この様に、土間に続く木戸は家の内に在り、この家の要としての堅牢さと、この家の主人の嗜みや美的感覚という物を、暗黙の内に来訪者に告げていた。この戸は家の家財としても別格の物で、漆細工の逸品となっていた。
そんな豪奢な我が家の引き違い戸だったが、開け閉め時にはガラガラと無骨でかなり耳障りな騒音を立てたものだ。それは商家というだけのみならず、この家という物自体においても、やはりこれが防犯上存在するのだという証だと言えた。
ところで来客は、この戸から一歩入ると緊張した面持ちになり、瞬時躊躇して黒っぽい湿った土間に立つのだが、この家の主人、または先客に寄って招かれると、居間の畳の間へと上がる事が出来た。多分、現在この部屋が持つ掘り炬燵周辺は、かつてのこの家の冬の憩いの場、来客達の囲炉裏端の役割を果たしていたのだろう。高い天井の中空に鉄瓶や鍋など釣り下げる為の道具、その細く長い柄の名残が、黒く固まり硬く延び、傾きながら現在迄未だ確かに存在していた。
私はこの土間への玄関側の降り口と、掘り炬燵の手前にある位置、その畳の上にぽつんと立っていた。相変わらず私は腕をさすっていた。が、不意と何気無く腕を回してみた。すると、腕の外側でぽきん!、と小さな軽い音がした。その時局所的な痛みもチクリと走った。私は、これは怪我をしたのだと感じた。そこで痛みのあった部分を探るべく、自分の神経を音のした方の腕に集中した。また私は、その痛みや音のしたらしい部分を反対の手の指で弄ってみた。
如何やら、今は痛みを感じない様子だ。では、と、私は実際に目で以ってその部分を覗き込む様にして確かめてみる。…本当に何とも無さそうだ、と思う。腕には血の出ている様子も無かった。何だったんだろう?、と、暫し考えてみた。が、これは私には初めての経験であり、何が有ったのかは全く理解不能な現状となった。きょとんとして、私は腕を弄る手を止めた。
次の瞬間、
「早く呼んで来なさい!。」
廊下で、誰かの金切声に近い大声が響いた。それが祖母かどうか、私には判然としなかった。私はハッとして頭を上げると、反射的に自分の視線を腕から前面に移した。私はその儘の姿勢で耳にだけ神経を集中してみた。私はこの時丁度廊下から横を向いていたのだ。その為耳にだけ注意を向けていればよかった。
するとその直後、私の真っ直ぐに延ばした視線の先、隣の階段の部屋の空間に、部屋を横切る影が差した事に私は気付いた。その影は有色となり、色は衣類の物と識別すると、私はそれが人だと判断する事が出来た。そうして次の瞬間、私はその人物とはっしとばかりに視線が合った。途端、あれっ?と私は思った。その人物は三郎伯父の家の長男、私の従兄弟だったのだ。