足音の気配は私に、子犬の弾む様で軽やかな足取りと、それによる床の反動を連想させた。可愛い子犬の走る姿を脳裏に思い浮かべながら、私は静かな足取りで再び部屋を進み始めた。
もう帰りますよ。え〜。と、女性の声と駄々をこねる様な幼い子供の声が遠く廊下の先で上がった。これを聞いた私は立ち止まると、駄々をこねた声は女の子の声らしいと思った。子犬と幼い女の子が共にいるんだろうか?、私の廊下への興味は募った。廊下を覗いてみようと思い立つと自分の歩を進めようとした。すると私の体はまたブルっと武者振るいをした。その為直ぐに足が動かせずに私はそこに立ち止まった儘だった。
何だろう、如何したというのだろうか。もう気候の良い時期に入っていた。その為私は直ぐに気温から寒いと感じたのだとは考えなかった。先程私が感じた未知への恐怖心、それが未だ尾を引いているのだろうか?、正体不明の物に怖気付くなんて、案外と自分は臆病者だったのだなと、こう私は考えた。そうして、自分には未だ恐怖心が残っているのだろうか?、…。いや、怖いという気持ちは無い。と自らに自問自答した。ここで私はふと思い立ち、自分自身の体調に意識を向けてみる事にした。
…特に変わった変化は無さそうだった。私は『自分は元気だな。』と思った。そこで今度こそと廊下の中を覗こうと歩み出した。すると、部屋の中央迄来た所で私はまたブルブルッと体に震えが走った。今度はハッキリと我が身が冷え込む様な寒さという物を私は感じた。これは冬の様な寒さだ、吐く息も白くなりそうな寒さだ。こう思うと私は思わず身を縮めた。しかもその急激な寒さは続く。私は歯の根が合わずにガチガチと歯で音を立てた。
『寒いんだ。』ここに来て私は初めて自分を取り巻く室温の冷えを感じた。冬の様な冷え込みを腕や指先に感じた。私は腕を組みその両の手で上下の腕を摩ると更に身を縮めた。次にその儘で足を段々と踏み鳴らして体を動かすと暖を取ろうとした。
少しして、気温のこの急激な変化が未だ信じられなかった私は、大きく口を開けてはぁっと空気中に自分の息を吐き出した。驚いた事に白いモヤモヤが空中に出来上がる。あれぇ⁉︎、信じられない出来事に私は首を捻った。今は冬?、じゃあ無いと思うけどなあと、私は脳裏に白く積もった雪を思い浮かべた。
否、そんな筈は無い。せっかく暖かくなった季節だ。もう暑いくらいの季節になる筈の頃だ。私は冬の寒さを否定する様に首を振った。冬は嫌だ!、寒いのは嫌いだ!、私は文字通り冷え込む冬の季節が大嫌いだった。でも、この自分の周囲の空気の冷えは如何だ。全く冬の家の中、私が知っているこの部屋の、雪の季節のその時の、その状態その儘ではないか。
「否違う!、冬じゃ無い。もう暖かいんだ!。」
私は自分自身を説き伏せる様に、居間の空間に向かって自分の考えを主張した。そうして頭の上に高くそそり立つように広がる空間、居間の屋根へと続く空間へ、さも挑戦するかの様にじいっと見上げた。