お前何か言ってたよ。譫言みたいに。ブツブツ…。祖母は沈んだ様子と口調でそこ迄言っていたが、ふいと顔を上げ、
「その前は、何か叫んでたしね。」
と、ふふっと微笑むと、ここで祖母は一寸お茶目な口調で私にこう言った。そんな彼女はというと、きちんと畳に正座しており、如何にも長くその場所、その空間にどっかりと腰を落ち着けていたという風に見えた。
「お祖母ちゃん、何時来たの?。」
廊下じゃなかったのかと、私の方にすると然も不思議そうに祖母の目を見詰めてこう尋ねた。すると、彼女は無言で私の目から自分の視線を逸らし始めた。恥ずかしそうにジリジリと、祖母の私に向けていた正面も次第に横へとずらせて行くのだ。そうして祖母の体が私の正面からやや斜めの向きに迄なると、彼女の顔も斜めに向いてまた俯き加減となっていた。
「少し前だよ。」
俯きながら彼女は、ボソリとした声で私に答えた。祖母は私から顔を背けていたが、上目遣いでチロチロと私に視線を向けている様に私には見てとれた。『何だろうか?』。祖母の様子もそうだが、私自身も時折頭がクラクラと来る。その都度視界も暗くなり、私は闇の中、見通しが効かなくなるもどかしさを感じるのだった。
お前、祖母は口を開き掛けたが、言い淀んでいる様子だ。お前、また彼女は言葉が途切れた。私は自分の目の焦点を彼女に合わせようと、せっせと努力していた。
「お前、目がおかしくなっているよ。」
何回目かに、彼女は渋々という様な口調でこの言葉を自分の口にした。えっ?、私は直ぐには彼女の言葉が理解出来無なかった。『可笑しい?私の目が?』、当然、私にすると毛頭だ、決して面白い顔をしているつもりはなかった。そこで盛んに首を傾げてみるが、私にはさっぱり祖母の言いたい事は分からなかった。可笑しいって?、どんな目かと聞いてみる。と、祖母は私に自分の目で以て寄り目をして見せてくれる。
「この目と反対だよ。」
そう言って彼女は「お祖母ちゃんにはそんな目難しくて出来無いからね。」と言うのだが、私にするとこの祖母の反応で、謎は益々深まるばかりとなった。
さて、時は少し戻って、ここは廊下である。彼女は彼女の長男の嫁と話をしていた。嫁の方は自分の子供の取った行動について、夫の弟である義弟、四郎と、やはり夫のもう1人の義弟、三郎の子等である甥等に、この家で姑等と同居している四郎の子に対して、彼女の子で有る娘の取った行動について、彼女に親としての責任を取り謝罪する様求められていた。
そうしてその後、彼等は彼等の母であり祖母でもある彼女と、義姉であり伯母である彼女の長男の嫁の目の前で、彼等の目撃した長男の子の取った言動を再現して見せた。すると、流石に気丈夫な嫁の方でもその光景にばつの悪い思いを隠せないでいた。彼女は思わずばんと彼女の娘の頬を打った。娘は打たれた反動でその場から段差のあった台所の床へと落ち込み、その場にドサリと倒れ込んだ。
ここで、打たれて倒れた女の子の祖母でもある彼女は、女の子に乱暴なと言うと、姉さん止しなさいと長男の嫁に窘めの言葉を掛けたが、その後、嫁の娘、彼女の孫に当たる女の子にこの人呼ばわりされた。こうなると彼女もまぁとばかり、衝撃と驚きを顔に隠せない。嫁の方も狼狽えた。自分の娘の度重なる暴挙に、如何この後の始末を付けたものかと言葉少なで思案挙げ首という風情で有る。彼女にしても直ぐに取り成す言葉が無い。自分の孫に当たる娘の事、これ以上事態が悪化しない様にと只々願うばかりであった。彼女は目の前の長男の嫁を見守った。彼女は自分が見込んだ嫁の如才の無い采配に期待を掛けていた。