのはキャンセル。
その後又フランスやさんに行った。
ワインとニュージーンドの小羊を食べもう一軒寄って店に戻った。
地面はつるつる赤みの掛かった上限の月が昇り始めた。
何万年の前に見たような月に思わず口に出た言葉はなぜ俺はここ生きているのだろうだった。
今度日本酒を魚野川のラベルを張って冷酒で提供しょうと計画して酒を色々選んだり酒造会社にお願いしてサンプルを買ったりした。
そのサンプルを飲み比べなくてはいけないので夕食と晩酌を一緒に考えた。
利尻の昆布をたっぷり入れて昆布の匂いでむせ返るような湯豆腐をいっぱい造りご飯の代わりもかねた。
それに牡蠣を一杯入れようと考えていたけど作るとき他の事をちょっとやったら忘れてしまった。
葱もたっぷり入れたので旨い豆腐になった。
その前にまずビールで喉を潤してのつもりが3ばいも飲んでしまった。
その後酒を味が分からなくなるほど飲んでしまった。
除雪車のチエンの音で目が覚めた。
もう20センチ以上つもり除雪隊はフル出動であった。
電話すると25人ぐらいとの返事後悔が沸きあがったけどしょうがないのでまずご飯だけ炊いた。
普通炊いて蒸すと一時間ぐらい掛かるが残された時間は40分しかないので、まず何も入らない釜にスイッチを入れ温め水を鍋に3っつに分けお湯を造り温める時間を早めた。
目玉焼きをやってる時間が無いのでお昼に使う予定の温泉玉子にそばだしを入れてだし味噌汁は千切り大根と人参戸豆腐と油揚げを入れて造り保温ジャーに入れて出しておき各人がよそって食べれるるようにしておいた。
なんだかんだでおかずは十五種類ぐらいになり、ご飯もギリギリに炊きあがった。
市場に行けば10キロ200円の人参が買えると思っていて行きたかったが、今日父親がいる施設に行かなければいけないので諦めていた。
スタッフの車が置けるスペースをタイヤショベルで除雪し後は帰ってからと施設に急いだ。
預けっぱなし考えると心が熱を持った。
途中除雪車の後をいった為5分ぐらい遅れてしまった。
簡単な打ち合わせが終わり父の顔を見に行った。
妹がこの前来て、父の元に行った時、父が生きているときに自宅には帰れないんだろうなと言った言葉に涙が止まらなかったと、僕にはわざときつい言葉のメッセージのつもりで伝えたのだろうが受け入れられない現実にアタフタしていた。
父に会いに行ったらベッドで寝ていた。
揺り起こすと直ぐ意識がハッキリしなかったが自分の名を言うとやっと分かりまず聞いたのは今何日だと言う言葉だった。
春になれば次の人の予約でこの施設を出なければいけないけどそれまで我慢してもらうと心にきつく決めていた。
妹の話が心を支配してたので春になって暖かくなって来たら家に帰ろうと言った。
迎えに来るから少し我慢してと言うだけ言って顔を見ると諦めきった眼差しに何と無く笑みが見えたような気がした。それと平行に自分もやがて同じになるのだと思った。
残りの除雪をしてやっとお昼に間に合った。
少し暇なので残りの年賀状を書き始めたら疲れが出たのか妙に眠くなってきたので昼寝をしたら3時間以上も寝てしまった。
今日は自宅に帰るからと娘に言っていたのに終わる頃になってウッチャンが来てしまった。
自宅に帰るのはキャンセル。
その後又フランスやさんに行った。
ワインとニュージーンドの小羊を食べもう一軒寄って店に戻った。
地面はつるつる赤みの掛かった上限の月が昇り始めた。
何万年の前に見たような月に思わず口に出た言葉はなぜ俺はここ生きているのだろうだった。