新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

上野歴史散歩㉖ 思いがけず、噴水広場のショータイムに遭遇した

2022-11-12 | 上野歴史散歩

上野公園中央には大きな噴水が備わった広場がある。

この噴水が、あるイベント企画などの日には、夜になると照明が当てられて一大ショータイムに早変わりする。青い水しぶきが列をなして吹き上がる。

 いったん噴水が停止して、奥にある博物館本館の正面が黄金色に照らされる。

 次にレーザー光線のスタートだ。

 ピンクの光がクロスして、十字に吹き上がる。

 その光が今度はブルーに変化した。

 次に放射線状に広がった光が天空に伸びてゆく。

 光の角度は何通りにも変化して、見る者を飽きさせない。

 奥の博物館の建物だけのアップが、水面に反射して蜃気楼のようなシーンを発出するのも見逃せない。まったく突然のショータイムだったが、思いがけず楽しい時間をいただいた気分。

 また、江戸時代には上野公園全体が徳川家をバックにした寛永寺という寺の所有地だったが、当時はその中心がこの噴水広場付近だった。このショーが、その繁栄の時代にフラッシュバックするような気分をも味合わせてくれた。

 

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

上野歴史散歩㉕ 科学博物館は自然科学のワンダーランド。巨大クジラオブジェに恐竜の骨格見本・・・。

2022-11-08 | 上野歴史散歩

 野口英世像の背後に広がる建物は、国立科学博物館。明治政府発足後開催した各種博覧会や物産展で収集した自然科学分野の資料を一堂に集めた博物館として、1931年に開館した。

 玄関正面入り口にギリシャローマの神殿を思わせるような柱が並ぶ新古典主義の様式になっている。下からだとわからないが、空から見ると飛行機の形をしているようだ。

 最初に目に飛び込むのは、建物左横にあるシロナガスクジラの巨大なオブジェ。

 その巨大さに驚くが、近づいてみると、意外にもちょっと愛らしい瞳を持っている。

 対照的に右側にあるのはD51の蒸気機関車。

 中に入ろう。展示は大きく2つに分かれるが、日本館では「「列島の自然と私たち」、地球館では「地球生命史と人類」がメインテーマとなっていて、様々な展示が行われている。

 天井を見上げると、中央部分には宝相華のデザインが施されている。また、丸いドームが載っているが、もともと四角な平面なので、四辺の柱上を足場にして4つのアーチを載せ、その頂点を結ぶというイスラム教モスクで使われる方式が採用されているという。

 ステンドグラスは鳳凰のデザインだ。

 もともとヨーロッパのステンドグラスだが、図柄には和風を取り入れている。

 展示部門の一番人気は恐竜の骨格見本。圧倒的な迫力があるなあ。

 ほかにもキリンやサメなどの骨格も陳列されており、ちびっ子には大好評のようだ。

 帰りがけに気づいたのだが、玄関前の階段が軽やかなカーブを描いていて、何ともいい感じだった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

上野歴史散歩㉔ 上野に都市公園開設を提言したオランダ人の像に、とんでもないエピソードが・・・。

2022-11-05 | 上野歴史散歩

 西洋美術館から公園中央の噴水広場に出た。

 この四つ角で目立つのは交番。美術館の集まる公園内らしく、かなりモダンで前衛的なデザインだ。台東区の建築景観賞を受賞している。

 ここからは国立博物館方向に歩いて行く。

 向かって左側に胸像が見えてくる。ボードワン博士像。 明治時代オランダから来日し、医学校で講義をしていた一等軍医だ。

 時の政府は上野戦争で空き地になっていた上野の土地に医学施設建設を計画した。だが、ボードワン博士は「首都の中心部にせっかくこれだけの広い敷地と自然があるのなら、今後の都市発展を踏まえれば、市民の憩いの場となる都市型公園がぜひ必要」と主張。

 この提言を受けて大久保利通内務卿が公園構想を具体化し、1876年にわが国初の洋式都市公園が、上野に実現した。

 こうした公園開設の功労者であるボードワン博士像に関しては、とんでもないエピソードが残っている。博士像は、開園百周年記念事業の一環として1973年に顕彰碑が建立されたわけだが、実は別人の像だったことが判明した。

