家の居間には、玄関方向から居間の側面を突っ切って、かつては玄関から家の奥へと長く続いていただろう土間が在った。土間の入り口は畳一枚分を優に横にした広さで、差し違えの木戸に対応していた。それが居間の角から側面に掛けて半分程の幅になり、その儘奥へと続いていた。
現在この土間は廊下に差し掛かった入り口で木の板壁で閉じられている。この壁の横反対側が廊下の入り口で、片側だけの引き戸になっていた。だから、廊下へ入る戸口の障子戸を開け放した時に、その戸が収まるスペースがこの木壁の前だ。木壁の奥はというと、既に台所まで続く廊下同様に床が張られていた。この床上にはこの家の、古めかしい過去の遺物といえる物品が種々雑多に積み重ねられていた。謂わば台所へ続く廊下の反対側半分は、家の物置スペースとして活用されていた事になる。かつては家の裏まで土間続きで抜けられる様になっていたのを、祖父母の代でこの様に改築した風情だ。
普通の旧家では、土間の行き着く先が竈門等設置された台所部分になる。その先には更に便所が在り、家の勝手口、緊急時の避難路と、裏庭に抜けられるスペースが設けられていた様だ。この造りは商家としての旧家が大抵そうである様に、この界隈にでんと間口を構える店々においては、皆が共通に持っていた間取りだと言えた。
さて、玄関から土間に入ると、一瞬気持ちが引き締まる。緊張した様な改まった様な心地になる。それはこれから家の奥へと進むという、その為に人が潜り、敷居を跨ぐという入り口の、木戸に格別の重厚さがあった為と、入った部屋の頭上、吹き抜天井の高さのせいだっただろう。
人は木造屋の大造の家屋を視覚や肌で感じ取ると共に、嗅覚でも、湿った土間の空気と年代物の木の香を辺りの空間から捉えた。これは客商売上の来客と謂えども、この家では家族では無い事、ここは他所の家であるという自覚を齎た。それは訪問客に対して、安易と家の奥には侵入出来ないぞという、畏まって改まった気持ちにさせる効用が有った。この効果が木戸と居間に含まれるのは、この家に置いて、窃盗等、犯罪を拒む意味合いが多分に有ったのだろう。この戸自体がかなり重く、厳しかった。また戸に嵌め込まれた細かい格子の其々の根元には、金属製の小さな鋲等、花飾りの様に数多く打ち込まれていた。これは武士の鎧を連想させる設えで、見栄えも造りもがっしりとしていた。加えて表面には艶のある漆が塗られ、一対の扉に外見上も美しい光沢を与えていた。