Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 76

2020-11-20 09:55:41 | 日記
    私の母がそろりと居間へ姿を現した。その顔はというと、私の目にはさも嫌そうな渋り顔に見える。片や祖父の背は丸くなり、彼が非常に喜んでいるのが私には分かった。『お祖父ちゃん、嬉しそうだな』と私は感じた。
 
    姉さん、良かった!、来てくれたね。祖父の声が安堵に震えていた。私の読み通りだなと私は思った。
 
   この時、 母は私の方を努めて見ないようにしていた。反対に、私はそんな母をずーっと見詰めていた。母は祖父の言葉に不承不承に頷きながら、早く、早く此方へと、急かす祖父の言葉にも、彼女の足はピクリともせず、彼女は疲れた様子で居間の入口から全く動く気配がなかった。
 
    どうしたんだい、自分の子供の一大事だろう。そう祖父は言うと、私の母の様子を満遍なく見ていたが、「あなたでは駄目だね、四郎は、あれはどうしたんだ。」、と彼女に尋ねた。
 
    母は、廊下の方に視線を遣りながら、四郎さんは…、と、口ごもった。
 
 「 しー、いない、いない。」
 
そんなひそひそした声が私にも聞こえた。祖母の声だと私は感じた。
 
「 いない、はて、子供の大事に親の片方は何処へ行ったのやら。」
 
祖父は如何にも不思議そうな声を出した。「では、あれは何処へ、?。」と祖父が気を取り直したように尋ねると、「裏庭へ、2人で行ったとお言い。」と祖母。空かさず「母さん」と、これは私の父の声だ。家族は皆近くにいるのだと私は感じた。『家の大人は何を遊んでいるのだろう?。』私は怪訝に思った。
 
    そんな家の大人達の遣り取りが進むに連れて、私は祖父の強張って来た背に、この遊びに彼が相当焦れて来ていると勘付いた。そこで、私は階段の上から皆に向けて、どちらかというと廊下の向こうの人物達に向かって、事が進行する様にと図り声を掛けた。
 
「いない、いない、」
 
「裏庭へ2人で行ったとお言い。」
 
と、こう祖母の言葉を真似た。
 
 すると母は、彼女が姿を現してから初めて私に視線を注いで来た。彼女は私と目が合うと、不思議そうに目をしば叩いた。「あれ、智ちゃんは…。」、意外だと言うように母は口にした。彼女は進もうと足を上げたようだが、先程の祖父よろしく2度3度と、彼女の足は力余った勇み足の様に空を搔いた。
 
 家の大人は、嫁に来た母でさえも義理の父に似るものの様だ。私は意外なこの母の光景を見て摩訶不思議な気分になった。つい可笑しくなって、ハハハと声に出して笑った。先程からの廊下にいるらしい父と祖母の様子も、この時の私の笑いの中には合わさっていた。
 
    私の明るい笑い声を聞いた母の気配は、なあんだというようにそれ迄の堅苦しい緊張の様子がほっと一気に緩んで見えた。もう、お義父さんたら、死んだなんて言うから…と、母は「脅かさないでください。」と祖父を恨めしげに見遣った。それから彼女はよいよいと、よろめく様に緩やかに前進を始めた。
 
 母は非常にゆっくりとだが、如何にも満足気でにこやかな笑顔を湛え、私の方を一途に見詰めながら歩いて来る。そんな彼女は、「智ちゃんふざけてたんだって?」等、口にした。祖父はそんな母に、慌てた様子で彼女の顔に向けて、違う違うと手をばたつかせて見せた。
 
 「あんた、そんな外連味の有る子にあの子を育てた覚えが有るかね。」
 
そう言うと、小声で真面目、真面目と囁く。母は怪訝な顔をして、でもお義父さんと、智は目も開いているし、話すし、口も動いていますよ。さっきは手も振っていましたし。と、解せない雰囲気を彼に露わにした。
 

今日の思い出を振り返ってみる

2020-11-20 09:51:34 | 日記

うの華 97

 何時しか私は板の上に四つん這いになると、丸く弧を描く模様達に目をくっ着ける様にしてそれらを嘗める様にしげしげと見詰めていた。その薄い茶色いから焦げ跡のように暗く濃い木目迄、樹木が......