 博士は1870年に帰国してしまっており、百年後ではだれも本人を知る人がいない。それでオランダに資料提供を依頼したのだが、送られてきたのは弟の写真。それを参考にして像が制作されてしまったというわけだ。弟も日本に滞在歴があり、オランダ側との交渉の際の行き違いがこうした結果を生んでしまった。 

 (写真左側が弟さん。確かに弟さんも立派な顔をしていらっしゃるなあ)

 間違いが分かったのは21世紀になってから。やっと修正されて本人の像と差し替えられたのは2006年のことだった。

 一方、反対側の緑地帯にももう1つの像が立っている。野口英世博士像。

 試験管を持って研究中の博士像だ。吉田三郎多摩美大教授の作。野口博士はアフリカで黄熱の研究に取り組んだ医師。千円札に肖像が採用されているほどで、こちらは間違えようのない、なじみの顔だ。

 台座にはラテン語で「人類の幸福のために」と書かれている。

 

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

上野歴史散歩㉓ 西洋美術館の個人的に好きな作品群。「悲しみの聖母」には不思議な因縁も

2022-11-01 | 上野歴史散歩

今回は西洋美術館所蔵作品の中で、個人的に好きな作品を紹介しよう。

 カルロ・ドルチ「悲しみの聖母」。

まずはルネサンス時代にイタリア・フィレンツェで活躍した画家の作品。宗教画に専念し、聖母像をいくつも残しているが、その崇高さ、気高い美しさに関しては他の追随を許さないものがある。

 また、不思議なことがある。この作品とほとんど同じ構図の作品が。実は同じ上野の東京国立博物館にも所蔵されている。それが「親指の聖母」。

 この絵は、江戸時代日本に布教のために訪れ、「邪教」として逮捕された宣教師が大切に持っていた作品だ。歴史的資料としての価値も含めて国立博物館に所蔵された。多分これもカルロ・ドルチの作品と思われるが、数百年の時を経てイタリアの画家の作品が同じ上野に存在する因縁に興味を感じる。ぜひいつか一緒に並べて展示してほしいと思っている。

 ヴェロネーゼ「聖カタリナの神秘の結婚」。

 古代ローマの伝説上の聖女カタリナが見た、キリストとの結婚という幻想を描いた作品だ。実は16世紀の貴族の結婚記念に描かれたものだ。ヴェロネーゼ描く女性は、とても魅惑的で、つい引き込まれてしまう。

 エルグレコ「十字架のキリスト」。

引き延ばされた人体描写とドラマチックな絵画構成を得意とする、ギリシャ人画家の秀作。大原美術館にある「受胎告知」とともに国内にいても彼の作品に触れられるのはうれしい限りだ。

 ギュスターヴ・ドレ「ラ・シェスタ スペインの思い出」。

私が最初に行ったヨーロッパの地はスペインだった。機内にサマータイムのメロディが流れる中飛行機を降りると、9月初旬なのに猛烈な暑さが全身に刺さった。

 スペインの長い午後、日差しは激しいが、それだけに明暗のコントラストは大きい。そんな街の片隅にたたずむ一団の人々が、鮮やかに描かれた絵だ。作者はフランス人だが、スペインに1年間滞在して650点もの素描を基にして描き上げたのがこの作品。

 鮮烈でありながらも、暗い影が漂うアンニュイな瞬間がたまらない。

 ウジェーヌ・ブータン「トルーヴィルの浜」。

 19世紀、鉄道網の発達で旅行レジャーが市民の間に浸透した。パリっ子たちが西海岸の浜に出かけ楽しむ風景が描かれる。主役は人々ではなく画面の3分の2を使って大きく広がる薄青色の空。圧倒的な開放感に満たされる絵画だ。

 ギュスターヴ・モロー「牢獄のサロメ」。

 象徴主義の第一人者モローの最も得意としたテーマ。洗礼者ヨハネの首を望んだサロメの複雑な心情を、後方にうっすらと描かれたヨハネの斬首シーンと重ね合わせた幻想的な1枚だ。

 こうした作品群に加えて、オスカーワイルドの戯曲、ビアズリーの挿絵によって、サロメはファム・ファタル(運命の女あるいは魔性の女)として定着してしまった。

 以前パリのモロー美術館を訪れた時は、おびただしいモロー作品に囲まれて、目がくらむような思いをしたことを思い出す。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする