
清里吐龍の滝
20180826
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2018十八番日記涼をもとめて(3)やっちゃんと清里滝巡り&聖アンデレ教会
やっちゃんは、10日は、清里の滝巡りをしたいという私の希望に合わせてくれたのですが、実は「滝は群馬県のほうが数多いし、見事な景観の滝をたくさん見てきたから、それほど清里の滝に期待していない」と言っていました。
朝ごはん前の萌木の村散策で見た千ケ滝は、遠くから見ただけだったせいもあり、やっちゃんの「滝基準」の審査では「群馬の滝の方がいいなあ」とのことでした。
萌木の里から少し車で行った先には、大滝があります。こちらは、滝審査員のおめがねにかなうかどうか。
大滝入り口

大滝へ降りていくには、渓谷の下まで険しい山道の階段を下りていかなければなりません。下りはともかく、滝を見た後の登りはきつかった。
大滝の前で

大滝は、滝つぼの深さ3メートルと説明が出ていて、水量も豊富でした。「うん、これはいいね」と、やっちゃんの滝審査にも合格。

大滝にはドローン撮影をしているカップルがいました。いまどきは、趣味の撮影でもインスタグラムにのせておくと買い手(クリック)がつくのだとか。一枚1円というくらいの値段ですが、ヒットすると撮影した写真で生活できる人も出てきたそうで、こどもが将来なりたい職業にyoutuberを上げるのもわかります。
経済のことわからないですけれど、政府はDNP産出基準に、従来のような生産中心でなく、レンタルやシェア市場も算入することにした、と新聞に出ていました。仮想通貨はじめ、従来の生産観とは異なる状況になっていることを、理解しているんでしょうか。
youtuberの中は、クリックしてもらうことで生活している人もいるのに、その人たちは「生産性がない」ってことになっているのかしら。
産業や生産の基準が変わってきたのに、いまだに「LGBTには生産性がない」と言う議員もいて、考え方が世の中の変化についていけない与党なんだなあとつくづく思います。ものの生産と売り買いだけがGNPではないし、子供を産むだけが愛し合うカップルの役目でもない。第一、人間の存在を「再生産できるかどうか」で決めようとする思想はおそろしい。そういえば、「排卵しなくなった婆さんは無用の存在」と言った元都知事もいましたっけ。
「無用の存在」になっている婆ふたり、大滝を堪能して、次は吐龍の滝へ。
吐龍の滝入り口前には、清里めぐりのバスも止まります。バス停から滝までは、観光客向きの遊歩道。

途中、野辺山線の鉄橋の下をくぐります。

吐龍の滝の前でやっちゃんと

やっちゃんは、さらに先の奥まで行くというので、私は吐龍の滝の前で待つことにしました。大滝への下り登りですっかりくたびれてしまったのです。90分、のんびりベンチに横になっていました。
戻ってきたやっちゃんは、「往復、楽しかったよ。かなりきつい道だったから、HALちゃんは行かなくて正解だった」と言っていました。
↑の「吐龍の滝」入り口看板の右側に出ている人は、聖教会派の宣教師ポール・ラッシュ(Paul Rusch 1897-1979)です。
ポール・ラッシュは、日本にアメリカンフットボールを伝えた人であり、清里入植者に清里の土地に合う酪農を勧めた人です。「清里の恩人」として、みなに尊敬されています。
ポール・ラッシュが建てた教会を見にいきました。
聖アンデレ教会は、日本人信徒の生活習慣に合わせた畳敷きの教会として建てられました。今では畳の上にいすもおかれていますが。

教会南側

納骨堂にはポール・ラッシュの遺骨も収められているそうですが、そちらは見学できません。
第二次大戦中は、米陸軍の語学将校養成にあたり、日本語教育を行ったという人なので、いつか業績をくわしく知りたい人のひとりです。
2時半過ぎに昼ごはん。5時半にはオーベルジュでバレエ公演前に夕食が出るので、蕎麦屋で軽めの昼食。ざるそばと天婦羅。
3時半にオーベルジュ「ファーストトレイン」にチェックイン。
部屋で妹の到着を待っていようと思ったのですが、セキュリティがどうこうで、部屋に宿泊者以外は入れないというので、外のテラス席で「ウェルカムティ」を飲みながら待つことにしました。
ドライローズが入れてあるすてきなティでしたが、やっちゃんはお茶を運んでくれたオーナーマダムの千鶴さんの優美な姿を見て、やや気後れ。「上昇気流のおっさんのほうが、気を使わない感じでいい」と言います。
やっちゃんは、ちょっと気取った雰囲気とか、優雅優美とかがまったく性に合わないのです。
10日にやっちゃんが着ていたのは、どこそこからもらったというピンクと白の横じまポロシャツ。私が「ウォーリーを探せで、ウォーリーが来ているシャツみたい」というと、「なんじゃそりゃ」と笑っていました。私とやっちゃんの共通項は、服装にまったく興味がなく、何を着ていてもいいってこと。
妹は、「午後1時ごろ家を出ます」というメールを寄こしていたので、「ぜったいに2時過ぎるよ」とやっちゃんに言ったのですが、はたして2時半になって、「まだ家。夕ご飯に遅れるから、先に食べていて」というメールが来ました。
やっちゃんは、妹モモが着いたら群馬に帰ると言って、5時までテラスでおしゃべりしながら待っていてくれたのですが、「山道暗くなる前に」と、帰りました。
<つづく>