ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

群馬県みどり市、笠懸町鹿「はーとふるチハヤのかやの木」(市指定)です!!

2023-09-09 18:33:00 | 巨樹・大木
 笠懸町鹿地区は、みどり市役所笠懸庁舎を含む南西側の広い地区です

 みどり市役所笠懸庁舎の西南西約1kmの所に「障害者支援施設はーとふるチハヤ」が有ります

 国道50号線を「鹿信号」から前橋市方面(西から南西)へ、約900mで横浜家系ラーメン福屋の南側を右(西)へ入ります

 約400mで道路右手に「市指定天然記念物 かやの木」の案内板です

 右側の駐車場奥に目的のかやの木が見えました

 障害者支援施設はーとふるチハヤ入口から

 アップにしてみました


 駐車場に入れないので入口から撮影させて頂きました

 天然記念物標柱と説明版ですが遠くてはっきり読めませんでした

*長円寺は元禄16年(1703)8月15日の創建と伝え、当時すでにこのカヤは巨木であったといいます。
*社会福祉法人チハヤ会ホームページから
 所在地 群馬県みどり市笠懸町鹿3609
 昭和26年(1951)曹洞宗長円寺の住職・石戸千隼(いしど・ちはや)が、家庭に恵まれない10人の子どもたちを引き取って養育(チハヤ養護園の創設)を始めました。
 昭和41年(1966)社会福祉法人としてチハヤ養護園設立されました。 
 平成15年(2003)「社会福祉法人チハヤ会」「知的障害者更生施設はーとふるチハヤ」に名称変更しました。
 平成28年(2016)障害者支援施設はーとふるチハヤ改築(竣工)によって、施設の中庭にあった「かやの木」を南側道路から見えるようになりました。
 *樹高約20.5m、目通り幹囲5.65m、推定樹齢500年以上
 *環境庁「日本の巨樹・巨木林」では、目通り幹囲6.9mとなっていますが、幹のヒコバエの上を測っているようです。

 では、次へ行きましょう

 
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群馬県片品村、花咲「花咲石」(村指定天然記念物)です!!

2023-09-09 06:29:45 | 文化財・寺社
 花咲地区は、片品村の西側の広い地区です、片品村役場の南西約3kmのところに「花咲石」があります

 片品村役場前から国道120号線を南へ、約5.7kmで平岩信号を右後方へ入ります、県道64号線です

 道成りに片品川を渡って坂道を上って、花咲の湯を過ぎた約5kmで右は入ります、道成りに下って約900mで

 道路右手のカヤノキの脇に「花咲石」です

 鳥居の後ろに大きな石です

 天然記念物標柱です

 説明版です
   花咲石
  所在地 片品村大字花咲1289
 昔、日本武尊命が東国の征服に来ての帰り、この辺りで保鷹山(武尊山・ほたかやま・日本百名山)の賊(悪勢・おせ・尾瀬のことか?ともいう)と戦になりました。
 険しい岩山にこもる賊に手をやいた命は、敵の取りでを囲んで火を放ちました。賊の長は、これで自分の命は終わりだが、妻子たちの命は助けたいと思い抜け穴から逃がしました、ところが出口にも火が廻り助けることが出来ませんでした。
 するとどうでしょう、火傷を負った長の奥方の体は、みるみるうちに大きな石となり一夜明けて村人たちが見ると、石の表には一面にうす紅色の牡丹の花びらの模様が、まるで今しがた咲いたかのように浮き立っているではありませんか。
 ところがどうした訳か、この年から村に疫病がはやり多くの人々が、病に苦しみ亡くなって行きました。
 村人達は滅ぼされた賊たちの怒りのせいと思い、鳥居を建てて丹花石明神として祭った所、村に平和な暮らしが戻ったという事です。
 それでこの石を「花咲石」といい、この村を花咲村(現片品村大字花咲)というようになったとの事です。
    平成12年6月    片品村教育委員会

 北側から見ました
 *残念ながら牡丹の花びらの模様は分かりませんでした

 花咲石の北側に御詠歌石碑です
. 
 説明版です
   沼田横道三十三番観音霊場
  第三十番花咲観音堂(花咲)
   本尊 十一面観世音
 御詠歌 むらさきの 雲たつ山を越えゆけば 法にあう地の石に花咲く
 この霊場巡りの創始はつまびらかではないが一番札所(新治村布施千手院)の縁起に「元和元年(1615年)修験僧良宗法印札打を始めた。」という記録がみられる。
 観音菩薩は、慈悲を本願とし、いろいろな姿に応化してすべての苦難を救うと言われている。
 人びとは観音巡礼によって罪悪消滅、後生安楽をひたすら願い札所めぐりをしていたのであろう。
 先人の遺してくれた旧跡を後世につたえるため御詠歌の碑を建立したものである。
     平成9年11月  片品村教育委員会

 *観音堂は無くなってしまっているようでした

 では、次へ行きましょう
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