Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

今年一年を振り返る

2010-12-31 22:13:01 | 雑記
今年はどんな年だろうと振り返ると、やはり腹痛や吐き気に苦しめられた一年で、病気が頭から常に離れない一年でした。ようやく12月も後半に入って元気を取り戻し、おそらく吐くことはないだろうと思えるようになったので、全日本女子選手権に行くなどの意欲も出てきましたが、それ以前はリーグ戦のホームゲームに行くのが関の山でした。

それでも、サッカーファンにとって夢の1ヶ月である、南アフリカW杯がありました。(予選の映像が手に入らないため)W杯でしか見られないアフリカのチームを見て、結構組織も整備されているチームだなと感心しましたが、協会の運営も整備されているはずのフランスで内部分裂が起きたことは未だに信じられません。

優勝したスペイン代表については、解説の山本昌邦氏のコメントである「ペナルティエリアの幅だけでサッカーができる」が一番ぴったり来る言葉だと思います。あまりサイド攻撃には頼らず、中盤でしっかり組み立ててサッカーのできる、完成されたチームでした。決勝で敗れたオランダも魅力のあるチームでしたが、スペインの技術の高さがそれを上回ったと思います。

また、スポーツ系を標榜するこのブログは、意図的に不祥事のネタは避けていましたが、大相撲のことはよく書くので、大相撲が不祥事に揺れたことはどうしても触れざるを得ません。野球賭博事件に絡んだ力士や親方が処分されましたが、ここのところ不祥事が続いていたので気にしていましたが、どうやら「本丸」がこれで落ちたのではという気がします。

日馬富士あたりは、賭博に使う金があるならモンゴルに送金すると、優等生的なコメントを残していますが、外国人力士で日本の野球に興味がないから助かった力士も多かったのではと思います。来年不祥事が出たらアウトのつもりで、襟を正してもらいたいものです。

それ以外のスポーツでは、延長戦が続き毎日夜中までプレーしていた日本シリーズを思い出します。そろそろ寝なければという思いを後ろに延ばして、連日続く長い試合をラジオで聞いていました。ロッテファンの方は、2005年以来ということで久しぶりの快挙となり良かったことと思います。

レッズに関しては、大体他の記事で言いたいことは言ったので、今更蒸し返すことはしません。ただ、「ペトロよ熱くなるな」だけは言っておきたいと思います。
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最強の兄弟選手

2010-12-31 15:46:53 | 他チーム
兄弟で同じチームでプレーするということは、兄弟でポジション争いをするのは避けたいでしょうから、利き足が逆だったり、ポジションがまったく違ったりする必要があります。兄弟選手として日本最強だったといえるのは、おそらく柱谷兄弟(兄:幸一、弟:哲二)だと思います。

この二人は両方とも代表の主力選手だった経験がありますが、代表に入っていた時期に差があり、代表では一緒にプレーしていた記憶はありません。兄がFW、弟がCBだったこともあってポジションが違うので、日本リーグ時代には同じ日産自動車でプレーしていました。

それ以外では、太田兄弟(兄:圭輔[現千葉]、弟:吉彰[現仙台])の例があります。この二人は同じ右MFだったため、違うチームを選び、兄は清水、弟は磐田でプレーしていました。やはり兄弟でポジション争いはしたくないんだなという実例です。

双子では佐藤兄弟(兄:勇人[千葉]、弟:寿人[広島])は兄がボランチ、弟がFWとポジションが違ったので、ユース時代は千葉で一緒にプレーしていました。寿人の方が、試合に出られる環境を求めて仙台に移籍し、仙台で二桁得点を取ってJ1広島入りを果たすことになったので、主力選手になってからは同じチームではプレーしていませんが。

双子の兄弟といえば、顔がそっくりの森崎兄弟(兄:和幸[広島]、弟:浩司[広島])も忘れてはいけません。この二人は同じ中盤ですが、兄がボランチ、弟が攻撃的MFとぎりぎりながらポジションは違います。兄弟で五輪代表というのは立派ですが、オーバートレーニング症候群などに苦しんで、未だにA代表には入れていません。

