旅行 写真で紹介 

旅のあれこれ、見たこと、感じたこと 写真で現地を紹介します。

熊野大社(出雲国一の宮)

2015-12-10 23:29:09 | 島根
2015年12月7日、湯の川温泉に泊まって、翌日、神戸へ帰る途中にお参りしました。
「『出雲国風土記』にも記された出雲国一の宮。八岐大蛇を退治したことで有名な素戔嗚尊を祭ります。境内には素戔嗚尊が詠んだという「八雲たつ……」の歌碑が立っています。」
松江市八雲町熊野2451
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鳥居





説明書

さざれ石



















境内案内図

手水舎

狛犬



随神門



祓所

歌碑





舞殿











拝殿







鑚火殿



本殿

伊邪那美神社





荒神社





稲荷神社







稲田神社






















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湯元 湯の川(日本三美人の湯)

2015-12-10 22:54:22 | 温泉、旅館、ホテル
2015年12月6日、2泊3日の岡山、島根旅行での2日目です。日本三美人の湯とのことで、宿泊しました。玄関には大樽がお出迎えしています。泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩・塩化物泉です。もちろん3回、入りました。お風呂に入り、いつも他のお客さんとどちらから来られましたかと旅の話をします。のんびりと浸かるのもいいですね。
島根県出雲市斐川町学頭1329-1
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玄関



室内

おもてなし

ロビー









夕食です。ビールを飲みながら、美味しくいただきました。

先付け

島根和牛の焼き物、蟹

出雲そば、茶碗蒸

刺身盛り合わせ



天ぷら





デザート



朝食です。

大広間での会場食です。







駐車場のところに八上姫神社
「神代の昔、大国主命と恋に落ちた因幡の国の八上姫は、大国主命を慕って出雲の国へと旅に出られました。厳しい旅の途中、南の山の谷あいに湯が湧き出ているのを見つけられた否目は旅の疲れをその温泉で癒され、いっそう美しい美人神になられたと伝えられています。」













売店でお土産に雲丹椎茸を買いました。こちらでも島根プレミアム旅行券を使わせていただきました。(感謝)
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龍頭が滝(中国地方随一の名瀑)

2015-12-10 17:35:12 | 島根
2015年12月6日、物部神社にお参りした後、約50kmほど東に走り、立ち寄りました。国道54号から県道39号へ(案内表示あり)その後案内表示に従い「龍頭が滝」へ。駐車場は、下の駐車場と上の駐車場2ケ所あります。上の駐車場に止めました。
雲南市掛合町松笠
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案内板





階段を降ります。







雄滝は落差40mの直瀑です。下部は洞穴となっており滝観音が祀られています。洞穴内部から滝を眺めることが出来ます。
説明書











洞穴



観音様

裏から見ます。



雌滝に行きます。もう少し下に進みます。













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物部神社(石見国一の宮)

2015-12-10 16:54:46 | 島根
2015年12月6日、5日温泉津温泉の輝雲荘に宿泊し、石見銀山の町並みを散策した後お参りしました。
島根県大田市川合町川合1545
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説明書
『石見国の一の宮である物部神社の御祭神は宇麻志摩遅命様で、古代豪族物部氏の御祖神様である。初代天皇桓武天皇様の時代にご活躍になり、その後各地の兇賊を平定されて、最後に神社近くの鶴府山に鶴に乗って降臨された。国見をされた時に神社の裏山「八百山」が天香具山に似ていることから、宮居を築き鎮座された。時が過ぎ、継体天皇8年(513)天皇の勅命により社殿を創建、修理を経て安政3年(1856)に宝暦時の規模で改修される。県内では出雲大社に次ぐ大きさ、春日造りでは全国一の規模です。」

鳥居









神馬





拝殿

狛犬







手水舎



富金石
「この手水石は俗に含金石と呼ばれる砂金を含んだ大変珍しい石です。手水石に彫られた四つの曲玉にふれて勝運や財運をお祈りください。また手水に流れる水は御神井より湧き出る御神水です。枯れることなく現在に至っています。」



拝殿







勝石



本殿(島根県指定有形文化財)







末社







稲荷社

菅原神社・天満宮

柿本神社











恵比須神社














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石見銀山の町並み散策その2

2015-12-10 16:09:45 | 島根
2015年12月6日、5日に温泉津温泉に宿泊し、今日は、石見銀山の町並みを散策します。
石見銀山の町並み散策その1より続きです。
再び町並みに









郵便局














西性寺
「もとは照善坊という天台宗寺院でしたが、寛正年間(1460~1466)に浄土真宗に改宗しました。現在の本堂は弘化2年(1845)に再建されたもので、門と経蔵、庫裏を備え、大森町では最大の規模の寺院です。」

山門



本堂







鐘楼

経蔵の鏝絵
「壁の四面には、鳳凰や菊、牡丹などの鏝絵が描かれています。





再び町並みに



















熊谷家住宅(重要文化財)
「熊谷家は、文献によると17世紀に石見銀山の経営に携わり、その後、掛屋や郷宿、代官所の御用達を勤めたことが知られている。当主は代々町役人(年寄職)を勤めていた。主屋は寛政12年(1800)の大火後の享和元年(1801)の建築で、幕府巡視使の公用宿や町役人としての用向き、御用達などの商用や日常生活にあてたと考えられる。町並みの中で最も規模が大きく質の優れた民家建築で、有力商人の身分や生活の変遷をよく示した建物として高い価値が認められる。」

















