四郎は自分の身近で、彼に頼る様に寄り添い、おずおずと佇んでいるこの子の言葉に気持ちが揺らいでいた。
『確かに母の言う通り、あれは間が悪い所があるからなぁ。』
と、内心不安が頭を擡げて来る。う、うんと、彼は言い淀んだ。が、ここまで事を荒立てて来た手前、後にも先にも引けない自分の身を感じるのだった。結局彼は、最終的にまぁいいさと口にした。
「本当にいいんですか。」
彼の義姉がにこやかに余裕のある言葉を発すると、自分の明るい笑顔を彼に向けた。彼女は男性側の今の遣り取りで、劣勢だった自分や自分の娘の立場が好転しそうだという気配を俊敏に感じ取ったのだった。彼女は喜びで思わず口元が綻んでしまう。
方や四郎の母、彼女の方は反対に顔を曇らせて俯いた。またこの子の早とちりかと思うと、嫁の前でこれから先、自分は自分の息子が暗転する逆転劇を見るのだと、彼女にはこの先のこの場の場面展開が予想されて来っる。すると彼女は、この恥ずかしい息子、四郎を育てた親は誰?、というと、自分だと、自問自答して返ってくる答えに、彼女は否応なく身に迫る母の責任というものをひしひしと感じ取った。
彼女はこの先、自分はこの嫁と同じ子の親という立場で、彼女に非常に恥ずかしく身の細るような思いをしなければならないのだ、と感じた。そう思うと彼女は姑という立場で嫁の真面に立ち、その胸中は如何ばかりかという場面となった。「まぁいいさ、男に二言は無い。」、思い切りよく、再び彼女の息子の四郎は言った。
…。まぁまぁ…。ほほほほほ。と、暫くして、自分の娘達の遣り取りに得心して、事を整理した彼女等の母である嫁は言った。
「それでは、あの子が先に手を出したのね。」
明朗な嫁の声だった。
「それは違うと思うけど。」
透かさず叔父四郎の側に寄り添った子の方が言った。「智ちゃんは避けただけだよ。手なんか出してない。」と、子は血の繋がらない、姻族上の伯母に文句を言う様に言った。「手を出さずに、自分は階段に顔を打つけただけなんだよ、智ちゃんは!。」。「それもこれも、あの子は態と避けたんです。」、嫁も負けてはいない。「性質の悪い子なんですよ、あの智ちゃんっていう子は。」。
伯母から反撃された子は驚いた。ええっとばかりに声を上げると、智ちゃんが、態と。智ちゃんが、…態と?と、考え込むと、幼子は半信半疑の体となった。