歌津館浜地区は、南三陸町役場の東北東約9kmのところ
南三陸町役場西側の道路を北北東へ、約1.1kmで右(東北東)へ、国道45号線を進みます
道成に約8.4kmで「泊崎半島・県道225号線⇒」の標識に従って信号を右(北北西)へ
道成に伊里前湾を右手に観て約1.2km進みます、館浜漁港を過ぎて坂道を下ったところで左(北東)へ
約200mで左手に歌津山津龍院です、前の広い駐車場に入りました
立派な石垣の上に三門が見えました
*東日本大震災の大津波により伽藍のほとんどが流出、全壊の被害を受けました。
山号 歌建山・宗旨 曹洞宗・創建 応永16年(1409)・本尊 釈迦牟尼佛・開山 全照満廊上人・中興年 永禄6年(1563)・中興 啓南乾迪和尚だそうです。
山門(仁王門)です
左手先に二本の大木が見えます
手水舎です
鐘楼です
本堂です
境内南端に「魚魂碑」です、やはり漁業の町ですね
西側には「草木供養塔」です、草木にも命を感じる日本人ならではのものではないでしょうか
目的の二本のアスナロです
ネットの記事から一部引用しました
*境内には、明治35年に山形県鶴岡市の善宝寺から分霊された八大龍王尊(竜神さま)が祀られていますが、そのお堂のそばに2本のアスナロの大木が聳えています。
アスナロには皮が裂けて自然に剥がれ落ちる性質があり、別名「クサマキ」とも呼ばれます。
ヒノキの仲間ですが、ヒノキほどの高級木材ではなく、そのため「明日はヒノキになろう」の意味から「アスナロ」と呼ばれるようになったと言われています。
北東側から見ました
北側には龍神様の御堂です
では、次へ行きましょう
2024・10・15・15・55
南三陸町役場西側の道路を北北東へ、約1.1kmで右(東北東)へ、国道45号線を進みます
道成に約8.4kmで「泊崎半島・県道225号線⇒」の標識に従って信号を右(北北西)へ
道成に伊里前湾を右手に観て約1.2km進みます、館浜漁港を過ぎて坂道を下ったところで左(北東)へ
約200mで左手に歌津山津龍院です、前の広い駐車場に入りました
立派な石垣の上に三門が見えました
*東日本大震災の大津波により伽藍のほとんどが流出、全壊の被害を受けました。
山号 歌建山・宗旨 曹洞宗・創建 応永16年(1409)・本尊 釈迦牟尼佛・開山 全照満廊上人・中興年 永禄6年(1563)・中興 啓南乾迪和尚だそうです。
山門(仁王門)です
左手先に二本の大木が見えます
手水舎です
鐘楼です
本堂です
境内南端に「魚魂碑」です、やはり漁業の町ですね
西側には「草木供養塔」です、草木にも命を感じる日本人ならではのものではないでしょうか
目的の二本のアスナロです
ネットの記事から一部引用しました
*境内には、明治35年に山形県鶴岡市の善宝寺から分霊された八大龍王尊(竜神さま)が祀られていますが、そのお堂のそばに2本のアスナロの大木が聳えています。
アスナロには皮が裂けて自然に剥がれ落ちる性質があり、別名「クサマキ」とも呼ばれます。
ヒノキの仲間ですが、ヒノキほどの高級木材ではなく、そのため「明日はヒノキになろう」の意味から「アスナロ」と呼ばれるようになったと言われています。
北東側から見ました
北側には龍神様の御堂です
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