Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 120

2021-03-08 11:59:13 | 日記
 「落ち着くも何も、お前、大丈夫なのかい?。」

祖母が言った。私は大丈夫だと答えた。そうしてそれより何かあったのかと、逆に祖母のこの紅潮した興奮状態について、不安に思いながら重ねて尋ねてみた。

 「私に?、いや、有ったのはお前達の方だろう。」

いとこ同士なのに、喧嘩したのかい?、親戚なんだから仲良くね。と、彼女は静かな口調で私の事を諭す様に語り掛けて来た。そんな祖母は腰をやや屈め、私の顔を出来るだけ優しい面差しで見詰めているのだ。『従兄弟と?』訝った私は、「何も無いけど。」と彼女に答えた。

 すると、これだから子供の話は埒があかないんだと、祖母は溜息混じりで腰を伸ばすと、私から顔を背けた。彼女は顎を上げると、その身を逸らす様にして大きく口を開け、座敷に向けて、四郎、如何したんだい。そこにいたんだろう。何かあったんだね。お前ちゃんと子供達を看ていなかったんだろう。と、襖越しの隣の部屋に自分の声が届く様に歯切れのよい通る声を掛けた。が、やはり座敷の中からは相変わらず応える声が上がって来なかった。

 「叔父さんここにいなくて…」

やや間が有って後だ、私の一つ上の従兄弟の声が、遠慮がちに私達の所へ聞こえて来た。

「だから、叔父さん返事出来ません。」

祖母はふうんと言うと、開いていた口を閉じた。それから彼女は、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、お前まだいたのかい。四郎がそう言えって言ったのかい。お前にそう言ったんだろう。と、これは今返事をした障子の向こうの従兄弟へ彼女が言ったのだが、祖母の話を傍で聞いていた私には、この間の祖母の話はさっぱり要領を得なかった。

 「見てない。」「四郎叔父さん見てないよ。」ぽそぽそと、小声がそう言えと言うのが聞こえた。これは男の子らしい声だ。座敷内部にもう1人子供が増えた様子だ。

 おや?、一つ上の従兄弟とは違う、誰か違う子の声がする様だ。と私は思った。私が耳を澄ませようとすると、「お前まで、如何してそこ迄入って来たんだい。廊下にお戻り。」と、祖母はピシッと苛ついた声を上げた。「もう2人で家にお帰り。さっきも此処は取り込み中だって言っただろう。」と、彼女は座敷に向かって咎める様に言い渡した。「ほら」と、やはり咎める様な調子で言う声が座敷でして、帰ろうと言う声がした。

 その後も座敷では小声で話をする気配が続いていたが、その内静寂が戻った。祖母はふんふんと身を動かして耳を澄ませると、座敷や廊下の物音に自身の注意を配っていたが、その内ふいと彼女の足元にいる私を見下ろした。と、彼女はすっと手を伸ばし私の右手を取った。その私の小さな手を彼女の両掌で軽く丸めると、祖母は優しく握りしめた。

 「女の子を殴ったりしちゃダメだよ。今日は身内の中だけの話で済んだけどね。」

と、外で女の子を殴らない様にと、祖母は孫の私を諭すのだった。これは改まって、祖母から私へと託され教訓である。彼女から孫に対して行われる、一般的な社会教育の一環なのだ。と、この時の私は解した。

 私はこの祖母との関わり合いが嬉しく、にこやかに笑みを浮かべた。ハイと明るい笑顔で彼女に返事をした。そんな私に祖母は目を細め、ご満悦の笑み浮かべるとよしよしと頷いた。

 彼女は聞き分けの良い孫に、つい頭を撫でてやろうとしたが、ハッとしてその手を引っ込めた。危ない危ない、彼女は呟いた。「そっとして置かないと、頭だものね。」こう言うと、どれと言って、「そっちの手もお見せ。」と、彼女の目の前に立つ孫の、もう片方の手も握ろうと孫の左手を取った。そんな彼女の顔に暗い影が差した。