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「科学的」な質的研究法のはじまり

2008-03-05 | 認知心理学
「科学的」な質的研究法のはじまり

 質的研究の定義にもよるが、「科学的」心理学の歴史のなかでは、質的研究が一定の正当性をもって採用されたのは、認知科学研究の方法論として、サイモンらが思考発話法(プロトコル分析)を使って見せたときからではないかと思う。
 プロトコル分析は、作業をしているときに考えていることを語らせたものが素データになる。当然、多彩なノイズを含んでデータとなる。それが、科学的なデータとなりうるためには、ノイズ除去のための強固な道具が必要になる。その一つが、作業内容の論理的分析――どういうアルゴリズムで問題を解くか――である。そしてもう一つが、人の問題解決のモデルである。サイモンらは、この2つの鏡を巧みにつかうことで、プロトコル分析の地位を「科学的」水準にまで押し上げた。

写真 我が家の梅の木
花満開

入試ミス

2008-03-05 | ヒューマンエラー

 入試ミスに限らないが、一般には、計画-実行-確認(plan-do-see)の各段階に対応して、それぞれ「思い込みエラーによるミス」「うっかりミス」「確認ミス」の3つがある。



 (1)思い込みによるミス(ミステイク)

 仕事を計画する段階でのエラーである。こうすればよいと思い込んでしまい、誤 った手順を誠実かつ正確に実行してしまう。行為の目標そのものが誤っているので、みずからエラーを検出するのが難しい。



 (2)うっかりミス

 仕事を実行する段階でのエラーである。注意配分の不適切さのために、意図とは違ったことをしたり(実行エラー)/しなかったり(オミッション・エラー)となる。多くは、その時その場でエラーに気がつく。時間的な余裕がない仕事では、 即失敗につながる。



 (3)確認ミス

 確認段階でのエラー、失敗である。業務が計画-実行-確認の点から手順化がなされていないところでは、ミスの検出が難しい。



 こうしたミスを防ぐには、「自己管理」と「外部管理」が必須である。ここでいう自己管理とは、ミス発生のメカニズムへの理解を深めてみずからの努力によってそれを防ぐことである。他方、外部管理とは、人はミスをおかすものとの前提で、組織あるいはシステムとしてミスの防止やミスの拡大を食い止めるようにすることである。

shasinデスクからみた桜の木
桜氏提供

来年度の授業が決まる

2008-03-05 | 教育
考えてみればーー考えるまでのないのだがーー
新学期がもうすぐ
今日、来年度の授業予定表がきた
前期は、月、金が授業日
後期は、火、金が授業日
新規の授業が実験法のみなので
楽勝の年になる

授業は楽勝でも、10月には、評価機構の評価が入る
そのための評価報告書の作成真っ最中
21年度開設予定の「健康。スポーツ心理学科」の
受験生リクルートも4月そうそうからやるべき
きわめて大事な仕事になる

などなど、あと1月、気を引き締めてがんばるつもり
不満は、テニスができないこと
パートナーは外国出張、花粉も飛ぶ

4月まで我慢、我慢

写真 桜氏提供
90度傾けてみてください

わかりにくい表現は高コスト負担になる 

2008-03-05 | わかりやすい表現
わかりにくい表現は高コスト負担になる 

社会保険庁からの年金特別便がわかりにくくて再送、億単位の支出増とのニュース。さもありなんと思う。先日おくられてきた簡易保険満期の通知もそれで何をしてよいのかさっぱりわからないので窓口にいったら、書かれていることとは別の手続きでよいと言う。
さらに、税金の確定申告の説明も、何度も読まないと理解できない指示で満載。ほとんどが毎年同じはずなのに、説明の仕方が異なる。違ったところだけ強調して書いてくれれば余計なところは読まなくとも済むのだが。
 官僚文書は、官僚だけが作るわけではない。これを真似するかのようにして、民間でも似たようなわかりにくい文書が出されている。
 わかりにくい文書は、読み手、ひいては社会に高いコストを負担させることになる。今回の社会保険庁のケースはそのことをはっきりと認識させた点で効用ありである。再送の金銭コストに限らない。わかりやすく書けば、5分で読み終える文書が、わかりにくく書かれていたために倍の時間を費やす、さらには、回りの人に聞く、あげくの果ては、書き手に問い合わせることになる。この時間コストは、いかほどになるか見当もつかない。
 どうしてこうした悪文書が出回るであろうか。
これらの文書の多くは、ちょっとした間違いが大変なことになる文書である。誤りを恐れて、なんでもかんでも書き込んでおこうとすることが、こうしたわかりにくい文書を作り出してしまうのであろう。
筆者は電子機器の取扱説明書をわかりやすくする研究をしてきた。30年前、なんでも知っている技術者が書いたものが、素人ユーザにはちんぷんかんぷんで、クレームがメーカーに押し寄せた事情と似ている。
さらに、文書は形として残る。前例、慣習でもっぱら動いている官庁では、過去の悪文書が参照されてそれが一種のマニュアル(表現文化)になってしまっているのだと思う。
改善の方策は大小とりまぜればたくさんあるが、ここでは、「大」のほうを3点だけ指摘しておきたい。
 まず第一に、誰に当てた文書なのかをしっかりと意識して文書作りをすること。高齢者相手の文書ならそれなりの作り方があるはず。
2つ目は、読み手に近い周辺の人に事前にチェックしてもらうこと。一人でも2人でもよい。ちょっとみてもらうだけでも独りよがりの表現のまずさが指摘してもらえる。取扱説明書の作成には、こうした役割と果たすテクニカルライターが介在するのが一般的になっている。
3つ目は、やや具体的な方策であるが、メリハリ表現をすること。書いてあることが全部大事ということはない。読み手にとって大事なこととそうでないことがみてわかるようにする。文書の「みえる化」である。今、金融商品の説明が参考になる。


今日の言葉

2008-03-05 | 心の体験的日記
祖母井さんの言葉は、心に深く刺さる。
いつも今の状況について「フィニッシュ」
(終わり)を思い浮かべていること。
それでいて、目の前のことに
全力を尽くすこと。

(茂木健一郎ブログより)

写真提供 桜氏
クロッカス