いじめ、体罰などへの教育現場の意識の低さ 管理職に要因あり

2015-01-17 18:47:33 | 子育て
大阪・守口市の校長が
いじめ問題に自分が関与するのは人が死んだり大きな怪我をしたりした時だ
と、いじめ問題への対応を求めた保護者に言ったとか

教育委員会の指導を受け
「最初から陣頭指揮をとることはなく、自分が入るのは重大事案の時だと伝えたかった」
と言い訳をしている。
この言い訳も、人権感覚を疑う言い訳である。

いじめは被害者生徒にとっては 重大な人権侵害である。

それが原因で学校に行けなくなったり
引きこもったり
鬱になったり
重大な結果を引き起こす。

そのことを想起しないこうした学校現場の管理職のなんと多いことだろう。
これらの面々が 児童生徒に道徳を説くなど
心の底からチャンチャラ可笑しいと言いたい。

いじめや体罰が発覚してもそんなことはなかったと
言い張るのもこうした面々だろうな~と思う。

いや違う という声もあろうかと思うが
本当にそうなら
全国でいじめや体罰を隠ぺいした結果起こる事件が後を絶たないのはなぜだろうと思う。

12月議会で 質問した当市の体罰問題も
本当に重大問題と思っているのか うかがい知れないところがある。
学校現場では 研修も繰り返され、都教委のDVDも視聴したというが
結果として体罰は起こった。

学校で子どもたちにかかわるすべての人々の共通認識にはしていなかったからだ
部外指導員が体罰の当事者となった。
ここに、教育に携わる者たちの認識の浅さが見え隠れするのである。

子どもたちに道徳を語り、人権教育を施す前に
子どもたちの人権について、それを守り保障することについて
子どもたちに知らせ、子どもたちに約束すべきであろう。

そうすることによってこそ、子どもたち同士が互いの人権を守る取り組みが本物となるであろうと思うものである。
教育現場およびそれを司る教育委員会の真剣な取り組みが求められている。

12月議会の質問で要求した
体罰問題での教育委員会の議論の会議録公開はどのように議論されたであろうか。
東村山市教育委員会の本気度が試されていると思う。

この文書は
記事を見て、半分怒りに任せて書いている。
もし、読者の皆さんに不快な思いを与えたのなら、それはわたくしも考えが浅いということであろう。
お許しいただきたい。

阪神淡路大震災から20年、報道はさまざまなことを考えさせます

2015-01-17 08:53:38 | 政治
今朝も真っ青な青空で快晴です。
今日は1月17日 阪神淡路大震災が起こった日です。
あの日、夫の両親が大阪に住んでおり
一時はどうなったかわからず
その後 地震で揺れて大変だったけど大丈夫だったよと
電話で聞き
ホット安心したことを思い出しました。

後に この年が『ボランティア元年』と言われたように
多く人々が被災地に駆けつけ
被災者の力になろうと取り組んだこともまだまだ記憶に新しいところです。
残念ながら わたくしは 当時小学校2年の娘と5歳の娘がいたので
ボランティアで駆けつけるわけにも行かず
募金をしただけで、
申し訳ないな~ という情けない思いを勝手に抱いていました。

今年の成人式の報道で
あの年に生まれた子どもたちが成人を迎えるのだと知らされ
20年か~ と改めて報道に注目しています。

TVが見られないのでインターネットで今朝の慰霊のとりくみなどを見て、
関連の記事も見ています。

神戸市では 被害の大きかった長田区では
市の思い通りの再開発が行われたにもかかわらず
人口が減っており
被災時を回復していないとか
また復興住宅からの追い立てをくらっている高齢者が
ここを出たら 親しい友人もいない生活をまた強いられる
と嘆いていることも新聞赤旗で報道していました。

結局20年たった今でも 
被災者のすべてが救済されたわけでないことがはっきりしています。
政治の 冷たさ 人間の尊厳に対する感覚のなさを痛感します。
住宅再建への補助を求めた被災者に対し
当時の自民党政権が 私有財産は個人の責任でと 拒否をしたこと
改めて思い出し、
住宅再建での経済格差が表れていることも
この間の調査ではっきりとしています。
それが 東日本の震災でも受け継がれています。

阪神淡路の被災者の皆さんは、東北の被災者の皆さんに心を寄せ
支援をしていますが
いったいいつまで 自助と共助中心の被災者対策を進めるのかといいたい。

私は、図らずもその年の市議選に突如立候補することとなり
今日まで 20年がすぎました。
自分の来し方も問われる20年だな~と
今朝改めて考えています。