2014/3/22
ぽかぽか春庭にっぽにあにっぽん語教師日誌>ありがとうさよなら(1)最終講義と教科書編集
長年、留学生教育に携わってこられたZ教授の最終講義に出席しました。聴講しているのは、常勤の同僚教授たちがほとんどで、数名の留学生。非常勤講師で出席したのは私のほかにはいなかったので、最初は「あれ?場違いのところにのこのこ顔を出してしまったのかな」と思いましたが、講義を聞くことができたのは、とてもよかったと感じました。
日頃は、ご自身の研究成果についてあまり語ることなく過ごしてこられた方という評を聞いていました。私も直接お説をうかがったことはありませんでしたが、漢字の成り立ちについて留学生向けに書かれた著作を利用させていただいてきました。
非漢字圏の学生にとって、なぜこの意味をこの図象で表すのか、ということがわかると、記憶に残りやすいと感じていたので、漢字の成り立ちを簡単な英語で説明してあるZ先生の著作が役立ちました。日本の漢字は、常用漢字は2000とちょっと。漢字は、成り立ちによってグループに分けられます。しかし、常用漢字用に漢字簡略化が行われ、グループでまとめて覚えるとわかりやすい意味成り立ちがごちゃまぜになってしまった。
Z先生は、もとの字形からひとつひとつ洗い直して、グループ分け(漢字系統樹)を完成なさったのです。
定年退職まで淡々と飄々とすごしてこられたようにお見受けしていたZ先生、長年の勤務のあいだには、いろいろなご苦労もあったことだったでしょう。お疲れ様でした。
私は、国立大では留学生への日本語教育、私立大では日本語学と日本語教育学を担当してきましたが、国立大学で授業を行うのもあと1年のことになりました。
毎日の授業に追われるばかりで、日本語教育に関して何も成果らしいことは残してきませんでした。中国で発行される日本語教科書の読解用の読み物と、会話教科書のシナリオ執筆をしたことはありましたが、日本で発行される教科書に関わったことはありませんでした。
「私の専門は日本語教育ではない、専門は日本語言語文化論」という意識が強かったので、日本語教育に関しては毎日の授業を誠実に行うことだけを考えてきました。
留学生教育に携わるのもあと1年という時期になって、思いがけず、ふたつの教科書編集に関わることになりました。
報酬からみたら、限りなくボランティアに近いギャラで、とてつもなく時間のかかる「教科書編集」という仕事を引き受けて、しかも、2種類の教科書を同時進行で進めていくというアクロバットをやっています。
中学校で習った英語教科書。いくつかの教科書を見比べたことがありますか。教科書を取り扱っている本屋で、何冊かの中学生用英語教科書を比べると、昔の教科書とはずいぶん違っていることがわかります。
日本語教科書も、私が日本語教育を始めた25年ほどまえには、国際交流基金編集の『初級日本語』という本がもっとも多く使われている本で、あとはそれぞれの大学が独自に編集した教科書などを使っていました。
現在は、英語圏用、中国語話者用などの教科書も増え、さまざまなタイプの教科書が本屋の日本語教育コーナーにも並んでします。
私が関わることになったひとつは、日本で学ぶ留学生向けの初級文法教科書。「文法積み上げ方式、オーディオリンガル法中心」という編集方針の教科書でした。
他の大学や出版社から出ているカラフルなさし絵がいっぱいの教科書に比べると、文法内容がぎっしりで、とても地味な教科書です。この文法積み上げ教科書を課題(タスク)解決型教科書に編集しなおす、という作業を引き受けました。専任教授と非常勤講師2人で、作業を進めました。どのようなタスクを選ぶか、どのような例文を選ぶかで、教科書の雰囲気も変わります。
たとえば、「~と」を使う条件文があります。
「右へ曲がると大学があります」を示し、「まっすぐいくと~があります」「二つ目の交差点を左に曲がると~」というような文を学生に作らせる練習問題。現在使っている教科書は、代入問題や文法変形問題という種類の練習問題がほとんどなのです。
タスクとして、挿絵で地図を表し、Aが道をたずね、Bが答えるという課題を与えます。学生が練習していて楽しく取り組めて、文法が自然に身につくようなタスクを考えていかなければなりません。
もう1冊は、私が中国に赴任していた時の教科書の改編です。20年前に編集された教科書なので、会話に出てくる文が「ラジカセを買いました」「うちの娘は、いつまでも長電話しているので、私が電話できなくて困ってしまいます」などの文が提出されています。今時、家電で長話をして親に叱られるという子供はごく少ないことでしょう。小学生もめいめいのケータイをもち、「ライン」という機能を使えば友達同士は無料でメールやチャットができるそうなので。
現在の社会に合わない部分を廃し、中国から日本に留学する学生が、日本の社会をよりよく知ることができるよう、会話文を変えていかなければなりません。
出来上がった会話文を、専任教授と2人の非常勤講師で検討、変更。何度か書き直しをして、「基礎会話1「基礎会話2」を仕上げます。なかなかたいへんな作業で遅々として進まず、です。
たいへんな作業ではあっても、今までお世話になった恩返しのひとつもしなければ、と思って、続けています。きのう、シナリオ最後の部分を書き上げました。留学生が先生にお礼のスピーチをする、という場面です。最後の課は「敬語」を学ぶ課になっていますから、敬語ほか、この課で習う文型を入れた発言になっています。
紋切り型のスピーチになってしまいましたが、「尊敬語謙譲語」「~のではないかと思います」などを使ってスピーチする、という「文の型」を取り込まなければならないので、いろいろ制約があり、あまり「ラストスピーチ」の感激はいれられなかったのが残念ですが、ひとまず、初稿提出です。これから延々と2稿3稿と書き直しをしていきます。
