今日は確かに、訳の分からない事が多かった。けれど季節の移り変わりや、それに連れての年間の気温の変化という、四季の周期的な繰り返しについて、自分には体験的にもう分かっていた。今回は騙されないぞと、私は内心奮起した。天井に居間に、そこに広がる空間に向けて、もしそこに何かいても私は決して騙されないぞと、私にとって不可思議な事象に攻撃するべく私は言葉をぶつけた。
「私は負けないからねー、騙されるもんか!。」
私は目の前に広がる空間、階段の部屋に向けて人差し指を立てた腕を指し出した。そうしてその腕を数回、さも目の前の相手に向けて自分の考えを主張する様に上下に振ると、同時に同様の言葉を繰り返した。
「お前何しているの?。」
私が声の方向に振り向くと、廊下から祖母が現れていた。この祖母の不意の出現に私は驚いたが、先程から寒さに震える中でも、私の耳に廊下での祖母を含めた数人の遣り取りの声は届いていたので、私にはこの祖母の出現に対して有る程度の心の準備という物が有った。
ああ、お祖母ちゃん。そうかと私は自分に相槌を打った。そんな所で何を言っているんだい、祖母はそういうと、緊張した面持ちの内にもやや呆れた様な表情で「言いたい事があるならこっちで…」と、彼女は私の事を廊下へ誘う素振りを見せた。
私は至極真面目に、何かが私を誤魔化している、騙しているのだと彼女に訴えると、この部屋寒いでしょう、と、彼女にはぁっと自分の息を吐いて見せた。私の目の前にふわふわと広がる白い湯気。私はその吐息の広がる空間を指して、ほらねと彼女に言ってみせた。
祖母はおやまぁと顔を顰めたが、その目は明るく笑っていた。「お前そんな事言って誤魔化して。」彼女はそう笑って言うと、「お前気に入ったんだってね。」と嬉しそうな感じで私に話し掛けて来た。
私は目の前の祖母が本物の祖母だろうかと疑った。彼女の言葉の意味が分から無かったからもあるが、困惑した様な笑顔の祖母の顔が、その言葉の調子が、普段私が見慣れている彼女のそれと違い改まった雰囲気を持っていたからだった。私は横目でちらちらと彼女の顔付きを観察してみた。そんな私の目付きに祖母はふいと顔を曇らせて、お前もかいと嘆息した。
難しいねぇ、折角これだけ小さい子も増えたと言うのに…。あっちを立てればこっちか。視線を落とし彼女がそう零すのを聞いて、何故だろうか、不思議と私は目の前の人が自分の本当のお祖母ちゃんだと確信した。そこで祖母を疑った事を反省した。私はその間の自分の事情を彼女に説明した。加えて私が感じている現在の、この居間の異常についても訴えた。私は暖かい時節なのに、自分の息が白くなる事が如何にも不思議だ。と再度彼女に実演してみせた。そうして、ねっと、私の傍で暗い顔付きで目を閉じた彼女を見上げると、彼女に同意を求めた。
「そうかも知れないね。」
ぽつりと力無く祖母は言った。「そうかもしれないねぇ、お前がそう思うんなら。」そう彼女は言うと、何かあったのだと気落ちした声で呟いた。
その時、障子の向こうの座敷で、「私、見てた。」と言う子供の声が上がった。叔父さんも見てたよ。と言うその声は、三郎伯父の下の子にあたる、私より一つ年上の従兄弟の声に相違無かった。祖母はきゅっと唇を噛み締めて口を一文字に閉じた。
「外孫だよ、」、親戚の、孫といっても外の子だ。お前は家にいるんだからね。そう祖母は私の顔を見詰めて言うと、「気にしなくていいからね。」と、如何にも私の気持ちを取りなすとい様に私に語り掛けて来た。そうして、お黙り。もう帰らせなさい。と、そこにいるだろう、座敷の中にいて従兄弟の側にいるだろう、私の父に向けても彼女はきつい言葉を掛けた。しかし部屋の中からは何の返事も無かった。
聞こえたろう、その子を返しなさい。再び祖母は座敷の向こうに向けて声を掛けたが、やはり座敷の中では無言の状態が続いていた。祖母の顔は紅潮してきた。彼女がイラついて来たのが分かる。私は思わずお祖母ちゃん落ち着いてねと声を掛けた。