【Hertfordshire】
古色蒼然たる古地図。イングランドはハートフォードシャーの地図。かつて私が住んでいた所だ。この古地図は1700年代後半に作成された(と言われている)。ご覧のとおりカビだらけだ。しかし元々はカビだらけではなかった。少なくとも、22年前に私が購入した時は・・・。
彼の国でこれを購入し、私は日本にこれを持ち帰った。当時私は某有名ゼネコンの建てた巨大マンションに一時的に住んでいたのだが、北側の部屋は恐ろしいまでの結露が常に壁を覆い、水が絨毯に滴り落ちる状態だった。その部屋にこれをしばらく置いておいたら、カビだらけになってしまったのだ。この古地図を見るたびにその時の後悔がよみがえる。それ以降私は湿度や結露を忌み嫌い、とにかくそれらを抑える住み方を優先して考える癖がついた。

【Elstree】
さて、そのカビだらけの1700年代の古地図を拡大する。中心部に「Elstre(eが1つ) or Idlestrey」の文字がある。見えるだろうか?

実はこの集落に私は住んでいた。現代ではこの地名は「Elstree(eが2つ)」以外の綴りになることはまずない。しかしこの古地図では「e」は1つである。この集落名の発音だが、もしカタカナで書けば「エルストゥリー」あるいは「イルストゥリー」といった具合だろう。
現代では見かけることのない「Idlestrey」という綴りはカタカナで書くとすると、「イドゥルストゥリー」あるいは「アイドゥルストゥレイ」等と発音されたのではないか。この「Idlestrey」という綴りは19世紀になっても見かけることがあるが、その後消え去る。少なくとも公式に書かれることはなくなる。
念の為確認。19世紀作成のある地図でもすでにこんな感じだ。ただ「Elstree」とある。現代の地図と同じ綴りである。

【Northaw】
話は変わる。古地図を見ていて「オォォッ!」と思うことがよくある。それがこれだ。これもまた私のカビだらけの1700年代後半の地図を拡大したものだが、中央にある「North Hall」という集落に注目! カタカナで書けば、どう書いても「ノース・ホール」だろう。

しかしその「North Hall」は19世紀の地図では「Northaw」となる(下の地図の中央)。敢えてカタカナにすれば「ノーソー」か。19世紀あたりまでは「North Hall」と「Northaw」が併用されているが、やがて「North Hall」とはあまり綴られなくなり、現代もそれが続いて、「Northaw」という綴りが支配的だ。
しかし英国人なら「Northaw」と聞けば「元はNorth Hallだろうなぁ」と推測がつくことだろう。

「North Hall」という綴りのうち、まず「H」は、発音から落ちるのである。「あぁ~、それ知ってる。マイフェアレディのやつと同じね」と言う人もいるだろう。確かにそうだ。ロンドン下町のコクニー訛りではフランス人のように「H」が落ちるのだ。しかしそれだけではない。かなり高度な教育を受けた相当なレベルの人でも、言葉の間に「H」が入った時はその音はかなり弱い。「You have・・・」が「You've」となるのはご存じのとおりだし、それ以外でも例えば「I would have・・・」と言うような場合、速く言えば「I would've」みたいになる。
次に「L」。単語の最後に「L」がつくとほとんど発音されない。「all right」と「alright」は区別がなくなり、事実上日本語では「オーライ」と発音されるようなものだ。「L」は消えるのである。あるいは「電話してね」の意味で「Please, call」と言う時最後の「LL」は軽く舌を口蓋上につけるだけで、音にはならないのと同じだ。いや、実際は舌さえつけていないだろう。
したがって最初は「ノース・ホール(North Hall)」だったものも、続けて速く発音され、「H」が落ち「LL」が発音されなければ、「ノーソー(Northaw)」となる。それが19世紀になると発音優先の綴りに変化したと推測される。「knight(騎士、ナイトの爵位)」が、決して正しくはないが、実際上の発音優先で「K」も「GH」も落ちて「nite」と綴られるようなものだ。

これは「ハートフォードシャー・ビレッジ・ブック」。このNorthawという集落についても、記載がある。
●古地図
●現代の地図
●地誌の本
これらを交えて調べながら、机上の旅をすることはとても楽しい。

