「お前は座敷から出ていなさい。」
珍しく命令口調で父が言うので、私は先ほど聞こえた父の祖父が死んだの言葉を思い、
お祖父ちゃんは亡くなったのかと尋ました。
父はまだ分からないと言い、今お医者様を呼びに行っているから、兎に角お前は座敷に入らないで外に出ていなさい。
と、再び出るように言うので、私も自分がいても何の役にも立たないと思い言われるままに座敷から出てきました。
この頃には妹も起きていたようで、私はお医者様が来るからと布団を片付けるのを手伝ってやります。
いつもと違う様子に、妹も訝っているようでした。
私はこっそりお祖父ちゃんが死んだらしいと妹の耳に囁きます。
妹はびっくりしていました。お祖父ちゃんが、と絶句してかなり沈んだ表情になりました。
その顔を見ていると、言わない方がよかったかなと私は思いました。
妹も夜間に祖父の痛いという声を聞いたと2回くらい私に訴えて来た事がありました。
私は、お姉ちゃんもお父さんに言ってあるから大丈夫、と妹に安心するよう言ってありましたが、
私が寝込んでいて聞き逃した祖父の声を、妹も何回か聞いていた事を思うと、
祖父の死についてもう少し妹に配慮すべきだったかなと後悔しました。
私にとって近親者の死は2回目です。少し場慣れしていたのでしょうが、妹には初めての事、
祖母の時の私の鬱屈とした日々を思うと、妹にとっても物心ついてから初めての辛い日々であった事でしょう。
お祖父ちゃんにとっての痛くて辛い日々が終わったと思って、楽になった事を良かったと思ってあげたら。
そう言って妹を慰めたつもりでしたが、妹は祖父の死が酷く辛いものであったようで、
お祖父ちゃんはそうかもしれないけれど、私は一人で寂しくなるのに。
そう言って涙に暮れるのでした。
家は両親が共稼ぎでしたから、私は中学生で夕方まで帰らない、日中妹が帰ってくる頃家で妹を迎えるのは祖父1人と、
妹には祖父がかけがえのない家守だったのでした。
そうか、そう思うと可愛そうに。
妹の環境にまで思い至れなかった私は、妹にとっての祖父の存在の大きさを初めて知るのでした。
言わない方がよかったでもいずれ分かる事と後悔しながら、
昼間は一人でも夕方にはお姉ちゃんもお母さんも帰ってくるし、夜はみんな揃うんだからと妹を叱咤激励して、
祖父がもう苦しまなくてよくなった事を良かったねと思おうね、そう言って再び慰めてみるのでした。
お姉ちゃんも学校が終わったら早めに帰ってくるから、と。