お前はそんな乱暴な子じゃない。お祖母ちゃんはちゃんと分かっているんだ。ちゃんと分かっているんだからね。遂に彼女はそう繰り返して、目の前の幼い孫に言い含める様に引導を渡した。『こっちを悪くしておこう。』彼女はそう考えたのだ。どうせ真相は面に出ないのだ。
この子の方が小さいのだし、あの子も自分の非は誤魔化してしまうのだ。何時もきちんと話した例は無い。妹の方にしても、姉には逆らえない子だ、口を噤んだ儘だろう。彼女は考えた。この子だってこの歳だもの、何があったかはいずれ忘れるだろうよ。それで無くても、如何やらこの子のこの様子では、この子自身が、何があったかも気付いていない様子だ。
彼女は小さい孫が事の次第について殆ど全くと言ってよい程把握していない事をよしとした。『ここで事を荒立てて、折角の初孫にケチを付ける事も無い。』彼女はこう決断したのだ。
その時、廊下の方で「このまま帰るんですか、何も言わずに。」という男性の声がした。それは改まった物の言い方だった。「まぁ、四郎さん、この度はお悔やみ申し上げます。」この女性の言葉も丁寧な中に余所余所しさがこもっていた。男性は「その言葉は未だ尚早です。」と言い返している。こちらも女性に負けず劣らず余所余所しい声音になっていた。
何やら廊下の端では不穏な空気が漂い始めた。居間にいた彼女は渋い顔をして、自分の注意を目の前の孫から、廊下の奥の男女へと向けた。そちらで今喋っていた男性はというと、彼女の息子、この家の四男の四郎である。方や女性の方はと言うと、長男の一郎の嫁に当たる女性である。この男女2人は義理の姉弟に当たる。彼女の息子と、その息子にとっては兄嫁に当たる女性が、如何やら廊下で対峙する気配である。
義姉さん、兄さんの奥さんになるのでそう呼びますが、元は他人のあなただ、私や私の子とはそう親しくも無い、未だ気の置ける間柄です。その関係で、自分の子供の不始末の、始末も付けずに親のあなたは帰られるんですか。こう義弟にいわれると、彼女の方も、ええと、私は確かにあなたのお兄さんと結婚していますからね、あなたの義姉になるんでしょうね。と、自分の意思に関わらずに、世間一般ではそうですねと、ここはもうとばかりに、彼女も今迄胸に抑えていた物を如実に表に出すと彼と対立し始めた。義姉も義弟も負けてはいなかった。
親なら、義弟は続けた。子供に責任を取らせたらどうです。あら、四郎さん、そちらこそあの子の親なら、親の責任は?、女の子の顔にアザ等作って、どう責任を取っていただけるんでしょう。と、義姉も引かずに、両者はがっぷりと四つに取り組んだ。
はぁぁ…。居間にいた彼女は溜息を吐いた。目の前にも奥にも孫を置いている。彼女は無言の儘でちろちろと、幼い儘に合点のいかない顔をしている自分の目前の子供の顔を眺めてみる。『折角丸く収まると思っていたのに…。』、「四郎ときたら、事を荒立てて。」、彼女は自分と現在同居する、四男の子を前に、只々潮垂れているばかりだった。
「運のいい子だね。」
不意に私の祖母が言った。これでお前の方は悪くならずに済むよ。一寸ここで待っておいで。と、祖母は何やら決意した顔付きで私に言い置いた。彼女はその儘居間から廊下の奥へと姿を消した。私は訳も分からずまた居間に1人取り残された。