<つづく>
ぽかぽか春庭にっぽにあにっぽん語教師日誌>ありがとうさよなら(1)最終講義と教科書編集
長年、留学生教育に携わってこられたZ教授の最終講義に出席しました。聴講しているのは、常勤の同僚教授たちがほとんどで、数名の留学生。非常勤講師で出席したのは私のほかにはいなかったので、最初は「あれ?場違いのところにのこのこ顔を出してしまったのかな」と思いましたが、講義を聞くことができたのは、とてもよかったと感じました。
日頃は、ご自身の研究成果についてあまり語ることなく過ごしてこられた方という評を聞いていました。私も直接お説をうかがったことはありませんでしたが、漢字の成り立ちについて留学生向けに書かれた著作を利用させていただいてきました。
非漢字圏の学生にとって、なぜこの意味をこの図象で表すのか、ということがわかると、記憶に残りやすいと感じていたので、漢字の成り立ちを簡単な英語で説明してあるZ先生の著作が役立ちました。日本の漢字は、常用漢字は2000とちょっと。漢字は、成り立ちによってグループに分けられます。しかし、常用漢字用に漢字簡略化が行われ、グループでまとめて覚えるとわかりやすい意味成り立ちがごちゃまぜになってしまった。
Z先生は、もとの字形からひとつひとつ洗い直して、グループ分け(漢字系統樹)を完成なさったのです。
定年退職まで淡々と飄々とすごしてこられたようにお見受けしていたZ先生、長年の勤務のあいだには、いろいろなご苦労もあったことだったでしょう。お疲れ様でした。
私は、国立大では留学生への日本語教育、私立大では日本語学と日本語教育学を担当してきましたが、国立大学で授業を行うのもあと1年のことになりました。
毎日の授業に追われるばかりで、日本語教育に関して何も成果らしいことは残してきませんでした。中国で発行される日本語教科書の読解用の読み物と、会話教科書のシナリオ執筆をしたことはありましたが、日本で発行される教科書に関わったことはありませんでした。
「私の専門は日本語教育ではない、専門は日本語言語文化論」という意識が強かったので、日本語教育に関しては毎日の授業を誠実に行うことだけを考えてきました。
留学生教育に携わるのもあと1年という時期になって、思いがけず、ふたつの教科書編集に関わることになりました。
報酬からみたら、限りなくボランティアに近いギャラで、とてつもなく時間のかかる「教科書編集」という仕事を引き受けて、しかも、2種類の教科書を同時進行で進めていくというアクロバットをやっています。
中学校で習った英語教科書。いくつかの教科書を見比べたことがありますか。教科書を取り扱っている本屋で、何冊かの中学生用英語教科書を比べると、昔の教科書とはずいぶん違っていることがわかります。
日本語教科書も、私が日本語教育を始めた25年ほどまえには、国際交流基金編集の『初級日本語』という本がもっとも多く使われている本で、あとはそれぞれの大学が独自に編集した教科書などを使っていました。
現在は、英語圏用、中国語話者用などの教科書も増え、さまざまなタイプの教科書が本屋の日本語教育コーナーにも並んでします。
私が関わることになったひとつは、日本で学ぶ留学生向けの初級文法教科書。「文法積み上げ方式、オーディオリンガル法中心」という編集方針の教科書でした。
他の大学や出版社から出ているカラフルなさし絵がいっぱいの教科書に比べると、文法内容がぎっしりで、とても地味な教科書です。この文法積み上げ教科書を課題(タスク)解決型教科書に編集しなおす、という作業を引き受けました。専任教授と非常勤講師2人で、作業を進めました。どのようなタスクを選ぶか、どのような例文を選ぶかで、教科書の雰囲気も変わります。
たとえば、「~と」を使う条件文があります。
「右へ曲がると大学があります」を示し、「まっすぐいくと~があります」「二つ目の交差点を左に曲がると~」というような文を学生に作らせる練習問題。現在使っている教科書は、代入問題や文法変形問題という種類の練習問題がほとんどなのです。
タスクとして、挿絵で地図を表し、Aが道をたずね、Bが答えるという課題を与えます。学生が練習していて楽しく取り組めて、文法が自然に身につくようなタスクを考えていかなければなりません。
もう1冊は、私が中国に赴任していた時の教科書の改編です。20年前に編集された教科書なので、会話に出てくる文が「ラジカセを買いました」「うちの娘は、いつまでも長電話しているので、私が電話できなくて困ってしまいます」などの文が提出されています。今時、家電で長話をして親に叱られるという子供はごく少ないことでしょう。小学生もめいめいのケータイをもち、「ライン」という機能を使えば友達同士は無料でメールやチャットができるそうなので。
現在の社会に合わない部分を廃し、中国から日本に留学する学生が、日本の社会をよりよく知ることができるよう、会話文を変えていかなければなりません。
出来上がった会話文を、専任教授と2人の非常勤講師で検討、変更。何度か書き直しをして、「基礎会話1「基礎会話2」を仕上げます。なかなかたいへんな作業で遅々として進まず、です。
たいへんな作業ではあっても、今までお世話になった恩返しのひとつもしなければ、と思って、続けています。きのう、シナリオ最後の部分を書き上げました。留学生が先生にお礼のスピーチをする、という場面です。最後の課は「敬語」を学ぶ課になっていますから、敬語ほか、この課で習う文型を入れた発言になっています。
紋切り型のスピーチになってしまいましたが、「尊敬語謙譲語」「~のではないかと思います」などを使ってスピーチする、という「文の型」を取り込まなければならないので、いろいろ制約があり、あまり「ラストスピーチ」の感激はいれられなかったのが残念ですが、ひとまず、初稿提出です。これから延々と2稿3稿と書き直しをしていきます。
<つづく>