しかし、昨日のような論理の実践的問題への貢献によって、「アイデンティティ」に関するすべての問題が片付くわけではない。
このことは、デュルケームやモースなど、フランス社会学派がまさに指摘していたことである。しかし、その当時は、今日の社会心理学で使うような意味での « identité » は、まだ学問的術語として登場していなかった(ついでだが、デュルケームはモースの母の弟、つまり両者は叔父-甥の関係にあった。叔父から甥に宛てた書簡集 Lettres à Marcel Mauss, PUF, 1998 を読むと、「フランス社会学の父」と「フランス人類学の父」との間の密な、しかし時には緊張も孕んだ関係が学問と私生活の両面からわかって大変興味深い。モースからのデュルケーム宛の書簡は後者の娘によって大切に保管されていたが、第二次世界大戦の戦火によってそのほとんどが失われてしまった)。
彼らは、社会的全体を一つの「人格」と考え、« personnalité » という言葉を使用していた(因みに、7月6日の記事の中で言及したことだが、フランス語で「法人」は « personne morale » である)。彼らは、種々の社会はそれぞれに一つの「人格」であり、それらは人格としての心理構造を持っている、と主張するのである。社会もまた、一つの「人格」として、自負、侮辱、怒り等を感じることができる、というわけである。
この社会学的指摘は、社会存在の哲学にとってきわめて重要である。