世界では、現役ではコートジボアール代表のトゥーレ兄弟(兄:コロ、弟:ヤヤ)の例があります。兄はCB、弟はボランチで、今は同じマンチェスターCでプレーしています。ただ、史上最強ということになると、デンマーク代表のラウドルップ兄弟(兄:ミカエル、弟:ブライアン)が最強でしょう。

兄はRマドリード、弟はバイエルンでプレーした、兄弟ともワールドクラスだった最強の兄弟で、二人とも長くプレーした共通項があります。兄は一時、日本のヴィッセル神戸でもプレーしました。
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もう一度見たいチーム(モロッコ代表)

2010-12-30 16:51:09 | ワールドサッカー
アフリカチャンピオンズリーグの優勝チームが、以前は北アフリカのアラブ系のチームに独占されていた事実を見ると、北アフリカのチームは結構強いです。アフリカの予選が5チーム予選通過で、1次予選を通過した20チームを5組に分けて1位のみが通過というルールになっていることを考えると、どうしても組分けの運不運はあって、強豪と同じ組になってW杯に出られないチームは結構あります。

そんな不運なチームが、今回話題にするモロッコ代表で、アフリカ予選の映像を手に入れるのはサポーターレベルでは不可能なので、2000年のシドニー五輪で見たU-23代表が最後にモロッコの代表チームを見た機会です。

あの当時はフランスW杯で勝ち点4を取りながら敗退したモロッコ代表を見ていたので、モロッコは結構強いし今後W杯で見られると思っていました。まさか今に至るまでモロッコを見られないとは、驚きの一つではあります。

このモロッコU-23代表は、2000年に来日して国立競技場で中田英寿のいたU-23日本代表と対戦しています。その当時のモロッコが結構強かった記憶があるのも、今でもモロッコ代表をW杯で見たいと思っている理由です。

当時のチームは、オーバーエージを3人入れていましたが、主力だったのはボランチのエル・ブラジという選手でした。この選手が私が好きなパサー系のボランチで、日本の稲本のところによくプレッシャーを掛けてそこからのカウンター攻撃で起点になっていました。運動量も多く、欧州のクラブで見られるかもしれないと思っていました。

しかし、その後のエル・ブラジの消息は、一度アフリカ選手権を戦うA代表に入って背番号8をつけていた情報を得ましたが、それ以降は一度も名前を聞いていません。シドニー五輪の代表選手ということになると、もう結構なベテランで、今は引退している可能性もあります。

それでも、北アフリカのアラブ系のチームなら、アフリカのチームに多く見られるざる運営のサッカー協会とは一線を画しているはずです。モロッコなら、日本に呼んでもそれなりのメンバーは連れてきてくれるはずだとも思います。南アフリカW杯で活躍したアルジェリアでもいいですが、こういう強いチームと是非親善試合をやって欲しいと思います。
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天皇杯決勝プレビュー

2010-12-29 21:59:22 | 他チーム
今日の準決勝の結果、天皇杯の決勝は鹿島対清水という、いわば決勝進出の常連同士のカードになりました。浦和の決勝進出を信じてチケットを持っている私ですが、浦和の新人時代にサインをもらった小野伸二が見られるというところにモチベーションを見出したいです。女子も決勝に残っていて、前座で見られますし。

鹿島は戦力外になったマルキーニョスとジウトンが帰国して、選手層という意味では不安もありますが、延長後半のロスタイムに点を入れた今日の勝ち方を見ていると、さすが鹿島という思いはあります。ジーコ時代に、取れるタイトルは全て取れという教えを受けてきた選手たちですから、決勝でもいいプレーを見せてくれると思います。