【Holborn】
古地図からは離れるが、「L」が発音されない話を続けたい。Holbornという名の街がロンドン市内にある(下の地図。これは現代のもの)。歓楽街からも近くセントラルラインとピカデリーラインの地下鉄2線が使えるので、そこで降りたことのある人も多いはずだ。さてこの「Holborn」をどう発音すべきか。文字通り「ホルボーン」と言ったら、地元っ子でないこと丸出しだ。私もかつてそう発音し、当時の勤務先の同僚から「どこの田舎から来たヤツだと笑われるよ。カッコよく言うにはどうすればよいかを教えてやろう。少なくとも「L」は落とそう。」と発音を教わった。
つまりカッコよくやるには・・・
「ホゥバーン(Ho-burn)」。
でももっとカッコよいのは、ごく短く・・・
「オゥバン、オゥブン( O'bn )」。
「L」だけじゃない。やはり「H」も落ちるのだ。「R」については最初から発音されないようなものだ。「Centre(英国。米ならCenter)」と書いて、最後に「センター」の「ー」で「R」の舌を巻いたまま音を引っ張るような人は英国にはいない。カタカナで書くと寧ろ「センタ」だ。英国ではとりわけ子音の「T」をハッキリ発音するが「R」は音にならない。
不思議なことに最近日本のIT関連の人の書き言葉にこの「R」無しと似たような傾向を見る。例えば「ルーター」を「ルータ」と書いたりするのだ。そしてそれが書き方として「正しくない」という批判を日本国内で招いたりしている。しかし本来の英語発音的には「ルーター」よりも「ルータ」の方が近いのではないか。

「O'bn」と言われて何人の日本人が「ホルボーンのことだ!」と思い当たるだろうか! 言葉はとても面白い。でもロンドンを旅行中これを真似するのは止めましょう。「O'bn」だけ言えても、他の言葉も同様にならないとバランスが取れず、中途半端は却ってよろしくない。外国人は外国人らしく。
話がそれた。古地図もいろいろと考えるきっかけを与えてくれて、面白いでしょう? 日本の古地図は江戸関連については多く売られていて、複製も簡単に手に入る。しかしそれ以外の地域は極端に少ない。そして本物はデタラメに高価だ。神奈川県の自宅周辺の地域の古地図で安く手に入るものがあれば、一度購入を検討したい。
古色蒼然たる古地図。イングランドはハートフォードシャーの地図。かつて私が住んでいた所だ。この古地図は1700年代後半に作成された(と言われている)。ご覧のとおりカビだらけだ。しかし元々はカビだらけではなかった。少なくとも、22年前に私が購入した時は・・・。
彼の国でこれを購入し、私は日本にこれを持ち帰った。当時私は某有名ゼネコンの建てた巨大マンションに一時的に住んでいたのだが、北側の部屋は恐ろしいまでの結露が常に壁を覆い、水が絨毯に滴り落ちる状態だった。その部屋にこれをしばらく置いておいたら、カビだらけになってしまったのだ。この古地図を見るたびにその時の後悔がよみがえる。それ以降私は湿度や結露を忌み嫌い、とにかくそれらを抑える住み方を優先して考える癖がついた。

【Elstree】
さて、そのカビだらけの1700年代の古地図を拡大する。中心部に「Elstre(eが1つ) or Idlestrey」の文字がある。見えるだろうか?

実はこの集落に私は住んでいた。現代ではこの地名は「Elstree(eが2つ)」以外の綴りになることはまずない。しかしこの古地図では「e」は1つである。この集落名の発音だが、もしカタカナで書けば「エルストゥリー」あるいは「イルストゥリー」といった具合だろう。
現代では見かけることのない「Idlestrey」という綴りはカタカナで書くとすると、「イドゥルストゥリー」あるいは「アイドゥルストゥレイ」等と発音されたのではないか。この「Idlestrey」という綴りは19世紀になっても見かけることがあるが、その後消え去る。少なくとも公式に書かれることはなくなる。
念の為確認。19世紀作成のある地図でもすでにこんな感じだ。ただ「Elstree」とある。現代の地図と同じ綴りである。

【Northaw】
話は変わる。古地図を見ていて「オォォッ!」と思うことがよくある。それがこれだ。これもまた私のカビだらけの1700年代後半の地図を拡大したものだが、中央にある「North Hall」という集落に注目! カタカナで書けば、どう書いても「ノース・ホール」だろう。