 曇天の今日。気侯は穏やかです。1日の新型コロナの感染者数、こちらでも増えつつあります。溜息ですね。

うの華3 75

2020-11-19 15:30:26 | 日記
 「本当に、お前という子は可笑しな子だなぁ、智ちゃんよ。」
 
祖父は笑顔で興味深げに言った。
 
「この悲劇の、祖父孫の今生の別れという、ここ一番の見せ場という物を、こうも上手く喜劇の場面に変えてしまうとはなぁ…。」
 
これも何かの一つの才能かしら。そう嘆息めいて言い終えると、彼は静かに目を伏せた。しみじみとした風情が祖父を取り巻いて行く。彼が感慨に浸っているのを私は感じた。
 
 やはり私には、自分と祖父の間で何が起こっているのかさっぱり見当も付かない。この状況を打破したくて、私は先ず自身がしゃんとしようと決意した。そこで自分の体に力を入れて身を起こそうとした。
 
 ズキン!
 
頭の一部に強烈な痛みが走った。「痛い!」。私は思わずうっと首を縮め、顎を引いた。「大丈夫か⁉。」祖父は血相を変えた。
 
 「動かずじっとしていなさい。静かにな。」と、祖父は窘める様に私に声を掛けた。「酷く頭をぶつけていたからなぁ。それは痛いだろうさ。」と、彼は嘆息した。
 
 お前は多分知らないだろうが、2度も階段から落ちて、2度とも頭をぶつけていたんだ。しかも2回目は酷かったんだよ。階段の踏み台にぶつけてな、その前にも階段の板にぶつかって、こうポンとな、弾んで落ちて、踏み台の角にだよ、ゴン!と…。
 
    祖父は言葉を発する事が出来ず、ぐぐっと喉が詰まった。…
 
 ぐっと、堰を切ろうとする物を抑えた彼は、「キユゥ!」…、とな、…キュゥ!と言ったんだよ!、お前はな。そう言って言葉を切った。ちらっと、彼は私の反応を見る様に横目で私の様子を窺った。
 
 「きゅぅ!?」
 
私は不思議な思いで祖父の今の言葉を真似た。
 
「そう、そうだよ、それ。」
 
その通りだ、今のお前の言葉の通りだったと、祖父は非常に驚いた顔付をした。次に真面目に私の顔を覗き込んだ祖父は、智ちゃん、確認だけど、冗談じゃないよね?、と言った。今迄の、この階段で起こった出来事は、皆全て、冗談じゃないんだよね。こう祖父は半信半疑、覚束ないという様な面持ちで私に問い掛けた。
 
 「冗談、」
 
だよっと、ふざけて言おうかと一瞬思った私だったが、何だかこの時ふいとこの私の興は引っ込んだ。
 
「…じゃないよ。」
 
私は答えた。
 
    私は先程感じた頭の痛みに用心しながら身を起こした。痛くない程度に体を動かすと、私は階段の板にちょこりと座った。祖父はそんな私に慌てて身を寄せると、介添えする様に彼の手を差し出した。やはり「大丈夫かい、落ちるなよ」と声掛けしてくれた。私は大丈夫、大丈夫と答えて微笑んだ。が、やはり頭に痛みが走った。
 
 笑顔でいたが、ツツツ…と声に出る。ほれ見た事かと祖父。呆れ顔の祖父に私は苦笑いして見せた。
 
「お前という子は、」
 
お前の大丈夫は当てにならないんだ。これで、今回よく分かったと、彼は腕組みすると、階段の板を背凭れにして、その下の階に深く潜り込んだ私の様子を窺いながら、静かに階段を下りて畳みの上に降り立った。
 
「当てにならない智ちゃん、そこで静かにしているんだよ。」
 
そう言うと、彼は廊下の入り口に向かって大声で、そこに誰かいないのか、と声を掛けた。
 
 「誰かいるんだろう、出て来て手伝っておくれ。」
 
私1人では荷が重いよ。四郎、姉さんは?、早く出て来ておくれ!。最後は命令口調と言ってよい言い方で、祖父は苛々と言葉を発していた。彼はその場から動こうにもそれ以上私から離れると、事何か起こった場合に素早く対処出来無いのだ。彼はぎりぎりの線で間合いを量る位置に立つと、私の気配に気を配りながらその間合いを保っていた。
 
「早く!、力の無い者は持つ身には重いんだよ。」

今日の思い出を振り返ってみる

2020-11-19 14:05:09 | 日記

うの華 96

                  うの華 二部  今日も今日とて朝食後、私はいそいそと縁側へとやって来た。縁の入口にある障子戸の敷居に腰を掛けると、一段下がった場所から長......

