お寺のオバサンのひとりごと

心のマッサージにお寺へ行こう!

得度(とくど) その1

2006年10月21日 | 仏教
 得度とは、僧侶になることを言います。

本願寺の「僧侶必携」という本によると、「得度ということは、救う、救うことができると言う意味。度は渡るということで、迷いの世界から悟りの彼岸に渡ることを言う。このことから転じて僧となることをあらわすようになった」

本願寺派の場合、僧侶になる方法
 
 得度するには、あらかじめ試験を受けなければなりません。(宗門校で学び基礎知識がある場合はその「得度考査」という試験は免除されます)
 所属の住職、組長、教区教務所長の許可を得て、得度習礼(とくどしゅらい)所である西山別院に書類を提出。許可されたら、あらかじめ決まった時期にその研修道場へ入ります。

 男性は坊主頭。女性は坊主にならなくていいのですが、襟にかからないショートカットか髪を束ねる。もちろんノーメイク、茶髪不可。腕時計以外全ての装飾品は没収。携帯も没収。パソコン、テレビ、ラジオなし。電話も使用禁止。11日間、全く世俗と切り離されます。

 受付、説明終わったら、すぐ白衣に布袍(ふほう・黒い衣)に黒い輪袈裟に着替えます。生活は全てこの姿。掃除をする時も入浴後もこの姿。入浴後ちょっと暑いから・・なんて、足袋を履かずに歩いていたら、しっかり見つかり注意される。 寝る時だけ、パジャマ可。 

 研修期間は、班行動をします。 続く・・・
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お墓

2006年10月20日 | 仏教
 きょうの佐賀新聞の一面、もちろん、トップは北朝鮮関連。その下に「秋いずこへ」と題して、吉野ヶ里で日傘(陣笠)かぶって、暑そうに歩く修学旅行生の写真。「県内12日連続夏日、先月17日以来、まとまった雨が降っていない」という記事があります。
 お陰でウチの護岸工事は、はかどり、昨日で終了。
  きょうは、久し振りにパラパラ雨。昨日まで28℃あった最高気温も平年並みの23℃。でも、雨はすぐに上がりました。

 午前中、納骨堂の掃除をしながら、先日お参りにみえた一人暮らしのNさんの話を思い出しました。
 実家のご両親の墓が、何故か別々の場所にあり、お参りに行くのも大変だとのこと。

 そういえば、よく女性週刊誌などで、「姑や夫と同じ墓には入りたくない」という話がありますね。
 そんなこと、言わないほうがいいのに・・・
 仏教に親しんでくだされば、そんな思いは、すぐ解決するのに・・・

 浄土真宗では、こう考えます。
 生前どんなに「コノヤロウ」と憎しみ合っていたとしても、死んだら、そんな怨み、憎しみを超越して、浄土(悟りの世界)に生まれて、仏に成らせてもらうのです。
 許し、許される世界です。生前の思い、執着を離れる世界です。
 
 私は、自分の死後のこと(葬式、お墓、埋葬の仕方等)をあれこれ、後の者に指示する必要はないと思っています。
 だって、葬式や、お墓は、後の者の気持ちの問題だからです。
 
 お葬式は、亡くなった人のためにしてあげるのではない。後に残った者が故人を大切に偲ぶために、行う(後に残された者のために行う)のが葬式です。
 お墓も本人の終の棲家というより、後の者が故人を偲び、感謝するためのものだと私は思っています。
 
 私自身、私の遺骨が境内の焼却炉で焼かれようが(これは、犯罪か・・)どこに埋葬されようと、かまいません。後の者の気持ち次第です。後の者が偲びやすい場所がいいと思います。

 また、これから先、「お葬式をしてくれる遺族がいない」方が増えられると思いますが、自分のことは、心配されなくていい・・・仮に誰もお葬式をしてくれなくても、お骨がどこに埋葬されようとも、あなた自身は、清らかな悟りの浄土に仏と誕生しているのですから。

 でも、こんなこと言ったら、他のお寺さんに怒られるかしら・・・
 葬式と故人質(骨質?仏質?)を預かっていることで、今のお寺は経済上成り立っていますからね・・・ 本当は生きている者のための仏教なのに。
 
