2015.9.1(火)曇り 6世の旅立ち(2006.7)
First Love Ⅰ、Ⅱ~というおしゃれな名前の付いたわたしの自転車は現在1世から6世まであって、手元に存在しているのは4世、5世、6世である。詳しくは「初恋号六世」(2006.7.8)に書いているのだが、この中で数奇な運命をたどってきた一台がある。
1世 (ロード、スチール)初トライアスロン(第一回天橋立大会)、宮古島、琵琶湖大会、その他ロードレースなど
2世 (MTB、アルミ)ようやく開催され始めたMTBの大会参加、京都MTBクラブをつくり北山など走破
3世 (ロード、アルミ)ハワイアイアンマン、琵琶湖大会、皆生大会などトライアスロン全盛期
5世 (サス付MTB、アルミ)主にトレーニング用に使用、10数年間通勤に使ったので走行距離はNo.1、現役
6世 (MTB、スチール)日本一周、現役
さて、問題の4世だがスチールのロードレーサーでフレーム、パーツともに最高のセレクトで、値段的にも最高だったと思う。スタイルもカラーも大のお気に入りだったのだが、トライアスロンの組織再編やルール策定、各地大会の運営や審判団の育成など裏方仕事が忙しく大会参加などとても出来なくなり、この4世は倉庫に眠ったままの状態となった。2度ばかし新旭のトライアスロン駅伝で準優勝したことがあるが、他人の力で勝ったようなもので4世の活躍の場は少なかった。その後も倉庫の天井にぶら下がったままで15年が過ぎてしまった。埃をかぶって哀れな姿を見る度に心を痛めていた。
競技を止めたわたしにとってロードレーサーは不要であるし、自転車に対する考え方、楽しみ方もかわってきた。走ること自体より、目的を持って走ること、その楽しみを日本一周でおぼえた。6世などはその最たるもので、頑丈で荷物が多く積め安全に快適に乗れるよう設計した。それを駈って目的地に向かうというのはなにか自転車本来の姿のような気がして楽しくなるのだ。MTBが出てきたとき、野や山にどこでも行けるのだというあの感動も思い出してきた。
何年かぶりかで取り出してきた4世、埃だらけ。
オンでもオフでもMTBで走っているときまた違ったバイクを見かけた。レクリエーション協会の単位を取るために参加したサイクリングイベントで、ロードでもない、MTBでもない、ツーリング車でもない丁度ロードとツーリング車を合わせたような自転車で、フロントバッグがあり、泥よけもあったかな、それでいてスポーティで軽そうなのだ。おじさんと違って女の子がそれなりの服装で乗ってるととってもおしゃれで、ああこういう世界もあるんだなんて感じがした。わたしがロードレーサーに乗り始めた頃(もう30年以上前なんだが、、)女性は少なくて、「お母さんに、競輪選手みたいなまねせんといて、近所にみっともないと言われるんですよ」なんてこと言っていた。最近のサイクリングイベントでは自転車も服装も随分おしゃれになって、とても楽しそうだ。
おじさん撮った訳じゃ無いのよ、女性二人かっこいいでしょ。(じょんのびエイドで)
ちょっと話がそれてしまったが、この4世をなんとか世に出してあげたい、もう一花咲かせてあげたいとおもっていたのである。つづく