オツネントンボ Sympecma paedisca(Brauer, 1877)は、アオイトトンボ科(Family Lestidae)オツネントンボ属(Genus Sympecma)のトンボで、ヨーロッパから中央アジアを経て中国東北部、日本に分布し、日本では北海道、本州、四国、九州北部に分布している。平地から山地にかけてのアシなど抽水植物が多く生えた池沼や湿原、水田などに生息している。トンボの多くが幼虫(ヤゴ)で越冬(アカネ属は、卵で越冬)するが、オツネントンボは、成虫のまま越冬する。それが越年(おつねん)という和名の由来である。日本の約200種いるトンボの中でも、成虫で越冬するのは、本種を含め、ホソミオツネントンボ、ホソミイトトンボの3種のみである。ちなみに英名で「winter damsel=冬の乙女」という名前がつけられてもいる。
本種は、7~9月頃に羽化して新成虫となり、水辺を数百メートルも離れて草地や山林で過ごす個体もおり、未成熟成虫のまま越冬する。冬期は主に山林の木の皮の間や建物の隙間、積み上げられた薪の間などに潜んで越冬するが、暖かい日中は、そこから出てきて陽だまりで日光浴をすることもある。寒さには強く、雪が積もったり氷点下になっても耐えることができるが、越冬は過酷に違いなく、腹部が折れてしまう個体も少なくない。また、研究によれば、ひと冬通しての生存率は約42%と推定されている。
越冬後の翌年春に発生地の池沼に戻り交尾をし、植物の組織内に産卵する。体色は淡い褐色で、春になると雌雄ともに成熟過程で複眼の上部の一部が青くなるだけで、ホソミオツネントンボのように全身が水色になるような体色変化はない。
オツネントンボは、土地開発、管理放棄、池沼や湿地、水田の消失、植生遷移や乾燥化などの影響により各地で減少している。環境省版レッドリストに記載はないが、都道府県版レッドリストでは、東京都、千葉県、富山県、高知県で絶滅危惧Ⅰ類、茨城県、神奈川県、鳥取県、大分県で絶滅危惧Ⅱ類として記載している。
オツネントンボとの最初の出会いは50年前で、今でも当時に写したネガフィルムが残っている。最近では、15年ほど前から各地で出会えばカメラを向けてきたが、産卵シーンは未撮影だった。そこで今回は、その産卵シーンを収めるべく、撮影のしやすい多産地を訪れた。以下には、産卵の様子の他、過去に撮影した写真を選別して掲載した。
今年は、昨年と違って3月の気温が低く桜の開花も遅い。自宅近くの東京都国立市の桜並木は、3月31日現在でほとんど咲いていない。しかしながら、この週末は最高気温が25℃近くまで上昇。31日では25℃を終えて夏日となった。天気は快晴。まさにオツネントンボ日和である。
現地には午前9時過ぎに到着。気温は17℃。早速、池の周囲を探索すると、オスが数頭飛び交っている。ちょっと飛んでは、すぐに枯草に止まる。個体の多くは敏感で、近寄ると飛び去ってしまうが、中には指を数センチまで近づけても逃げない個体もいた。観察した個体(オス)の8割ほどの複眼が青くなっていた。
11時を過ぎるとメスが池に現れ、ペアになり交尾態も見られるようになったが、産卵はまだ見られなかった。12時を超えると、あちらこちらで産卵するペアが出現し始め、何とか撮影することができた。産卵ペアは、草の枝を近づけても全く動じることなく産卵に集中しているようであった。
オツネントンボは、春真っ先に産卵を行う。訪問した池では、青くなったホソミオツネントンボもいたが、たったの2頭。池は、オツネントンボの独占状態で、確実に餌を摂り、産卵場所も確保できるメリットを感じる。本種の生存戦略の1つなのであろう。
オツネントンボは、たいへん地味な色合いで、枯草などに止まると見つけにくく、一般の方々の中には、いても気が付かない方も多いかもしれないし、興味も湧かないかもしれない。しかしながら、絶滅危惧種である本種の存在は、良好な生息環境が整っている証拠であり、早春の一大イベントである産卵は、他の昆虫たちに先駆けての行動でもある。昆虫好きにとっては、ワクワクズキズキが止まらない季節が始まる。
この撮影で、3月の目標の内、新潟と静岡の天の川撮影以外は達成できた。4月は、いよいよゲンジボタルの幼虫が上陸を開始する季節。その様子の観察と撮影をメインに、桜や星空、他のトンボやチョウの撮影を予定している。
参考文献/R. Manger & N.J. Dingemanse (2009): Adult survival of Sympecma paedisca (Brauer) during hibernation (Zygoptera: Lestidae) Odonatologica, 38(1): 55-59.
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