また、ACL出場権を持っているG大阪の敗戦で、決勝戦は勝ったほうがACLに出られるという勝負になります。移動の負担を考えると、成田空港に近い鹿島はともかく、清水がACLに出ると空港が遠く苦しいかなという気はしますが、もちろんACLには出たいと思っているでしょう。新監督が現イラン代表監督ということで、国際経験も豊富ですから、アジアの戦いの厳しさを知るのも貴重な経験になるでしょう。

清水は小野伸二を最も楽しみにしていますが、おそらく生で見るのは最後の機会になる元ノルウェー代表、ヨンセンをじっくり見たいと思っています。36歳という年齢がネックになっての放出と思われますが、名古屋時代にヨンセンを見たときは本物のポストプレーヤーはこんな選手だと実例を見せられた思いでした。

当時の名古屋はヨンセンの頭狙いの単調な攻撃をすることもあるチームでしたが、明らかに無理なボールでもちゃんと競ってくれますし、頭に当てられなくても体のどこかに当てる粘りもありました。また、足元のプレーも比較的しっかりしており、ボールが収まる選手とはこういう選手だと、ポストプレーヤーを目指す選手はお手本にしてほしい存在でした。

ただ、大晦日から元旦にかけての天候は、日本中で荒れ気味というニュースもあります。国立競技場も強風に吹きさらされ、相当観戦には辛い環境になる可能性もあります。その場合、根性なしの私は女子だけ見て男子は自宅でテレビ観戦などということもしているかもしれません。
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ここまで苦しむとは(2004年アテネ五輪予選)

2010-12-28 21:37:37 | ワールドサッカー
会社の制度で、入社8年でもらえる5連休の休暇がありました。何とか病気を治してセリエAを見ようと思っていたのですが、結局治らずに自宅から通えるアテネ五輪予選を見ることにしました。初戦は埼玉スタジアム、2戦目と最終戦は国立で通い慣れたスタジアムでしたが、当時の私ではそれが関の山でした。

そんな苦しんだ自分自身と歩調を合わせるかのようにU-23日本代表もこんなに苦しむとはと思う展開でした。当時の対戦相手はUAE、バーレーン、レバノンで大会方式は第一ラウンドがUAEで総当たりのリーグ戦を行い、第二ラウンドが日本で再びリーグ戦を行うものでした。

その日本ラウンドの3試合のチケットを押さえ、UAEラウンドは日本の通過が絶望になったら面白くないので、何とか勝ってくれと祈るような気持ちで見ていました。UAEラウンドはバーレーンに引き分け、レバノンとUAEに連勝して、トップで日本に帰ってくることに成功しました。

しかし、日本ラウンドの初戦、日本はバーレーンにまさかの黒星を喫します。セットプレーで取られた1点を守り切られた敗戦で、得失点差で辛くもトップは守りましたが、首位のみが通過のリーグで窮地に立たされます。

それでも、残るレバノンとUAEに連勝すれば突破できます。そのレバノン戦は忘れられない試合になりました。日本は2年かけて準備をしていましたが、レバノンの監督によればレバノンはわずか20日しか準備期間はなかったそうです。

それはレバノンの攻め方を見ていればわかりました。最も得意な形を一つだけ機能させるのが精一杯だったレバノンは、攻撃パターンが右サイドのカウンターしかありませんでした。日本は素早くその欠点に気付き、相手が右サイドでボールを持つと当時国見高校3年だったFW平山まで参加させてレバノンのカウンターを止めました。

1点を先制していた日本はこのまま余裕を持って試合を運ぶはずでした。しかし最もやってはいけない守備のミスが出て、レバノンFWアトウィに決められて同点にされます。この瞬間が一番アテネ五輪が遠のいたときだったでしょう。

何とか直後の大久保のゴールでレバノンを突き放した日本は続くUAE戦では相手のコンディションの悪さを突いて快勝して、アテネ五輪に出ることはできました。しかし、バーレーンやレバノンにここまで苦しめられるとはと、予選の苦しさを痛感させられました。
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渡辺美里「Believe」