しかしその「North Hall」は19世紀の地図では「Northaw」となる(下の地図の中央)。敢えてカタカナにすれば「ノーソー」か。19世紀あたりまでは「North Hall」と「Northaw」が併用されているが、やがて「North Hall」とはあまり綴られなくなり、現代もそれが続いて、「Northaw」という綴りが支配的だ。
しかし英国人なら「Northaw」と聞けば「元はNorth Hallだろうなぁ」と推測がつくことだろう。

「North Hall」という綴りのうち、まず「H」は、発音から落ちるのである。「あぁ~、それ知ってる。マイフェアレディのやつと同じね」と言う人もいるだろう。確かにそうだ。ロンドン下町のコクニー訛りではフランス人のように「H」が落ちるのだ。しかしそれだけではない。かなり高度な教育を受けた相当なレベルの人でも、言葉の間に「H」が入った時はその音はかなり弱い。「You have・・・」が「You've」となるのはご存じのとおりだし、それ以外でも例えば「I would have・・・」と言うような場合、速く言えば「I would've」みたいになる。
次に「L」。単語の最後に「L」がつくとほとんど発音されない。「all right」と「alright」は区別がなくなり、事実上日本語では「オーライ」と発音されるようなものだ。「L」は消えるのである。あるいは「電話してね」の意味で「Please, call」と言う時最後の「LL」は軽く舌を口蓋上につけるだけで、音にはならないのと同じだ。いや、実際は舌さえつけていないだろう。
したがって最初は「ノース・ホール(North Hall)」だったものも、続けて速く発音され、「H」が落ち「LL」が発音されなければ、「ノーソー(Northaw)」となる。それが19世紀になると発音優先の綴りに変化したと推測される。「knight(騎士、ナイトの爵位)」が、決して正しくはないが、実際上の発音優先で「K」も「GH」も落ちて「nite」と綴られるようなものだ。

これは「ハートフォードシャー・ビレッジ・ブック」。このNorthawという集落についても、記載がある。
●古地図
●現代の地図
●地誌の本
これらを交えて調べながら、机上の旅をすることはとても楽しい。

【Holborn】
古地図からは離れるが、「L」が発音されない話を続けたい。Holbornという名の街がロンドン市内にある(下の地図。これは現代のもの)。歓楽街からも近くセントラルラインとピカデリーラインの地下鉄2線が使えるので、そこで降りたことのある人も多いはずだ。さてこの「Holborn」をどう発音すべきか。文字通り「ホルボーン」と言ったら、地元っ子でないこと丸出しだ。私もかつてそう発音し、当時の勤務先の同僚から「どこの田舎から来たヤツだと笑われるよ。カッコよく言うにはどうすればよいかを教えてやろう。少なくとも「L」は落とそう。」と発音を教わった。
つまりカッコよくやるには・・・
「ホゥバーン(Ho-burn)」。
でももっとカッコよいのは、ごく短く・・・
「オゥバン、オゥブン( O'bn )」。
「L」だけじゃない。やはり「H」も落ちるのだ。「R」については最初から発音されないようなものだ。「Centre(英国。米ならCenter)」と書いて、最後に「センター」の「ー」で「R」の舌を巻いたまま音を引っ張るような人は英国にはいない。カタカナで書くと寧ろ「センタ」だ。英国ではとりわけ子音の「T」をハッキリ発音するが「R」は音にならない。
不思議なことに最近日本のIT関連の人の書き言葉にこの「R」無しと似たような傾向を見る。例えば「ルーター」を「ルータ」と書いたりするのだ。そしてそれが書き方として「正しくない」という批判を日本国内で招いたりしている。しかし本来の英語発音的には「ルーター」よりも「ルータ」の方が近いのではないか。

「O'bn」と言われて何人の日本人が「ホルボーンのことだ!」と思い当たるだろうか! 言葉はとても面白い。でもロンドンを旅行中これを真似するのは止めましょう。「O'bn」だけ言えても、他の言葉も同様にならないとバランスが取れず、中途半端は却ってよろしくない。外国人は外国人らしく。
話がそれた。古地図もいろいろと考えるきっかけを与えてくれて、面白いでしょう? 日本の古地図は江戸関連については多く売られていて、複製も簡単に手に入る。しかしそれ以外の地域は極端に少ない。そして本物はデタラメに高価だ。神奈川県の自宅周辺の地域の古地図で安く手に入るものがあれば、一度購入を検討したい。