 日常生活にこそ、仏教を 微力ながら、頑張ります
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サスペンス

2006年10月19日 | 雑感
 先日、観光ジャンボタクシーで京都嵯峨野の竹林をドライブした時、「サスペンスドラマでは、よう、この竹林の中で死体が発見されるんですわ」と運転手さん。
 そういえば、京都を舞台にしたサスペンス多いですよね。
 何故か京都の観光地で死体発見! わざわざ、刑事と主人公が有名寺社の境内で会話。主人公と恋人が有名料亭で会食しながら推理。

 そういえば数年前、京都在住の娘と東福寺に行ったら、まさにロケ中。サスペンスドラマの帝王・船越英二郎がいた 生 船越英二郎は、かっこよかったです。

 サスペンス見ながら、思うこと
 
 よく飲み屋で一杯やりながら、刑事が事件について語り合うシーンが多いが、あんな不特定多数の誰に聞かれるかわからない場所で、刑事が事件の話などしないだろう。
 
 怪我をし、救急車で運ばれようとしている者に、主人公が駆け寄って長々と話をするシーン。何故か救急隊員がその間待っている・・・アンタ早く救急車で運ばなきゃ、話している場合じゃないでしょう
 
 連れ去られ危険が迫っている主人公を何故か一人で助けに向かうその恋人・・・アンタ早く通報して、近くの警察にパトカーで向かってもらわなきゃ間に合わないでしょう

 何故か海岸や崖の上で長々と犯人の告白を聞く主人公。警察も取り囲んでいるのに、逮捕もせずに待っている。

 「こんなのおかしいよ。ありえないよねえ」と言いつつ、今夜もサスペンスを見る私。
 
 しかし、何時、何が起こるかわからない(それこそ、「ありえない」と思うことが起こる)現実の方が、よほどサスペンスドラマかもしれません。
 
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祥月命日

2006年10月18日 | 仏教
 きょうは、義父の祥月命日(しょうつきめいにち)。 昨年七回忌でした。
 義父は妻である義母を66歳でなくして以来、ジコチュウ・不出来な鬼嫁に耐えて79歳で往生。

(注:この場合の「往生」は「困った」という意味ではなく、さとりの世界である浄土に往き生まれるの意味。これについて解説していたら、仏教解説になるので取りあえず、「亡くなった後、浄土に往って生まれること」とだけご理解ください)

 我が家では、家族の祥月命日は、精進料理(肉、魚を使わない料理)にします。

 普段当たり前のように、生き物の命を「いただいて」いる生臭坊主一家ですから、年に1度の家族の祥月命日くらいは、精進料理にして、魚、牛、豚、鶏などの「いのち」に感謝しようと。
 
 いえ、植物だって「いのち」あるものですから、野菜や果物の「いのち」に感謝していないわけじゃないのですが、何も食べないわけにはいかないので、取りあえず動物、魚類の「いのち」に感謝 

 コンビニでアルバイトしている娘から聞きましたが、消費期限・表示の時間を過ぎた途端、弁当や総菜類は全部捨てちゃうのだそうで、業務上仕方ないのかもしれませんが、実にもったいない 動植物の「いのち」に申し訳ないことです。

 私もよく買いすぎ、作りすぎの食物を冷蔵庫の奥で腐らせて粗末にしてます。
 きょうは、父の祥月命日を縁として、日頃の行いをよ~く反省し、また、私の食欲の犠牲になってくれている全ての「いのち」にお詫びします。ゴメンナサイ  そして、ありがとう。

 

 
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ひとりじゃなかもん

2006年10月17日 | 仏教
 きょうは、最近ご無沙汰していたビハーラ活動に参加してきました。
 私が参加しているのは、市内の特別養護老人施設であるK苑訪問。
 まず、会議室で、K苑の担当スタッフから、入退者のお知らせなど聞いた後、広間へ移動。広間には、浄土真宗のお仏壇が置いてあります。(K苑を経営されているのは、浄土真宗のお寺とご親戚のお医者さんなので)
 
