祖父は老衰で亡くなりました。闘病というような陰惨な感じがあまり無く、静かに横たわった日々でした。
それでも最後の時期には死が近い兆しがありました。
春になる頃だったでしょうか、水ぬるむ頃、寒さが引いて行く頃です。
ある夜の事です。明け方に近い頃でした。
私はふいに目が覚めました。身動きしようとしましたが動けません。
何だか重い物が自分に乗っかっているような感じです。
『何で動けないんだろう?』
不思議に思って、よいしょと肘をつくと、上半身の方は起き上がれそうな感じです。
足先が動かないのだと、半身身を起こしてみることにしました。と、やはり判断した通りに腰から上は起こせました。
この頃漸く、私は大分目が覚めて来ましたから、闇の中の物音が聞こえるようになりました。
はぁはぁと、何かの荒い息遣いが聞こえます。どんな生き物の息か分かりませんが相当荒いようです。
『猫かしら?』
何処か戸の隙間から猫が入って来て、私の布団の上で寝ているのかしらと、
私は息のする方に手を伸ばしてみます。
すると、手に触れたのは猫のやわらかい毛波ではなく硬い物。
しかも猫の体ように小さな長い肢体では無く、丸い壺のような物、瓜のような物でした。
その瓜状の物をそっと撫で回してみると、荒い息づかいはその丸い塊が発しているのでした。
私の寝ぼけ眼が確りして来ると、その丸い塊が暗闇で細部の形を表してきました。
凹凸のある瓜状の塊、それは祖父の顔でした。
「お祖父ちゃん」
ハッと気が付くと、私は事の次第がようやく分かって来ました。
私の動けない足を漸くの事で布団から引きずり出すと、よろけながら慌てて部屋の電灯を点けて見ます。
明るくなった部屋の様子を見て、私は確り事態が分かり仰天しました。
私の布団の上に襖が倒れて重なり、その襖の上に祖父が仰向けに横たわり、はぁはぁと荒い息をしています。
目は閉じられたままです。とても苦しそうでした。
祖父はいつも私と妹の寝ている部屋の隣、仏間で横たわっていましたが、
荒い息づかいでも分かるように、その夜容体が急変して
、相当苦しい息の下、布団を這い出し、
私達と仏間の間の襖を押し倒し、襖ごと私の布団の上に倒れ込んだのでしょう。
「お父さん、お父さん、大変、お祖父ちゃんが。」
そう叫んで別室の父を呼びます。
父は何事かと、眠い目を擦りながらやおら起きて来ました。
もう明け方に近く、丁度草木も眠る丑三つ時も過ぎた頃です、
部屋に辿り着いた父は相当眠かったと見えて、私の言う事に対して、
暫くは視点も定まらないようなぼーっとした歯切れの悪い返事をしていました。
その後固まったように部屋の様子を凝視した父は、漸くハッとした感じで、
「おとっちゃん」
と、絶句しました。
この間、祖父は目も明かない様子ではぁはぁと苦しい息を続けていました。
私は如何してよいか分からず、手をこまねいて父の指示を待っていました。