2010-12-27 18:55:01 | 雑記
昨日、渡辺美里の曲で歌詞もメロディーもわかっているのに、タイトルがわからなくて検索サイトにもかけられないという曲がありました。友人にメールで聞いたらBelieveだとわかりましたが、確かに歌詞のどこにもBelieveの文字はありません。聞かなければ永遠にわからなかったかもしれません。

自分の過去のブログを振り返ったとき、去年の年末に「アラフォークリスマス」という番組があって、渡辺美里の10yearsに感動していたと書いてありました。「夏が来た」のような夏の曲もありますが、美里の曲は冬のイメージが強いです。

そんな冬の日だったので、Believeのことを思い出したのですが、「袖の長めのシャツに風が踊るのが好きさ」という歌詞から想像すると、秋くらいの気候で正確には冬の歌ではありません。

この歌で一番好きな歌詞は歌い出しの「朝一番のホームの冷えた静けさが好きさ」です。私は高校生の頃、5枚綴りの青春18切符をよく買っていて、友達と旅をして余った分で一人旅をしていました。青春18切符は普通列車しか乗れない切符ですから、遠くに行くためには始発列車に乗る必要がありました。

今思い出すと、こんな私の勝手な思いつきに母を付き合わせて、朝食を用意してもらったのは申し訳ないと思うのですが、当時新幹線は高くて乗れないと思っていた私にとっては2200円で未知の世界を体験できた貴重な日でした。

そんなとき、無人に近かった始発列車を待つホームで「朝一番のホームの」とつぶやかせたのでしょう。当時の始発列車は4時55分で、鈍行なら福島まで5時間だったので、ぎりぎり日帰りが可能でした。途中下車した白河の駅前にあった小峰城址の広い構内を今でも思い出せます。

また、「人は違う痛みに胸締め付けられて、この川の流れを越えてゆく」という歌詞も印象的です。高校生の頃は部活の運営がうまくいかないで日々苦しんでいたので、荒川の橋梁を電車で越えるたびにこの歌詞を思い出していました。本当の歌詞の意味を取れば、電車みたいに楽に越えるものではないでしょうが。
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28試合目(12/26浦和L対新潟L)

2010-12-26 17:18:30 | レディース
今日は全日本女子サッカー選手権(天皇杯の女子版)の準決勝、浦和レディース(以下浦和)対新潟レディース(以下新潟)戦でした。当初予定になかったこの試合ですが、日曜日の開催でしかも会場が家に近い西が丘ということで、急遽行くことにしました。私の「今季観戦試合28試合目」は浦和の会心の勝利で、昨日の敗戦で気落ちしていた私を少しは癒してくれました。

新潟はなでしこリーグ1部に昇格して3年目という若いチームですが、レベルは年々上がっており、日テレや浦和といった上位チームに大差で負けるようなことはなくなってきました。今のチームにも、現役なでしこの上尾野辺や北京五輪代表の阪口がいて、技術も上がっています。

しかし、今日の新潟を見たときに、少し驚きを感じました。女子では初めて見る、4-1-4-1システムを新潟が採用していたからです。9番の1トップに、トップ下で上尾野辺と阪口の攻撃力を生かそうという狙いだと思いましたが、アンカーの5番がどこまで持ちこたえられるか次第だと思いました。

逆に浦和はそこが狙い目でした。この試合はアンカーの藤田のぞみに注目して見ていましたが、小さな体ながら素早いプレスで5番のところを集中的に狙い、うまく岩倉や柳田の飛び出しを引き出していました。女子サッカーは男子サッカーに慣れた私の感覚で言うと「淑女」で、あまり藤田のフィジカルを狙ってがつがつは来ないのも幸いしました。

岩倉のスルーパスに北本が抜け出して早い時間に1点を先制した浦和は、前半の27分に荒川が頭で落としたところに堂園が詰めて2点をリードします。この試合は北本と荒川が活躍した試合だったことも確かで、荒川は相手DFの緩慢なパスをカットして切れ込んだり、この二人だけでチャンスを作ることもできていました。

