電車は全部冷房があって当たり前という若い世代から見たら、年がばれるおじさんネタですが、私の小学生時代は冷房のない車両がまだまだたくさんありました。当時、よく乗っていた武蔵野線は、101系という旧型の車両がまだ現役で、この車両が構造的に冷房を積めないという欠点があって非冷房のまま残されていました。
ただ、当時の武蔵野線には、たった1編成だけ103系が走っていて、この103系は全車冷房車だったことから、夏場に武蔵野線に乗ると103系の到着を期待していた自分がいました。鉄道博物館で、久しぶりに101系のシートに腰を掛けて、母と「懐かしいね」と言い合っていましたが、当時は歓迎できない車両だったのです。
また、冷房車もまだ出始めの頃で、103系といえども冷房のない車両が一部ありました。それは、当時の国鉄では京浜東北線は、前の3両、後ろの3両だけが冷房車で、真ん中の4両には冷房がついていませんでした。
そのため、通勤客はどこからが冷房車で、どこからが非冷房車か知っていますから、混んでいても冷房のある車両に乗るか、座れるけれども暑い車両に乗るかは、当時の「究極の選択」でした。そんな私には、いち早く全車冷房化を決断した山手線に乗ることはあこがれでした。
鉄道博物館で、山手線駅名クッキーにいち早く反応して、自宅用のお土産に決めたのはそんな少年時代の思い出があるからです。また、103系の冷房車の驚異的な涼しさにも、当時は驚いていました。理由は、冷房と扇風機を併用して、扇風機の風が当たる瞬間があるからですが、これで103系に乗れば一発で汗が引くと、当時は無邪気に喜んでいました。
今や、冷房も必ずしも善とは限らず、体調を崩す人も出るという理由で「弱冷房車」が採用されたり、すっかり社会も多様化しました。また、扇風機も製造物責任法の壁で、これで子供が指を切断したら大変と、今やどこの車両にもありません。すっかり時代は変わりましたが、今の方が良くなったことも世の中にはたくさんあります。
もし、もう一度生まれ変われるとしたら、迷わず今の年齢を選べるかというと、ひょっとしたらもっと若い方がいいと、わがままを言っているかもしれません。
ただ、当時の武蔵野線には、たった1編成だけ103系が走っていて、この103系は全車冷房車だったことから、夏場に武蔵野線に乗ると103系の到着を期待していた自分がいました。鉄道博物館で、久しぶりに101系のシートに腰を掛けて、母と「懐かしいね」と言い合っていましたが、当時は歓迎できない車両だったのです。
また、冷房車もまだ出始めの頃で、103系といえども冷房のない車両が一部ありました。それは、当時の国鉄では京浜東北線は、前の3両、後ろの3両だけが冷房車で、真ん中の4両には冷房がついていませんでした。
そのため、通勤客はどこからが冷房車で、どこからが非冷房車か知っていますから、混んでいても冷房のある車両に乗るか、座れるけれども暑い車両に乗るかは、当時の「究極の選択」でした。そんな私には、いち早く全車冷房化を決断した山手線に乗ることはあこがれでした。
鉄道博物館で、山手線駅名クッキーにいち早く反応して、自宅用のお土産に決めたのはそんな少年時代の思い出があるからです。また、103系の冷房車の驚異的な涼しさにも、当時は驚いていました。理由は、冷房と扇風機を併用して、扇風機の風が当たる瞬間があるからですが、これで103系に乗れば一発で汗が引くと、当時は無邪気に喜んでいました。
今や、冷房も必ずしも善とは限らず、体調を崩す人も出るという理由で「弱冷房車」が採用されたり、すっかり社会も多様化しました。また、扇風機も製造物責任法の壁で、これで子供が指を切断したら大変と、今やどこの車両にもありません。すっかり時代は変わりましたが、今の方が良くなったことも世の中にはたくさんあります。
もし、もう一度生まれ変われるとしたら、迷わず今の年齢を選べるかというと、ひょっとしたらもっと若い方がいいと、わがままを言っているかもしれません。