草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

もう二度と国民はテレビの偏向報道には踊らされない!

2016年06月13日 | マスコミ評

テレビの報道番組はほとんどが見るに値しない。自分たちの既得権益である「ええかっこしい」のパヨク的な言論の慰めの場になっているからだ。あんなもので日本の政治を考えるのは、情報弱者しかいないだろう▼テレビ朝日の報道ステーションで言いたい放題のことを口にしていた古舘伊知郎は、そのお粗末ぶりをぽろっと漏らしてしまった。安倍政権による報道への圧力があったかのように演技して、それで視聴率を稼いでいたというのだ。国民をたぶらかしたのを認め、大見えを切って見せているのである。愚かのことである▼古舘ごときの主張を国民は容認していたわけではないのである。それは内閣の支持率からも理解できそうなものである。まともな日本人は、古舘の言っていることを聞きながら、自分たちの正しさを再確認していたのである。田原総一朗が認めていたように、もはやテレビの力では政治は動かせなくなった。テレビの威勢がよかったのは、平成21年の民主党政権が誕生した時までであった。国民が一方的に煽り立てたのがテレビであった。民放ばかりではなく、NHKまでその急先鋒であった▼あれで国民は多くのことを学んだのである。人は生きて識るしかないのだから、それもまた仕方がないことであった。行き場所を失った民主党は民進党となり、共産党の操り人形と化している。テレビ局は過去の失敗を反省することもなく、自分たちの価値観で「ええかっこしい」を演じている。多くの国民が呆れているのに、それすらも気付かないのである。

 

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フロリダでのテロの背景は同性愛を認めない宗教的な教えだ!

2016年06月13日 | アメリカ

ソドムやゴモラが滅ぼされたのは同性愛への神への怒りであった。旧約聖書の創世記にはそう書かれている。キリスト教と同じように旧約聖書の流れをくむイスラム教では、同性愛は神への冒涜以外の何物でもない。断罪されなければならないのである▼フロリダで昨日起きた銃乱射事件が、イスラム過激派か、さもなければその同調者の犯行であるとすれば、人類は新たなテロの脅威にさいなまれることになるだろう。アメリカでは同性愛が市民権を得てきている。結婚という形態が変化しつつあるのだ。宗教上の理由などから危機意識を抱く者たちが現れても不思議ではない。それは国家間の戦争よりも、もっと泥沼の戦いとなるだろう。それへの抗議のテロは、領土をめぐる戦いよりも深刻なのである。神が許されなかったことを野放しにしてはならない、との信念は絶対であるからだ▼いくらオバマ大統領が「テロであり、ヘイト行為」と断罪しようとも、それを防ぐ手立てはないだろう。少数派の権利を守ってやることが、かえって社会的な混乱を招くのである。アメリカ流の民主主義であれば、国民の決定によって全てが決められる。それが宗教上のタブーにも及びつつあるのだ。どちらが正しいというよりも、どれだけ調和が取れるかなのである。今私たちは新たな課題を背負わされたのではないだろうか。東洋には「中庸」という言葉があるが、何事も極端はよくない。寛容の精神がなければ、争いが争いを生むだけなのである。

 

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