晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

久田山時間旅行駅  11/19

2015-11-19 | 歴史・民俗

2015.11.19(木)曇り

 綾部市資料館第23回特別展のタイトルである。前回の縄文奇妙奇天烈云々同様、きっと近澤先生のアイデアに違いない。
 「久田山時間旅行駅 遺失物保管所」とは何ともしゃれたタイトルだ。久田山とはきゅうたやまと読んで資料館のあるところなのである。遺跡から出土した品々は実は法的には遺失物なのだそうだ。その遺失物を保管しているのが資料館で、縄文時代や弥生時代から物をなくした落とし主が時間を越えて訪れるという何ともユニークな想定だ。是非とも行ってみたいと思っている間に時間は過ぎ、遂に残り数日となった。腰痛の治療の帰りに立ち寄ってみる。
 縄文草創期の石製槍先、弥生後期の翡翠製勾玉、弥生中期の水挿し形壷など古いもの、上林城跡からでた猿水滴、明治期の七輪など新しいものもある。すべて市内の遺跡や田畑などから出土したもので、ひょっとすればわたしたちでも落とし物を見つけられるかもしれないという夢がわいてくる。

いただいた冊子と問題の水差し
 青野西遺跡から出た弥生中期の水差形壷の底に穴が開いているのを見つける。この種の土器の多くに穴が開いていることはよく知られている。先生に尋ねると、「お墓でお祭りごとをした後に穴をあけたものでしょう」という答であった。もう二度と使わないようなおまじないということだ。青野西遺跡は確か方形周溝墓が発掘されていた、穴の開いた土器が出土しているのはやはり墓地が多いのだろう。また、墓地に置かれた土器だから出土される可能性が高いとも言える。話は同じく穴の開いた「はそう」という土器におよぶ。先生の答は「中国から入ってきたときには水を注ぐ注ぎ口が着いていたんじゃないか、それが葬送や祭祀にのみ使われるようになってあの妙な形のものになってきたのでは」というなんとも納得のいく話になってきた。初期のものは厚さもあり、実用的価値があったのだろうが、やがて祭祀にのみ使われるようになったとすればあの穴のせいかもしれない。

四条畷市立民俗資料館で見つけた木栓付きのはそう
 やがて土師器に話が移り、私の発見した甑の底らしき土器の内側が黒く変色していることについて先生は、「野焼きで焼くと温度の上がらない部分が黒く変色するんですよ」とおっしゃっていた。わたしはいつか水漏れを防ぐために樹脂を塗ったのだと説明したが、どうやら先生の方が説得力がある。それが樹脂であるか焼き加減の結果であるかは調べればすぐに解ることだろう。もっともっと聞きたいことはあったのだが、かみさんの帰って来いの指令でそこまでとなった。(内側が黒く変色した土師器は2012.10.4参照)

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