そのため、後半この二人を交代させた村松監督の采配には驚きもあったのですが、この二人は女子サッカーではもうベテランに入る年齢で、女子の場合男子と違って全盛期に突然やめることもあるから、どうしても後進を育てておかないといけないという理由もあったのでしょう。

後半、新潟はCKから1点を返し、延長戦に持ち込めば勢いはこちらにあるという意地を見せてきました。しかし、新潟も中盤が間延びしてきて、上尾野辺が下がってき始め、プレスはお互いにかからなくなっていました。そのため、浦和の攻めはやりやすい状況でした。竹山のクロスに岩倉が飛び込んだ3点目で勝負ありでした。

これで、浦和の男子の決勝進出を信じて買った天皇杯決勝のチケットを無駄にしないで済むことになりました。女子だけ見て男子を見ないで帰るのもどうかと思いますが、それは当日の天候次第ですが。
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世界中探せば(ヒメネス)

2010-12-25 18:32:36 | ワールドサッカー
天皇誕生日の祝日はスポーツの中継がなかったので、ビデオでセリエAを見ていました。ミラン対ローマとチェゼーナ対カリアリという2試合でした。チェゼーナの試合は知っている選手が長友一人だというのは覚悟していたので、どちらかといえばミランの試合に期待していました。

しかし、ミラン対ローマは低調な試合でした。ローマのFWは元ブラジル代表のアドリアーノでしたが、全然動かず流れの中では効いていませんでした。ミランもエースのイブラヒモビッチが不調で2度の決定機を外し、押し気味だったミランがローマのワンチャンスに0-1で敗れるという、あまり面白い試合ではありませんでした。

そのため、印象に残ったのはチェゼーナの試合の方でした。チェゼーナにはドイツW杯のガーナ代表のベスト16に貢献したアッピアというMFがいるので、正確には長友一人しか知らない訳ではありませんでしたが、この試合はアッピアを外した方が結果が出たという試合でした。

中盤の前をゾーンにして、右にカゼルタ、真ん中にヒメネス、左にジャッケリーニを置いて均等に守備を分担した布陣が結果を出して1-0でチェゼーナが勝利した試合でしたが、その唯一のゴールも見所がありました。

ゴールを決めたのはヒメネスですが、1トップが力不足のチェゼーナではどうしても勝つためにはMFのゴールが必要になります。このヒメネスのゴールが、浦和サポの私にとってはポンテのゴールに似ているので、印象に残りました。

ヒメネスが縦パスを入れて、ジャッケリーニがリターンパスを返してヒメネスが叩き込んだゴールですが、このゴールが相手を外すのがうまいポンテと良く似たペナルティエリア角付近からのミドルシュートで、ポンテはこんなゴールで浦和を救ったなと、過去を思わず振り返りました。

ヒメネスは元チリ代表の実績があるベテランで、セリエAに昇格したばかりのチームでも探し方次第ではいい選手は見付かるという例で、ポンテもそうして見つかった逸材だろうと思います。また、ポンテはブラジル人なので代表には縁がありませんでしたが、もしポンテがチリ人だったら代表だったかもしれないと、あり得ない妄想もしてしまいます。
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フィンケ体制、終わる(12/25G大阪対浦和)

2010-12-25 16:01:54 | 浦和レッズ
今日の天皇杯はBSの生中継だったので、ご覧になっている方が多いと思うので記事にしますが、浦和はG大阪に延長戦の末1-2で敗れ、今季の全日程は終了しました。フィンケ監督の采配も今日で終わりで、ポンテも細貝もチームを去ります。

スコアだけ見ると延長戦に持ち込んで1-2ですから、惜敗に見えるでしょうが、実際は決定機を相手に多く作られ、山岸のファインセーブに救ってもらって何とか延長に持ち込んだ完敗でした。特に、G大阪は取ってからの攻守の切り替えが速く、浦和が変なミスをすれば一発で決定機でした。