 とても良いお天気です。夏日です。半袖でいます。夜半から雨になるようですが、暑苦しい夜になるようです。小春日どころか、ですね。
 でも、久しぶりに夏に会えた気がして、何だか嬉しくなります。一番好きな季節ですから。(最近の酷暑は流石に参りますがね…。)

うの華3 74

2020-11-18 09:24:26 | 日記
 彼は興味深気な顔付きをして私を見た。面白そうに私の口元を眺めていたが、よく回る口だなと呆れた様に嘆息した。

 祖父は、「分からないなぁ。」、そう呟くと、不思議そうな目をした私に、「お前の事だよ」と語りかけた。私?、私の事が分からない?。そうか、祖父はやはりおかしいのだと、私は思った。

 「智ちゃんだよ、」

私は応えた。

「智ちゃん、私は智ちゃん。お祖父ちゃん、目の前の男の人の、お祖父ちゃんの孫だよ。」

嫌だなぁ、お祖父ちゃん。と、私は歳を取ると耄碌すると聞いた事があるがと、ご近所で聞き齧った世間話を思い出していた。

 何処そこの誰それは、もう耄碌してもうの字だ。夫や妻、子等、家族の顔も分からない。家へ帰る道はおろか、自分の名前も分からないそうだ、等。まぁ嫌だ、困った事だ。そんな世間話を1、2回、私は出先のお店で聞いた事があった。

 そうか、祖父はもうそんな歳なのだと私は思った。そうなると家族が大変だと聞いた話も思い出した。「家族の心痛が思いやられてなぁ…。」、そんなお店の主人の言葉を思い浮かべると、私は自分の祖父がと、しみじみとした感慨が湧いて来るのだった。

 お祖母ちゃんも大変だ。自分の夫であるお祖父ちゃんに、妻である自分の事が分かってもらえないなんて…。そう思った私は、祖母の身につまされて彼女の事が非常に気の毒になった。祖父にとっては孫の私より、長く連れ添った妻という立場の相手である。

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃんの事は分かるよね?。」

そう訊いてみるのだった。

 すると、おばあちゃん?、そう彼は言って、はてと、おばあちゃん?、お前がそう言うからにはあれの事かな、と首を傾げた。そうして奇妙な顔つきで彼は私を見やった。彼は首を捻り捻り、「しかし、何故?、…。何故、今あれの事が…。」と、思案投げ首状態となった。…。

 怪訝な顔付きで首を捻る祖父の姿に、私はやはりと確信を深めた。感極まった私は、

「お祖父ちゃん、惚けないで!、」

確りしてよ!。と、彼を叱咤した。お祖父ちゃんが惚けたら、家の誰より祖母が可哀想だ、と、私は彼に強く訴えた。思わず目に涙が滲んでくる。祖父はそんな私を、ポカンと口を開けた儘、無言の儘で見詰めていた。

 さて、彼はさも訳が分から無いという様に、合点のいか無い儘、微笑む目で私を見詰めていたが、その内ははぁんという様に合点した。

「お前、私が惚けたと思ったのかい。」

そうだろう。という様に口にした。そこで私はおやぁと思った。お祖父ちゃん、ちゃんと分かっているじゃないかと、己が目をぱちぱちさせて思う。そこで試しに、お祖父ちゃんの名前は?、奥さんは誰?、と彼に尋ねてみると、階段の上、祖父は急に背筋を伸ばして身を逸らせると、ぷっと横を向いて息を漏らせた。無言でくっくくと肩を震わせていたが、彼が再びこちらに顔を向けると、その目には赤く涙が滲んでいた。

 私を見詰めるその彼の目から、ぽろんと一粒涙がこぼれ落ちた。と、つーつつつー。彼の両頬はみるみる涙で濡れそぼり始めた。一体祖父に何が起こったのだろうかと、私はやはり不思議な世界の儘にいた。