事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「猫を抱いて象と泳ぐ」 小川洋子著 文藝春秋

2010-09-09 | 本と雑誌

4163277501 「盤上の詩人」と呼ばれたロシアの伝説的チェスプレイヤー、アレクサンドル・アリョーヒンに憧れる少年は、生まれたときに口がふさがっていた。外科的処方で(つまり不自然に)口を開くことを“強いられた”彼は、チェスという無音の世界で美しい棋譜を描き続ける。

リトル・アリョーヒンと呼ばれた彼の心の友人は、大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなった象のインディラ。少年にチェスを手ほどきした巨体のバス運転手の猫ポーン。そして、リトル・アリョーヒンの棋譜を最後まで記録した少女ミイラ……

「博士の愛した数式」で、数学を題材に悲しい物語をつむいで見せた小川洋子が、この長篇でとりあげたのはチェス。8×8の世界が、現実よりもはるかに広大だと納得させられるつくりになっている。

 孤独なこども時代をすごすリトル・アリョーヒンに、廃バスに住む運転手がチェスとは何かを語る前半がまずすばらしい。少年は、チェス盤の下にかくれ、猫を抱きながら運転手と勝負をつづけ、そしてある日、彼に勝ってしまう。その巨体ゆえに、インディラのように身動きがとれずに死んでいった運転手(どうしてもマツコ・デラックスがちらついて困りました)は、少年にひとつの言葉をのこした。

「慌てるな、坊や」

 秘密クラブや、チェスプレイヤーたちの老人ホームで、リトル・アリョーヒンは人形のなかに入って勝負を、というよりチェスという形を借りて対戦相手とコミュニケーションを構築する。

 成長を拒否したリトル・アリョーヒンの最期は静かなものだった。彼が唯一のこした棋譜がどうなったかはお楽しみ。

 読みおえて、なにやら熱いものが胸に。ありゃ、ひょっとしてオレはいま柄にもなく感動しちゃってんじゃないの?!大傑作。ぜひ。

コメント (1)
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