2019.7.16(火) (前記事、大栗峠ガイド-6は2019.5.13)
大栗峠十回目の山行で三角道の謎が解けた。現在の地蔵さまの前を通る道(A)は元々は無く、山田弓削道のショートカット道のような道(CーB)が本来の峠道だったのだ。その証拠があるわけではないのだが、倒れていた石標「右わち左志こた」の意味、石室内右の地蔵さまの「右 志こた わかさ 左 ゆけ 城下」の矛盾、そして地蔵さまの前を通らずして必要も無いショートカットをする三角道の一辺(C)の謎がすべて解決するのだ。しかし新たな謎が沸いてくる。現在の峠道(A)は地形的には最も峠らしい道である、それなのになぜそこに道を作らず、変則的なクランク状の道(B-C)が峠とされたのか。そして後年になってなぜ現在の峠道(A)が作られたのかというのが大きな謎である。そしてその謎を解く鍵が倒されていた石標、立派な石室、峠東にある平坦地などにあるのではないか。これから想像力を発揮して峠の歴史を描き、状況証拠、出来れば具体的な証拠を挙げられればと考えている。つづく