その日の朝、私は座敷で母がバタバタしている物音と異常な雰囲気を感じて目を覚ましました。
私が寝ぼけ眼で座敷の半開きになっている襖を見てみると、母が襖の影から姿を現したので、私とばったり目が合いました。
母は私と目が合っても全く無表情で何も言わず、座敷から出てくると直ぐにそのまま父の名を呼びながら階段を駆け上がって行きました。
その後、2人で階段を降りて来ました。
母は父に祖父の様子が変だから見てくれと言っていました。
そしてちらりと私を見て父に何か言いましたが、私は呼ばれず、そのまま2人は座敷に入っていきました。
お祖父ちゃんまた具合が悪くなったのかなと私は思いました。
ではと、私はお医者さまが来るから準備をしなければと、布団をたたみ始めたのですが、
座敷から聞こえてくる音を出来るだけ聞こうと、手より耳に神経を集中させておきました。
ああ、父さん、これは何してるんだ、障子にこんな穴開けて、などなど、
父が祖父を侮るような言葉が襖越しに幾つか聞こえて来ました。
お父さんたら、きつい言い方をして、そんなことを思っている内に、
あ、これは、と父の驚いた声が聞こえ、無言の後、父の声はやや優しい声に変わりました。
2、3度祖父を呼び、そうか、と、嘆息したらしい気配と、
母に祖父が亡くなったと言っている声が聞こえてきました。
兎に角お医者様をと、母に何時ものお医者様を呼ぶよう言う父の声が聞こえた後、
程無く母は座敷から姿を現し玄関先へと消えました。
私は座敷を覗いてみましたが、父が祖父の枕元に中腰でいるのが見えただけでした。
布団の影になって祖父の顔までは見えません。
先ほど聞こえた話の障子はと見ると、確かに祖父の足元の障子が1枚蹴破られたようにバリンと破れ、
祖父の足が障子に掛かり、足首から先が障子の向こう側に消え、桟に置かれたままになっていました。
お父さん、足を直してあげなかったのかしら?
障子の話を聞いてから随分経ったような気がして、私は父にお祖父ちゃんの足直してあげないの?と聞きました。
父はやはり気が動転していたのでしょう。
足?と、聞きなおして、祖父の足に目をやると、
父さん行儀が悪いなと小言のように言って、障子から外して布団の中に納めていました。
私はもう体が強張って動かせなかったのかなという疑問がそうではなかったのだと分かり、
祖父の死がそう遠くない事を知るのでした。