心の風景 認知的体験

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●なぜ今身体なのか

2008-03-26 | 認知心理学
●なぜ今身体なのか

 コンピュータが出現して半世紀がたつ。人の知的活動の支援に強力なパワーを発揮し続けてきただけでなく、思いもよらなかった仮想現実の世界を身近なものにしてくれた。

 コンピュータが時代を先導する技術にまでなったのは、そのシンボル処理能力に負うところが大きい。

 コンピュータ技術のこの特性は、当然のこととして、人のシンボル処理特性への関心を高めることになり、認知の科学が隆盛を極めることになった。これが、50年代から70年代のことである。

 しかし、80年代になると、シンボル処理ロボット(人工知能)もその限界が見えてきた。また、人間の知的活動も、シンボル処理以外の部分で支えられていることがわかってきた。

 こうした流れの中で、シンボル処理パラダイムへの対抗勢力の一つとして、身体の復権があるとみることができる。教育との関連では2つの動きがみられる。

●体験教育の意義

 道路の分離線には一定間隔ごとに隙間がある。その隙間は車が動くことで、運転手にスピードを実感させる。

 このように、動くことによって環境は意味をもってくる。というより、意味は動くことによって発見される。これが、アフォーダンス論の主張の骨子である。

 体験教育も、子供に身体を動かすことによって見えてくる世界の意味とおもしろさを体得させようとする試みとみることができる。 机に座ってのシンボル処理の世界の高度化だけでは知の世界は充分なものにはならない。身体を動かすことで得られる自分なりの環境の意味づけと取り込みが知の世界を豊潤なものにするには必須である。

写真 桜氏提供
爪にはめるのかなー

民主党さん、そろそろですよ

2008-03-26 | 心の体験的日記
道路特定財源、
年金、
民主党、実によくやった。
もうわかった。
ここからは政権政党の責任
ここでそろそろほこをおさめたほうがよい。
政治は妥協
次の選挙でまたがんばればよい。
余力を残して、ここは妥協

写真 葉桜
桜前線、もういっちゅうのー
せめてもう1週間まってくれ
提供さくら氏

短期記憶

2008-03-26 | 認知心理学
短期記憶は、そこに貯蔵しておくことのできる情報の容量に限界がある。その上限として、情報の単位(チャンク chunk; 主観的な情報のまとまり)にして、魔法の数7が知られている。

 なお、ここで、チャンクとは、見た目のまとまり、あるいは意味的なまとまりのことである。たとえば、次の例を見てほしい。いずれも、文字、数字1個を1つの情報単位と考えると、限界を越えてしまうが、なんらかのまとまりを形成してしまえば、苦もなく覚えることができる。このまとまりがチャンクである。魔法の数7は、チャンクで数えたときの限界数である。

    (a) NECIBMSONYHITACHI

    (b) 0293534613

    (c) 100110011001

    (d) やまだたなかきくちすずきさとうたかはし

 チャンクを「主観的」まとまりと言ったのは、どのようなまとまりが作られるかは、人によって異なるからである。たとえば、(C)「100-1100-1100-1」のようにチャンキングする人もいるであろうし、「1001-1001-1001」のようにチャンキングする人もいるであろう。このようにチャンキングの多くは、その人が長期記憶に貯蔵している知識に依存して「主観的に」決められる。

 短期記憶では、入力された情報を頭のなかで(時には口に出して)リハーサルしながら、長期記憶に貯蔵されている知識を使って、処理目的にふさわしい符号化を行う。たとえば、覚えにくい言葉を覚えるときに、何度も何度も頭のなかで、あるいは口に出してその言葉をリハーサルする。そして、リハーサルしながら、たとえば、「メンタルモデル」なら、「メンタルは心的」、「モデルは仮説に類似したことば」、といったように、覚えるべきことばに対して長期記憶のなかにある知識を結びつけていく。これが符号化であり、こうしたりハーサルをただ言葉を繰りかえす維持リハーサルに対して、精緻化りハーサルと呼ぶ。この符号化の結果は、再び、長期記憶に転送され、符号化するときに使った知識と結びつけて貯蔵される。それによって、長期記憶の知識が活性化され、さらには更新される。

写真 桜氏提供
桜前線,もう通り過ぎた?
つくばは、昔、桜村といっていたくらい
桜見物するところが多い
これを見ないと新学期にならない
週末は桜見物だな。

コビニおでんを買うのいやー

2008-03-26 | 心の体験的日記
コンビニおでんは、夕食の定番メニュー
最近は、自分で入れ物に入れるようになっている
レジで、大根1個、昆布1個、---というように
復唱しながら、計算してくる。
これで全部ですね。
ハイ
あーすみません、ソーセージがもう一個ありました。
?‘>>*
あるいは、
一番下にあるのは何ですか?
わかるわけないので、とり棒でかきわけてやる

こういうことがしばしばある。
自分でとったのだから、覚えているだろうーということだが、
そりゃー無理というもの。
ごまかそうとしたわけではないのだ。

こういうことが2度、3度ある

ひさしぶりの300突破 アクセス数解析

2008-03-26 | Weblog
3/25(火) 1324 pv 313 ip -位(985033 BLOG中)
3/24(月) 1173 pv 260 ip -位(984333 BLOG中)
3/23(日) 963 pv 217 ip

1月ぶりくらいか
ーーーいつ、の記憶が実に最近、心もとなくなっている。
エピソード記憶全体が劣化しているーーー

新学期にかけて、一気にランク入りの期待、高まる

文九朗、応援してくれ!!!!