天気 雨のち曇
昼ごろまで、ゲリラ豪雨のような大雨が来たりして。外を眺めているだけなので実害もなし。
シモツケ草の、こんな鮮やかな花の写真が出てきた。今頃咲く花、でも、いつも行っていた公園のシモツケの花はこんな色ではなかった。白とピンクの混じった花も。

どこで撮ったのだろう?
この花を見ると思い出す句がある。
繍線菊(シモツケ)やあの世へ詫びにゆくつもり 古舘曹人
山口青邨を師とする、主宰の兄弟子にあたる俳人。90歳まで長生きされた。なので、奥様には早く別れたことになるのだろう、私が俳句を始めた頃にはもう見たような気のする句。この、もやもやした花を季語に選んだことがなぜか奥様への詫びたい切ない気持の深さを思わせる。(なんて、名句を評する力はないのに生意気でごめんなさい、曹人先生)
私は、あの世で夫に詫びることは・・ない、とも断言出来ない気もする。詫びて欲しいことはいっぱいあるので、向こう様もきっとある筈。
下野の国(栃木県)で発見されたのでシモツケ草、と名付けられたとか。それなのになぜ「繍線菊」という字を充てるのかは訊かないでください。
朝、食堂での話。背後の席の認知症極まれり、のYさんが配られた食事のトレーに付いている名札を見て言っているらしいのだが・・トレーには全員、名札が付いている。アレルギーの禁食とかお粥食とか色々あるので。
「〇〇子、って誰?私じゃないわよ」
「いえ、Yさんのお名前よ」と介護士さん。
「私はYなのよ、でも○○子じゃないわよ。○○子、って誰なの?」
「じゃあ、貴女の名前は?」と同じテーブルのしっかり者の95歳のお姉さま。
「名前?忘れた。でも〇〇子じゃないわよ」
・・・・・暫く、押し問答があったようだ。
3分前のことも忘れる方なので、説得して、とにかくトレーの朝食は食べ始めたようだ。
ほんとに名前も忘れたのかなあ・・ちょっと怖くなった。私だったら、名前は忘れない気がする。姓の方は、旧姓は覚えていても今の姓の方を忘れるかもしれない。
彼女、ご主人も娘さんも居るようだが、自分が何者なのか、本当に解らなくなっているようだ。娘の話が出たときは「私に娘が居るの?」といつか言っていたことがある。でも「主人は何で迎えに来てくれないの」と言うのを聞いたことがある。本当は、ご主人も高齢で動けない体でどこかの施設に居るらしい。
左隣のテーブルのジイサン。毎朝、同じことを同席の人たちとくりかえす。
「Aさん、二泊三日の二日目の朝食よ。今夜泊まったら明日には息子さんが迎えにくるのよ」
「あと一泊だね、解った」
毎日が、二泊三日の一泊した翌日。たまに息子さんが会いに来たら、いったいどうなるのかしらん?その場に居たことがないので解らない。以前は「家に帰る」と玄関でごねて職員ともめていたが、この「二泊作戦」でその帰りたい病は収まったようだ。
毎朝、そんな話声を聞いても笑うことが出来ない。明日は我が身・・かも。
何だかねえ・・長生きしたくない、とつくづく思ったり、いや、私は認知症に関係ないから大丈夫、生きられるまで頑張ろう、と思ったり。でも「大丈夫」に誰も100%の保証はしてくれないだろう。
紫陽花の蕾を洗ふ今朝の雨 KUMI
紫陽花の蕾を洗ふ今朝の雨 KUMI