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ベスナースベータ光の春2011年2月

2010-10-02 08:03:00 | 日記
2011/02/02
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記>光の春(1)旧暦大晦日

 私は世界百ヶ国の留学生と出会ってきましたが、人数の上で一番多いのはなんと言っても中国からの留学生です。現在受け持っている留学生も、国費留学生は、カメルーン、ベネズエラなど、クラスの中に一ヶ国一人ですが、私費留学生中国人は私立大の学部70人が最多。
 1994年2007年2009年、半年間ずつ、合計1年半を中国で過ごしました。最初に外国で暮らした地ケニアは今でも心の故郷と思っていますが、中国も私にとっては、特別な思い入れのある土地です。

 2011年中国は、今日2月2日が大晦日。2月3日が元旦です。爆竹を派手に鳴らすことは都市部では禁止されている地域が多いのですが、人々は家族親戚が寄り集まり、楽しい団欒のひとときを過ごしていることでしょう。
 
 中国など旧暦を使っている地域では、1月26日が「小年」に当たり、この日から正月行事が始まります。中国各地は正月の食べ物や晴れ着の買い物で大賑わい。政府は振り替え休日という措置をとって、1月30日の日曜日は出勤し、2月7日を休日にします。2月8日を休日にしてそのかわり2月12日は出勤日。大晦日の2月2日から8日までの7日間が「春節休暇」となります。

 2月2日は大晦日。それぞれの家族が餃子を作って皆で食べます。留学生ひとりひとり皆が「うちの母が作る餃子が世界で一番おいしい」と言うのです。
 日本の大学カレンダーでは、1月下旬から2月上旬は期末試験の真っ最中で帰国できない学生も多く、寮や友達のへやに集まって新年餃子パーティをするようです。

 旧暦の新年は年ごとに日にちが異なりますが、今年はたまたま中国の春節と日本の節分が同じ時期になりました。日本の節分、2011年は2月3日。(1985~2024年は、2月3日が節分)。節分は、4つの季節の分かれ目です。日本ではそのうちの春の節分だけが季節の行事として残りました。

 最近では、節分恒例の豆まき、幼稚園保育園や老人ホームなどでは行われるものの、家庭で父親が家族の招福を願って威儀を正して豆を蒔く、という行事が年年減っているようです。
 私の家でも撒きません。子供が小さい頃は殻付きのピーナツを撒いたのですが、今では後片付けの手間を思うと、つい省略。

 全国的に「恵方巻を食べる」というのが家庭での節分行事として広まったのは、「コンビニで海苔巻きを買ってくれば済む」というお手軽さがうけたのだと思います。関東地方では1998年にコンビニチェーンが始めた販売促進キャンペーンから広まったということですが、たぶん、この先家庭行事として豆まきを駆逐していく勢いは止まらないでしょう。
 豆まきは神社や公共施設での「特別な行事」としては残るでしょうが、家庭行事としての命運はあやうい。

 現在受け持っている留学生のうち、アメリカのベキさんは、数年前のホームステイでの経験として、神社の豆まきに招かれたときのことを作文に書きました。カミシモをつけて枡に入れた豆を神社の境内から大勢の人に向かって蒔く役を仰せつかったのです。そのとき自分が豆を蒔いている写真が朝日新聞地方版に掲載された記事のコピーを誇らしそうに作文に添付して提出しました。

 2月3日の節分は、冬と春を分ける日。2月4日は立春です。立夏立秋立冬、それぞれの日に新しい季節を迎える気分はあるのですが、なんと言っても立春の気分は格別です。今年は例年になく日本海側の雪も多く、たいへんな冬を過ごした人も多かったので、春を待ち望む気分も強かったでしょう。まだまだ寒さは続きますが、空の色は確実に春の光を含んできます。「光の春」の季節です。

<つづく>
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2011年02月04日


ぽかぽか春庭「春立ちぬ」
2011/02/04
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記>光の春(2)春立ちぬ

 春庭がフェイスブックに参加したのは、昨年末のことでした。教え子たちとの交流が目的です。
 世界では、フェイスブックやツィッターが人々の情報交換のために大きな力となり、具体的に世の中を変えるパワーとして作用するのだ、ということ、今年になってチュニジアやエジプトの民衆運動によって立証されました。

 これまでも、韓国の選挙でインターネットが力を発揮したりと、さまざまな面で民衆の間に広まった情報機器が使われてきました。携帯電話の通信力は新興国にも、疾風怒濤のごとく行き渡ってきました。ひとことつぶやけば、それがあっという間に何百万もの人に伝わる。マスコミという一方通行の情報ではなく、自分たちが発信する情報の力。

 節分の日の講師室の話題。「テレビニュースに、エジプトのモハメッドアリくんが映っていたの。エジプトの民衆運動についてインタビューを受けていて、日本語で堂々と主張していたわよ」というニュースを見た先生からの報告でした。

 去年の初級クラスにいたモハメドアリ君。アイウエオから習い初め、優秀な学生が多い国費留学生の中でも抜群の上達を果たした努力家でした。中間試験期末試験の成績もほとんどが満点だったと記憶しています。