 広間に出てこられた入所者+デイサービスのお年寄り計30~40名と、ご一緒におつとめ、担当住職のご法話を聞くのですが、おつとめ(お経)に先立ち、一緒に歌うのが、「ひとりじゃなかもん」という歌です。

 これは、佐賀県神埼町(現在合併して神埼市)の真光寺さんのご門徒さん・故 佐藤キナさんが作詞、それに真光寺前坊守 田中美根子さんが作曲された歌です。
 
「ひとりじゃなかもん」つまり「ひとりぼっちでは、ないよ」という歌ですが、歌詞をご紹介します。

1 ひとりじゃなかもん み仏と    2 ひとりじゃなかもん み仏と
   いっしょに朝食いただいて       よもやま話に花さかせ

3 ひとりじゃなかもん み仏に    4 ひとりじゃなかもん み仏は
   不平も愚痴も話します         笑ってうなづきなさいます

5 ひとりじゃなかもん み仏の    6 ひとりじゃなかもん み仏と
   お慈悲のふとんに眠ります       大悲の朝をむかえます 

7 ひとりじゃなかもん み仏と    8 ひとりじゃなかもん み仏に
   無限の光を拝みます         両の手合わさせてもらいます

                浄土真宗本願寺派機関誌「大乗」掲載分より

 長年、仏法を聞き、仏法をよろこび、仏さまと共に生きぬかれた、佐藤キナさんの歌です。
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クリークに囲まれて

2006年10月16日 | 佐賀ネタ
 佐賀はクリークと呼ばれる堀・河川水路が張り巡らされています。農業用水確保と洪水予防のためらしい。
 
 田舎モンだが、町中育ちの私なので、佐賀に嫁に来て「護岸工事」なる言葉を初めて耳にした時は、「何で、普通の住宅で護岸工事なんて言葉がでるの 海岸も遠いのに・・・」と頭の中に疑問符がいっぱい。

 で、よ~く辺りを見回してみたら、ウチの寺は、昔のお城状態。つまり、ぐるりとクリーク(堀)に囲まれていたのです。

 周囲ほとんどは、コンクリートで護岸をしているのですが、一部(20年前くらいに境内隣接地を購入、墓地と駐車場にした)境内地通り道の護岸は、コンクリートで固めてなく、木柵のまま。
 もう、年数が経っていた上、先日の豪雨と台風で完全に倒壊し、危険な状態になっていたので、修復することに。 きょうからその護岸工事が始まりました。

 考えたら(考えなくても、そうなんだけど)ウチんちは、橋を渡らなければ入れません。唯一、山門前の橋
 
 去年(春の彼岸中日)の福岡西方沖地震では、佐賀もかなり揺れ、恐い思いをしましたが、その時にやっと気がつきました。 ウチは、この橋が崩れたら、孤立、籠城状態になってしまうことに。

 お向かいのKさん宅から、長いロープを投げてもらい、特殊部隊さながらロープに手足をかけてぶら下がり、スルスル向こう岸に渡るか・・・長い棒を探してきて、棒高跳びの要領でジャンプして向こう岸に渡るか・・・彼岸(さとりの世界)に渡るより、むずかしそう。
 
 そういう事態(災害)にならないことを願うばかりです。

 



 
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ド根性

2006年10月15日 | 雑感
 今日も、日差しの強い秋晴れ。

 今朝8時から町区の清掃活動に参加。国道沿いの歩道、わずかなコンクリート割れ目から、たくましくボーボー伸びた草を刈ってきました。

 一時、ド根性ダイコンが話題になっていましたね。 歩道の雑草も本当にたくましい こんな条件の悪い場所で、しっかり大地に根を張り、生きている。

 まさにド根性だと思いました。

 それに比べ、私たち人間の愚痴の多いこと。自分の思い通りにならないこと、不都合なことを環境(周り)のせいばかりにしたがって・・・自分は、ひ弱で・・・
 

 ド根性の雑草たちを刈りながら、しみじみ反省したことでした。
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指輪物語

2006年10月14日 | 雑感
 快晴続きの佐賀です。 昼間は相変わらず29℃あったりします。それで日が沈むと急に冷え込んでくるので、風邪に要注意です。

 先週日曜日に無くした指輪が見つかりました 
 三面鏡の真正面の引き出しの中隅に。
 たぶん、三面鏡の台に置いたつもりが、少し開いていた引き出しの中に転がり落ちたらしい。
 