石見銀山資料館、大森代官所跡
「代官所跡は、大森地区の北東側に位置する。17世紀から19世紀半ばまで、江戸幕府が石見銀山と周辺地域の150余村を支配するために、江戸幕府が代官を派遣して現地に置いた役所の跡である。敷地面積は2.657㎡あり、瓦葺き平屋建ての表門とその左右に付随する門長屋建物が現存する。現存建物の規模は、幅約4m、総長33mである。1800年に起こった大火の後の1815年に建築されたもので、当時の棟札が現存するほか、1841年制作の古絵図にも描かれている。敷地の中央部にあった母屋は1879年に解体され、その後1902年に邇摩郡役所が建てられた。」









城上神社
鳥居





亀石









拝殿(島根県指定有形文化財)
『正面10.22m、側面11.88m、屋根は重層式の入母屋造り瓦葺きで、江戸の亀戸天満宮を手本にしたものと伝えています。内部は、前半分が拝殿、後半分は5室に仕切り、中通りに弊殿を置き、本殿から向かって左側に直会殿と神輿殿、右側に神楽殿の神供舎を配しています。拝殿の鏡天井には、三瓶山近くの絵師であった梶谷円隣斎守休が極彩色で「鳴き龍」を描いています。この絵天井は柏手で共鳴することもあって、大田市指定文化財となっています。』













本殿



岡家(島根県指定史跡)、石見銀山代官所地役人遺宅







勝源寺
「銀山奉行代官18名の位牌と東照宮に家康公を初め12代将軍までの位牌を安置。欄間彫刻、家康と将軍図、羅漢図、キリシタン地蔵マリア像などを展示している。」境内工事中でした。
山門











城上神社から戻り、銀山地区に進みます。















渡辺家(島根県指定史跡)、石見銀山代官所地役人遺宅

























大森小学校



西本寺
「元西本坊と称し、江戸時代初期の寛永年間に銀山の熊谷宗右衛門尉直政の請により六世空乗の代に出雲国神門郡白枝村から現在地に移転したと伝わる浄土真宗の本願寺派の寺院である。」

山門
「この山門は、一対二本の丸い親柱と前後四本の角控柱からなる四脚門で、17世紀初頭の特徴をそなえた優品です。」

門の横の木に野鳥

本堂

鐘楼



豊栄神社(大田市指定文化財)
「毛利元就が祭神の、毛利家ゆかりの社である。」













お疲れ様でした。

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石見銀山の町並み散策その1

2015-12-10 16:09:10 | 島根
2015年12月6日、5日に温泉津温泉に宿泊し、今日は、石見銀山の町並みを散策します。石見銀山公園無料駐車場に自動車を止めます。観光案内所でマツプと説明を聞きました。一部遊歩道が通れないとのことでした。
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案内図

観光案内所

羅漢寺



















町並みに進みます。





























金森家(島根県指定史跡)、石見銀山御料郷宿泉家遺宅
『江戸時代、石見銀山附御料150余村は支配上六組に分けられていた。18世紀の中頃には、大森には六軒の郷宿(ごうやど)が設けられ、公用で出かける村役人等の指定宿として、また代官所から村方への法令伝達等の御用を請け負っていた。文献から、泉家の主人川北氏は文化7年(1810)まで「波積組(主として現在の江津市の一部)」の郷宿を勤めていたことが知られている。建物は外壁を漆喰で塗籠め、軒瓦には家紋を入れるなど堂々たる風格を備えている。敷地は、寛政12年(1800)の大火を免れた位置にあり、町並みの中で最も古い建物のひとつと考えられる。』















阿部家(島根県指定史跡)、石見銀山地役人遺宅
「阿部氏初代の清兵衛は甲斐国(山梨県)の出身で慶長6年(1601)に初代奉行大久保石見守に銀山附地役人として召抱えられ、子孫は代々銀山支配に携わった。」







栄泉寺
「曹洞宗の寺院で、慶長元年(1596)の開山と伝えられており、禅の修行道場でした。第19代の代官である井戸平左衛門が享保の大飢饉(1732)の際に、ここを訪れた旅の僧「泰永」から飢饉の備えとして薩摩芋のことを教わったところと伝わっています。大森町は寛政の大火(1800)で町の大半が焼失しましたが、栄泉寺も土蔵ひとつ残して焼失しました。現在の本堂は文化4年(1807)に再建されたものです。」



竜宮門
「石段の上に見える山門は、嘉永6年(1853)に画僧であった仏乗禅師が再建したものです。日光の大猷院(家光の廟所)の皇嘉門に姿が似ていることから当時の代官から取り壊しの命令が出されましたが、住職留守を理由にして筵や板で囲い、幕末の混乱に紛れて取り壊されずすんだと伝えています。」







本堂











再び町並みに





三宅家(島根県指定史跡)、石見銀山地役人遺宅
「建物は、代官所の銀山方役所に勤務する銀山附役人田邊氏の居宅であった。」

































柳原家(島根県指定文化財)、石見銀山代官所同心遺宅
「柳原氏は代官所の同心を勤めた武家である。」















旧河島家(島根県指定史跡)、石見銀山地役人遺宅













伝統的建造物群保存地区の説明書

旧大森区裁判所








観世音寺
「岩山の上にあり、江戸時代には大森代官所が銀山の隆盛を祈願するための祈願寺でした。本堂のほか山門と鐘楼が残されています。町並みの大半が焼失した寛政の大火(1800年)により、観世音寺も全ての建物が焼失しました。そのためもとの創建年は不詳ですが、現在の本堂や山門は万延元年(1860)に再建されたものです。」



山門

仁王像





本堂

鐘楼

境内からの町並み






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