叫んでいる。それは張り裂けるような高い叫びではなく、腹の底から絞り出す地響きのような、唸り声に似た叫びだ。
まさ師キリストの最期の場に、たった今駆け付けたかの如く着衣がなびく。
その人はマグダラのマリア。娼婦から改心し、ひたすらキリストに仕え、一番弟子であるペトロさえも嫉妬にかられたとも伝えられる、忠実な使徒。
そのマリアが十字架から降ろされたキリストの遺体を目の当たりにして発した断末魔の叫びが、これだ。
ニッコロ・デ・ラ・ルカ作「ピエタ」(死せるキリストへの哀悼)。1463年の作品だ。
横たわるキリスト
それを6人の男女が見つめている。
右から順にマグダラのマリア、隣にクロバの妻マリア、福音書記者ヨハネ、聖母マリア、マリアサロメ、アリマタヤのヨセフ。
聖母マリアの顔も苦痛に歪んでいる。
クロバの妻マリアは全身で驚きと悲しみを表現する。
マリアサロメの顔もゆがむ。
4人の女はそれぞれにこらえきれぬ悲惨と驚きとを全身で表現している。
だが、ヨセフ、
中央のヨハネの男2人は逆に悲しみを押し殺しているのか、まだこの状況に対する戸惑いに取りつかれているのか、表情を凍らせてしまっている。
この男女の対比が何とも対照的で、何分も見比べてしまった。女性と男性とが決定的な瞬間に出会った時に、こうも違った表現を取るものなのだろうか。
一つの典型をここに表現した。これほどの劇的な姿のありようはなかなかお目にかかることのないものだった。
井上ひさしも「ボローニャ紀行」の中で、聖母マリアについては「その顔は苦悩にゆがみ、口からは今にも腸のちぎれる音が聞こえそう」。マグダラのマリアについては「駆けつけてきた勢いが、横になびく頭巾や着衣に見事に表れている」と、賞賛と共に描写している。
「ピエタ」を表現した彫刻では、ミケランジェロがサンピエトロ大聖堂に残した傑作と並んで語られるほどの作品とも評価されているものだ。
長い間立ち止まって見ていたためか、教会の尼僧が私に近づいてきて言葉をかけてくれた。「この教会の2階にも、もう1つのテラコッタ群像があります。ご覧になってください」。
有難い。教えられるがままに奥まった所にある階段を上った。
そう、ここにも群像が展示されていた。これは「聖母マリアの死」。アルフォンソ・ロンバルディ作。こちらにはさらに多くの人が登場している。
聖母を迎える空中の天使。
向かって右側。悲嘆に暮れる人々。
まだ信じられず、呆然とする人たちも。
絶望の叫びをあげる人。
倒れ込む人。
最後の場面に遭遇してしまった人たちの抑えきれない様々な裸の表情を描写した秀作。1つの教会でこんなにもバラエティに富んだ作品に出会えたことで、大収穫の1日だった。