 でも、ここも探したつもりだったのになあ。
 私の指輪ちゃん、一週間、異次元の世界へ旅に出て、戻ってきたような・・まるで、ドラエモンの引き出しみたいに・・・。

 いや、私の三面鏡引き出しの中が、いかに片づいていないかの証明でありましょう。使いもしない、もらいものの試供品が、ごちゃごちゃと入っていて・・

 とにかく、見つかってよかった
 特別高価なものではありませんが、今まで泣いたり、笑ったりの人生をずっと身につけて過ごしてきたものでしたから。
 それに、無くしたことを夫に対して申し訳ないと思っていたので・・・

 これから先の人生、体力、容貌、頭も(全て最初から劣っているが)ますます下降線をたどり、苦しいこと、ツライことが増えてくるのは確実です。でも感謝だけは、忘れないよう生きていこう 指輪と共に人生は続く・・・
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汚染源

2006年10月13日 | 雑感
 ご承知かと思いますが、日本海沿岸に大量の医療廃棄物が漂着。九州で言えば福岡、佐賀、長崎。某国の文字で書かれた注射器や注射針などが、流れ着いているらしく「見つけたら、触らないで通報を!」と呼びかけられています。
 
 佐賀では唐津の皆さんが、黙々と掃除をされているのだけど、これが、某国で逆の立場だったら、どうなのかな?「憎き日本の医療廃棄物不法投棄を許さん!!」と、デモで日の丸が焼かれるのかしら。

 今、思えば、ジャンの家族が唐津で泳いだ頃、すでに漂着している頃だったのよ
 私、その頃そのニュースをテレビで聞いていながら、あまりの忙しさに忘れていて、「唐津で泳ぐ」というオーストラリア人達にしっかり知らせてあげられなかった・・・
 まあ、幸いあの時は台風13号が荒れ狂った後の海で、一般ゴミが散乱、流木もあり、あまりの汚さに泳ぐ気になれず、浜辺で遊んだらしいが・・・危険なことには、変わりないですよね。ゴメンナサイ、え~ん。

 
 それにしても、人間ほど、地球に迷惑な存在はない!と思われませんか

 地球に何の線引きもないのに、領土問題で争い、核の脅威で国益の取引をする。
 
 海を汚し、山を汚し、大気を汚し、自然を破壊し、他の生態を傷つけ・・・
 そのくせ、一番大きな顔をして地球上で生活している。
 
 抗議デモをするわけでもない動物たち、汚されて文句一つ言わない地球。
 いや、異常気象は、自業自得でしょうか。

 本当に地球に対して申し訳ないことです。 

 
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若婦人(女性)の集い

2006年10月12日 | 行事・案内
 お寺には「仏教婦人会」という組織がありますが、通常の総会、例会にお参りくださるのは、70代以上が大多数。
 それで、年2回春と秋に「若婦人(女性)の集い」として、まだお寺のこと、仏教のことをあまりご存じない若手の女性の集いを開いています。

 平成15年私が教師資格(住職になることができる資格)をとってから、担当を住職と交代。住職抜きで、女性だけの楽しいおしゃべり会と化しています。

 「若い女性」と言っても、サブ名称が「浄土真宗基本学習会」、案内状には、「浄土真宗について、または、お墓、仏事などについて基本的な勉強会です。年齢制限もありませんので、どなたでもどうぞ!」と書いていることもあり、結局、仏教婦人会の役員さんを中心に年長者が多数という現状です。若い方でも40代以上。本当に若い方には、おいでいただけません。

 しかも、最近は出席者が少ない・・・やはり、私のせいだろうか
 中には「まだ、何もわからないので」と、熱心に質問され、メモまでされる方があり、そういう時は本当にうれしく、「やっててよかった」と思います。
 
 この会は、お布施をいただかず、気楽にお寺にお出でいただくことを第一にしています。お茶とお菓子を用意してお待ちしています。

 今年の秋の集いは、10月22日(日)午後1時半からです。
 たくさんの方が来て下さることを願っています。
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