寺尾地区は荒川の西側です、永福寺は、秩父市役所の北西約3kmのところ、観音寺の南安製約1kmのところ
秩父市役所前から国道140号線を北へ、約400mで「上野町」信号を左(北西)へ国道299号線です
約500mで「本町」信号を右(北)へ進みます、約200mの「秩父駅入口」信号を左(西北西)へ、県道208号線です
約1kmで荒川を秩父公園橋で渡ります、渡り切った「秩父ミューズパーク(北口)信号を右(北)へ
約600mで童子堂の石柱を右へ入ると

永福寺の
駐車場へ入りました

秩父札所巡礼道・文化財マップです

参道です

六地蔵様です

山門の仁王門です、屋根の葺き替えの浄財寄付を求めています

説明版です
市指定史跡 札所22番
華台山 永福寺
この堂は、童子堂と称し、府坂地内より現在の地、永田城跡に移築したと伝えられ近くに城の堀跡が今も現存しております。
四注屋根三間四面で周囲に勾欄付の椽をつけ、欄間や扉には薄肉彫り淡彩の彫刻があります。
山門の仁王門は、童子仁王といい幼稚であるが愛嬌のあるもので童子の名にふさわしい仁王門です。
本尊は、聖観世音がまつられております。
この堂は、淳和天皇の御弟、三品式部卿伊豫親王の菩提のため、遍照僧正がこの領主に命じて草創したものといわれます。
昔、讃岐に怪貪な長者があって、行脚の僧、長者に食を乞えども与えられず、僧は金を払いて米を求め犬に与えれば、この家の倅、犬となり共に喰いいる様に親は驚き悲しみ大きく、長者は僧に因果の道理を説かれ、その犬を引いて諸国の霊場を廻り当山に来て始めて元の人間になったという縁起があります。
昭和40年1月25日 秩父市教育委員会指定

梅の参道を進みます

サルスベリです



南西側から

向かい側(北側)の藤の幹も大きなものです

手水舎です

観音堂です

軒下の額と鰐口です

本堂です
では、次へ行きましょう
秩父市役所前から国道140号線を北へ、約400mで「上野町」信号を左(北西)へ国道299号線です
約500mで「本町」信号を右(北)へ進みます、約200mの「秩父駅入口」信号を左(西北西)へ、県道208号線です
約1kmで荒川を秩父公園橋で渡ります、渡り切った「秩父ミューズパーク(北口)信号を右(北)へ
約600mで童子堂の石柱を右へ入ると

永福寺の


秩父札所巡礼道・文化財マップです


参道です


六地蔵様です


山門の仁王門です、屋根の葺き替えの浄財寄付を求めています


説明版です
市指定史跡 札所22番
華台山 永福寺
この堂は、童子堂と称し、府坂地内より現在の地、永田城跡に移築したと伝えられ近くに城の堀跡が今も現存しております。
四注屋根三間四面で周囲に勾欄付の椽をつけ、欄間や扉には薄肉彫り淡彩の彫刻があります。
山門の仁王門は、童子仁王といい幼稚であるが愛嬌のあるもので童子の名にふさわしい仁王門です。
本尊は、聖観世音がまつられております。
この堂は、淳和天皇の御弟、三品式部卿伊豫親王の菩提のため、遍照僧正がこの領主に命じて草創したものといわれます。
昔、讃岐に怪貪な長者があって、行脚の僧、長者に食を乞えども与えられず、僧は金を払いて米を求め犬に与えれば、この家の倅、犬となり共に喰いいる様に親は驚き悲しみ大きく、長者は僧に因果の道理を説かれ、その犬を引いて諸国の霊場を廻り当山に来て始めて元の人間になったという縁起があります。
昭和40年1月25日 秩父市教育委員会指定

梅の参道を進みます


サルスベリです




南西側から


向かい側(北側)の藤の幹も大きなものです


手水舎です


観音堂です


軒下の額と鰐口です


本堂です

では、次へ行きましょう

