今回は西洋美術館所蔵作品の中で、個人的に好きな作品を紹介しよう。
カルロ・ドルチ「悲しみの聖母」。
まずはルネサンス時代にイタリア・フィレンツェで活躍した画家の作品。宗教画に専念し、聖母像をいくつも残しているが、その崇高さ、気高い美しさに関しては他の追随を許さないものがある。
また、不思議なことがある。この作品とほとんど同じ構図の作品が。実は同じ上野の東京国立博物館にも所蔵されている。それが「親指の聖母」。
この絵は、江戸時代日本に布教のために訪れ、「邪教」として逮捕された宣教師が大切に持っていた作品だ。歴史的資料としての価値も含めて国立博物館に所蔵された。多分これもカルロ・ドルチの作品と思われるが、数百年の時を経てイタリアの画家の作品が同じ上野に存在する因縁に興味を感じる。ぜひいつか一緒に並べて展示してほしいと思っている。
ヴェロネーゼ「聖カタリナの神秘の結婚」。
古代ローマの伝説上の聖女カタリナが見た、キリストとの結婚という幻想を描いた作品だ。実は16世紀の貴族の結婚記念に描かれたものだ。ヴェロネーゼ描く女性は、とても魅惑的で、つい引き込まれてしまう。
エルグレコ「十字架のキリスト」。
引き延ばされた人体描写とドラマチックな絵画構成を得意とする、ギリシャ人画家の秀作。大原美術館にある「受胎告知」とともに国内にいても彼の作品に触れられるのはうれしい限りだ。
ギュスターヴ・ドレ「ラ・シェスタ スペインの思い出」。
私が最初に行ったヨーロッパの地はスペインだった。機内にサマータイムのメロディが流れる中飛行機を降りると、9月初旬なのに猛烈な暑さが全身に刺さった。
スペインの長い午後、日差しは激しいが、それだけに明暗のコントラストは大きい。そんな街の片隅にたたずむ一団の人々が、鮮やかに描かれた絵だ。作者はフランス人だが、スペインに1年間滞在して650点もの素描を基にして描き上げたのがこの作品。
鮮烈でありながらも、暗い影が漂うアンニュイな瞬間がたまらない。
ウジェーヌ・ブータン「トルーヴィルの浜」。
19世紀、鉄道網の発達で旅行レジャーが市民の間に浸透した。パリっ子たちが西海岸の浜に出かけ楽しむ風景が描かれる。主役は人々ではなく画面の3分の2を使って大きく広がる薄青色の空。圧倒的な開放感に満たされる絵画だ。
ギュスターヴ・モロー「牢獄のサロメ」。
象徴主義の第一人者モローの最も得意としたテーマ。洗礼者ヨハネの首を望んだサロメの複雑な心情を、後方にうっすらと描かれたヨハネの斬首シーンと重ね合わせた幻想的な1枚だ。
こうした作品群に加えて、オスカーワイルドの戯曲、ビアズリーの挿絵によって、サロメはファム・ファタル(運命の女あるいは魔性の女)として定着してしまった。
以前パリのモロー美術館を訪れた時は、おびただしいモロー作品に囲まれて、目がくらむような思いをしたことを思い出す。