 私の個人的な印象ですが、最近の留学生は堂々と自国の政府批判をスピーチするようになったと思います。
 天安門事件のころ、私は大学院に在籍していましたが、政府批判をしたために強制帰国させられた同窓生がいたことを聞きました。留学生が政治的な主張をするのは難しいという時代が長かった。留学生は在留期間延長などを大使館や入管で手続きをしなければならず、政治的な活動をすることは留学生活にとって不利になり、自由な意見主張は難しいことでした。

 友を信じて自分の政治信念を述べたところ、相手は情報を集めて政府に密告する立場の人間だった、などの話もあったのです。
 しかし、昨年あたりから、中国人学生が「中国は民主化をもっと進めていかなければならない」「劉暁波を釈放すべきだ」などの主張をする学生がクラススピーチの際に出てきたのです。

 中国国内では、今でも情報制限が続いています。2009年に中国で教えた学生達、私が「中国政府による情報制限」について話すとびっくりして「そんなことはないです、先生。中国で必要な情報は何でもわかります」と主張していました。「今は、中国にいるので自分たちの置かれている状況を知ることはできません。日本へ行ったら、三つのキーワードを検索して下さい。カタカナでチベットと入力してみてね。あと、天安門事件。法輪功。これは、私がパソコンで検索しても、中国で使うインターネットでは検索できなかった言葉です」と、学生を外国人教師の自室に呼んでおしゃべりしたときに言いました。

 2009年の中国のパソコンで「チベット」と入力しても、何の情報も得ることができませんでした。youtubeもインターネットで使えず、視聴できませんでした。
 今では、教え子たちも日本で自由に検索し、中国では教わらなかったことがたくさんあったことを知ったことでしょう。日本で自由に情報を得ることができたとき、教え子達はそれを中国の家族や友達に伝えます。携帯メールでやりとりが広まれば、どんな情報も検閲の網をかいくぐります。

 1994年に中国へ行ったときは、政府幹部か大企業幹部しか持っていなかった携帯電話。2009年は一般の人がどっと携帯電話を買い求め、2011年の今では中学生でも持っています。情報の広がりは確実に国を変える力になります。どんなに政府が押しとどめようとしても、民主化への要求はこの先広がっていくでしょう。

 エジプトのモハメッドアリ君も、カイロの人々がムバラク大統領の退陣を求めていることについて自分自身の意見を語ったのでしょう。彼がムバラク派なのか反ムバラク派なのかも知りませんが、世界中が新たな情報の時代に入ったことを印象づけられた今年立春のニュースでした。カイロに光の春は満ちているのでしょうか。

 カイロの春立つや人々囀りぬ

<つづく>
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2011年02月05日


ぽかぽか春庭「観劇サイモン・ヘンチの予期せぬ一日」
2011/02/05
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記>光の春(3)観劇サイモン・ヘンチの予期せぬ一日

 光の春に気分も浮かれ、新宿のスペース・ゼロという劇場で、翻訳劇を見てきました。知り合いが「会社関係のツテで招待券が手に入るのだけれど、お芝居見に行きませんか」というメールが入り、「無料なら見たい!」と返信しました。「無料、タダ、ご招待」が大好きな春庭です。

作:サイモン・グレイ 翻訳:小西のりゆき 演出:水谷龍二
出演:主役サイモン辰巳琢郎 サイモンの兄中西良太 サイモンの妻黒田福美、サイモンの友人上杉祥三、サイモンと同じ学校の出身で、サイモンの兄と同級生という謎の男モロ師岡、サイモン家の二階間借り人小林賢治、間借り人のガールフレンド武田優子、会川彩子ダブルキャスト。という顔ぶれ。

 イギリスのコメディ作家サイモン・グレイ(Simon Gray)の作品『Otherwise Engaged』の翻訳劇です。「Otherwise Engaged」とは「ほかに約束があるので」「他のことで手が離せない」という意味。
 1975年7月にイギリスで初演され、1977年のブロードウェイ上演のときは、Best Play賞をとったというので、期待して見にいったのですが、、、、
 
 サイモンは、ワグナーのレコードを一人で聞き惚れるのを無上の喜びとしているイギリス紳士。典型的なスノッブです。妻は大学の教師。子供は静かな生活の邪魔になるから持たない主義。夫婦ふたりには広すぎる家なので、二階は間貸ししている。でも、収入が目的の間貸しじゃないから、部屋代をため込んでいる間借り人の若造へも鷹揚に構えている。

 辰巳琢郎は髪を茶色にした姿で舞台に立つ。背が高く、イギリス紳士の役にぴったり。舞台進行につれてサイモンというスノッブの裏面があらわになる。サイモンの人物象がずっと一本調子だったのは、そういう役作りなのかもしれないけれど、もともとサイモンというキャラクターは、キャラの魅力で客を引きつけるタイプではないので、あまり得な役ではない。

