Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 123

2021-03-12 15:33:34 | 日記
 はいはいはいはい、彼女はにこやかに孫の手を弄りながら、その冷え込んでいる方の片手だけを自分の両手の中に残し揉んだりさすったりして温め始めた。そうしながら彼女は、時折孫のもう片方の手も取ると、2つの手の温かさを比べてみる。…「戻らないねぇ。」。

 戻って来ないと彼女は呟くと、また酷く落胆した。もうこの場をこの子の親に譲って、自分は奥に引っ込もうかと思う。彼女は孫に対して正面を向いていた自分の向きを、じりじりと奥へと向け始めたが、その事から彼女の片耳が廊下の方を向いた為だろう、廊下の話し声や物音が、彼女の耳に、 その意識下に届き始めた。

 わっ、した、わっ。これは自分の長男の孫の、下の方の子の声だと彼女は思った。しい、しつ…。何やら姉が内緒だと妹を制している様だ。何かしら?、と彼女は耳を澄ませた。あの子避けて、お姉ちゃんどんした。孫の妹の子の声に、祖母である彼女は、相変わらず要領の得ない話し方をする子だと不甲斐なく思ったが、下の子だからと、嫁に出る子だ、まぁ器量は良い子だからと大目に見て自分の気持ちを納得させると、更に廊下の先の声に自分の耳の神経を集中させた。「あの子というのは智ちゃんね。」お前気に入ったんだったね。あれで普段は良い子だものね。と姉妹の母、彼女の長男の嫁の、如才なくこちらに配慮したという中にも、如何にも思わせぶりな調子を含めた話し方に、姑の彼女は元気無く視線と肩を落とした。

 「でもね、お姉さんに乱暴するなんて、」

女の子の顔を叩くなんて、幾らこの家の子でも、小さい子でも、それは許せない事よね。

「お母さんにちゃんと躾はしてもらわ無いとね。」。

 嫁のこの言葉に、姑の彼女は思いっ切り眉を顰めた。あの様子では、嫁はここまで苦情を言いに来る気だ。もし来れば、嫁の手前自分は目の前のこの孫を酷く叱責しなければいけなくなる。ことによると、自分がこの子の頬の一つでも打たなければ、あの嫁の気持ちは収まらないだろう。こう彼女はこれからの事の成り行きを推量した。

 そうすると、この子の事だ…。彼女は目の前の子供の顔を憂うる様に見詰めた。『この子は何かと根に持つ子だからねぇ…』、溜息が洩れる。自分は今度はこの孫にまた暫く敬遠されるのだ、きっと何日か自分を避けて口も聞いてくれない。その間隔も

「段々と長くなったよ。」

この前は何日だった?と、彼女は目の前の子に独り言を漏らす。「週どころか、月で言った方が早い勘定じゃなかったかい。」。過去を思い出した彼女は不機嫌に感じ、その半身と顎を引いた。

 『それが暫くの事で済めば良いが…。』

この孫も、もう記憶に残る年頃である。生涯に渡って自分が嫌われる可能性は可成り高い。彼女は自分の幼少期も含め、様々に関わり合って来た彼女の周囲の人々との過去の関係をその胸の内に甦らせた。自分が親や祖母の立場に立ってみると、ああ、あの時あの人は、そうだったのかと、その立場に合点し符号する出来事も少なからず有った。犬猿の仲となり、和解する事なく見送った身内もいる。今更あの人には悪い事をしたと後悔しても、文字通りに後悔先に立たずである。『この子は分かってくれるかしら?。』

 「分かってくれるよね、智ちゃん。」

彼女は神妙な顔付きで、もう、これから自分がしようとする事への後悔の念をその表情に浮かべた。彼女は自分の目の前で、きょとんとした目付きで自分の目を見詰め返して来る、何思うところも無さそうな孫の顔を渋面をして覗き込んだ。「仕様が無いんだよ。」「元はと言えばお前が悪いんだから。」。