確かに、ボール支配率だけ見ると浦和も見た目では結構ボールを回しています。しかし、G大阪は落ち着いてしっかりとブロックを作り、浦和はブロックの外で回すだけで取られてカウンターという場面も目につきました。サイドに人数を掛けて回すのはフィンケ流の特徴ですが、それなら人数を掛けて引けばいいと相手に見抜かれています。

こういうときはミドルシュートが欲しいのですが、それが出たのは後半も終了間際に出た宇賀神の同点ゴールでした。これで楽しみを少し先へ引き延ばしたのですから、価値はありますが、もう少し早くこれを連発していれば展開も変わったかもしれません。

また、カウンターに対する弱さもフィンケ体制で問題になった展開そのままでした。最初の失点はカウンターで1対2を作られ、山田暢久がハンドせざるを得ず、そのFKを遠藤に決められています。フィンケ体制初戦の鹿島戦で、最初からカウンターには弱いのが問題でしたが、それは最後の試合でも出てしまいました。

いいサッカーはするが勝負弱い監督だったというのが、私のフィンケ監督に対する印象で、結局結果を出すという意味では不合格だったと言わざるを得ません。確かに負傷者をたくさん出すなど不運なところはあったにせよ、やはり1年間に14敗もする監督では負けすぎという印象はぬぐえません。

14敗は残留争いのチームとあまり変わりませんが、勝ちの数が多かったので残留争いはしないで済みました。やはり浦和はあれだけのサポーターが詰め掛ける以上、ある程度結果は要求したいです。
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ストーブリーグ情報2

2010-12-24 20:51:48 | 浦和レッズ
今日はセリエAのことを書こうとしたのですが、細貝のブンデスリーガ移籍が確定したので予定変更でストーブリーグネタにします。細貝とレバークーゼンの契約は4年半で、最初の1年半は2部のアウグスブルグにレンタル移籍するという契約になっています。移籍金は浦和との契約が今季で切れるのでかかりません。

正直、この話を聞いたとき、細貝サイドがなぜこんな不利な移籍を承諾したか理解できませんでした。同じ2部に移籍した元川崎Fの鄭大世と比べても、鄭大世が移籍したボーフムは1部から降格したばかりのチームで、1年での1部復帰を狙っているはずです。しかし、アウグスブルグは私がサッカーファンになった90年代以降は一度も1部に上がったことのないチームです。

もし、細貝が最初の1年半で、アウグスブルグでひどいプレーをすれば、レバークーゼンは迷わず契約を打ち切るでしょう。レバークーゼンのトップチームでプレーできるとは限らない契約なのですし、もし契約を盾に細貝サイドがレバークーゼン入りを主張しても、試合には出られず干されるだけでしょう。

また、代表の問題もあります。2部でプレーすることは、間違いなく代表入りには不利な話で、他の代表選手は1部でプレーしていることを忘れてはいけません。アウグスブルグで不動のレギュラーになり、リーグMVPを狙えるくらいのインパクトのあるプレーを見せない限り、ザッケローニの目に留まる確率は低いでしょう。

それでも海外に行きたいのですから、厳しい道は覚悟してやって欲しいものです。アウグスブルグでいいプレーをすれば、レンタルを途中で打ち切ってレバークーゼン入りできる可能性だってあるのですから。

また、浦和は細貝の後釜に、J2徳島から青山を獲得しました。J2ならレギュラー確実の22歳の逸材で、伸びしろに期待しての獲得です。今季18試合しか出場していないのは何か事情があったのかもしれませんが、ポジション争いは一歩リードの立場ですから、開幕から試合に出てアピールして欲しいものです。ただ、天皇杯の徳島戦は出ていなかったので、プレーの情報はありません。浦和の選手として、埼スタのピッチで見て、初めて印象を語りたいと思います。
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