 丁々発止の台詞のやりとりで、社会的にも成功し美しい妻と優雅なディンクス生活をしていて幸福な人物であると本人が思い込んでいるサイモン像が毀されていきます。実は偽善家で人を思いやる心が薄く、他者との絆を持てない空虚な人物であることが明らかになっていくのですが、その過程があまり魅力的ではなかった。

 ディンクス生活を楽しんでいるはずの妻は、実は大学の同僚教師と浮気中。優雅な生活をおくっている自分に比べて、兄はしがない高校教師を続けている。兄に対して優越感を持ってやさしく接してきたサイモンだが、兄がようやく高校副校長に出世する日が来て、どうやら無意味な優越感は持てなくなりそう。
 間借り人の若造にも「自分より格下の人間にやさしく接することで保たれる優越感」を感じてきたことが、若造の口から暴露されてしまう。

 そんなこんなの「サイモンの一日」を、2時間休憩なしに見たのですが。
 サイモンの兄を演じた中西良太などとても演技がうまいのはわかったけれど、5500円の観劇代金を払ってまで見たいとは思わなかった。タダだったからよしとする。新宿スペースゼロの客席は満員だったけれど、半数以上は「無料チケット」の客だったような気がします。

 最近はよいものおもしろいものに出会ったら、すぐにツイッターでつぶやかれます。口コミというこれまでもあったコミュニケーションが強力な力を発揮しているのです。テレビでの大宣伝攻勢や一部の特権的な批評家の論評では人は動かない。「サイモン・ヘンチの予期せぬ一日」も、見た人が面白いと感じたらすぐさまツイッターやブログに感想を書き、それを読んだ人に反応を呼び起こしたでしょう。
 私も、「悪くはなかったけれど、5500円出して見たいとは思わない」という感想を正直に書いてしまいました。ま、常日頃、人に反応を呼び起こすこともない春庭のコラムですから、あまり誉めなくても、興業への影響はないでしょう。って、4日が千秋楽でした。もう、終わっているけど、千秋楽の観客も無料チケットで集められた人々だったのかなあ。

<つづく>
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2011年02月06日


ぽかぽか春庭「春よこい」
2011/02/06
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記>光の春(4)春よこい

 3日の観劇、新宿スペースゼロの場所は新宿駅南口から歩いて行くことはわかっていたのですが、時間があったので東口の本屋ジュンク堂によってから行こうかと、東口でおりました。結局ぐるぐる歩き回っただけで、時間がすぎてしまい、観劇前に何か一口食べておこうと思った余裕がなくなりました。レストランで腰を落ち着けての食事はあきらめた。

 南口サザンテラスにある宮崎物産展のイートインで、宮崎のサツマ揚げ「おび天」を食べました。おび天は魚のすり身と豆腐を合わせて揚げたもので、おいしかったです。南国の気分がしてきました。春を感じるにも、春庭は腹からです。

 口蹄疫がようやく収束したと思ったら鳥インフルエンザ、頼みの知事は東京都知事めあてとかで「どげんかせん」うちに逃げ出すし、宮崎が元気なくしているかもしれないと思って、宮崎アンテナショップKONNEに寄って見たのでした。宮崎にも早く春が来るといいですね。

 新宿サザンテラスは、イルミネーションが脇の並木に施されており、幻想的な光の通路になっていました。2010年のクリスマスシーズンから2月14日バレンタインデーまでのイルミネーションなのだそうです。2月3日節分の日のイルミネーションは、円錐形の木立に青い光が輝いていました。
 サザンテラスをそぞろ歩きするのが、東京デートスポットのひとつだということですが、ケータイかざして写真をとっている人も多かったです。

 とてもきれいでしたが、ブルーの光はやはりクールなイメージなので、立春すぎたらシャンパンゴールド系の黄色やオレンジを混ぜて暖色にするのもいいかな、なんてイルミネーションデザインを勝手に考えました。
 私はイルミネーション見るのが好きなので、丸の内仲通りのイルミネーション、ミレナリオを見物に出かけたりしてきました。イルミネーションなんていうカタカナではなくて「電飾」と呼んでいたころから好きだったのです。ヒカリモンが好きなの。

 立春すぎたら、気温はともかくお日様の光は日中ずいぶんと光の様子が変わってくるのではないかと期待しています。春庭は、名前が「春」なのですから、もう「春よ春、光の春です、春はるハル」と春を待ち焦がれております。
 1月末締め切りの論文正本も提出して、この3年間心の余裕がなく追われていた気分が、すっかり開放されました。本も好きに読めるし、演劇も気ままに見て歩けます。

 3年前、2008年2月27日に「光の春」という言葉について書きました。久しぶりに過去ログ春庭コラムを読み返しました。37回連載した「てれすこ・外来語の話」というシリーズの最終回です。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/d1375#comment

 今年の春はどんな春?光に満ちた春になりますように。
 そういや、やたらに「ヒカリ回線にしませんか」という勧誘電話がきます。うちは、去年の夏、息子のパソコンを買うとき、ヒカリにすればパソコン割引になるっていうんで、何でも割り引きに超したことはないから、もうヒカリにしちゃってます。もう光の春なの。

<おわり>
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