kotoba日記                     小久保圭介

言葉 音 歌 空 青 道 草 木 花 陽 地 息 天 歩 石 海 風 波 魚 緑 明 声 鳥 光 心 思

松本峠

2008年08月17日 | 熊野




写真は松本峠、大きくは熊野古道。
午前中、また42号線を新宮方面に用事でペダルを漕いでいたら、
どうしても松本峠にもう一度行きたくなった。
今日は花火だし、人も多いからやめた方が無難、
というのが地元の方の意見。
それでも、行った松本峠は、
行っただけのことがあった。
峠入り口まで自転車で行き、停め、歩いた。
ペットボトル二本に水を入れて。
雨がここでは降ったようで、
苔石がぬれている。すべるので、
気をつけて進む。
峠に立ち、花火のシートと人が埋まり始めた七里御浜、
また新宮までも見える海岸線を一望。
本当は以前のように、
ここで鬼ヶ城経由で42号線に戻りたい。
だがしかし、
今日はすでに鬼ヶ城に仕鰍ッ花火がセットされているので、
間違いなく海岸伝いの絶壁道は通行止め。
引き返すか、新しい道を下るか。
案内板を見ていると、
ちょうど、4人ぐらいの人たちも、
同じ峠にいる。
彼らは僕と反対側から登ってきたのだ。
「引き返そうか」
と彼らは言っていて、
山道であるし、少しまよったけれど、
行け、と、僕は尾鷲方面に出る山道を下る。
写真はその下り道を振り返って撮ったもの。
霊感というか、
歩きながら、強く思ってしたことは、
間違いなく俺はここで生まれた、
とつぶやく、叫ぶ、発していたこと。
ここ、熊野で、僕は前の世かその前の世か、
以前に、ここにいたことへの、確信。
思い込んでみたい心境であるのを差引いても
それ以上の感受があった。確信的。

42号に出て、
海水浴場に沿って、
歩道用のトンネルへ。
今日は花火客でいっぱいのトンネルで、
普段はたぶん、人はあまり通らないところと推測する。
500メートルのトンネルは、
すぐに出口の明るさが見え、
迷わず、松本峠の入り口へ行けた。
自転車を見つけ、
民家のおばあさんと挨拶。
ここで、たくさんの熊野のことが聞けた。
まず、追善供養のこと。
僕が一昨日見た、
民家の部屋にあった灯篭、ちょうちんは、
初盆を迎えた家であって、
昨日、海岸で供養したそれであったこと。
灯篭、ちょうちんを合わせて
5つまでの制限があること。
というのは、
お経が終わり、
ナイアガラの滝の花火があって、
その火で、灯篭、ちょうちんを燃やすので、
たぶん、有害物質を出さぬようという配慮からだと思う。

おばあさんの話の中で、
峠を引きかえしていたら意味がない、
とのこと。
峠にある地蔵様への信仰のためなのか、
峠は戻ってはいけない、というほどでもないだろうが、
進んだ方が良い、ということ。
引き返さなくてよかった。

おばあさんとずいぶん話していて、
花火を見たら、もっとたくさん(力を)持って帰れる、
とのこと。

挨拶をして、ペダルの先は、
5月に来たとき気になっていた、
木本(きのもと)の旧道。
42号ができる前は、
ここが道であった。
だからたくさんの人が通った気配を取ろうと、
体の皮膚の穴を全開にする気分で、
しっかり歩む。
というか、記憶を探す。
この旧道も、
たぶん、パワースャbトだと僕は思う。

とにかく、汗だくになって、
松本峠に行ったのが良かった。
今回の熊野は予想を超えて、
かなり力が体に充満していると思う。
今回の熊野は、
予感はあったけれど、
これほど、交感できるとは思わなかった。
「ここで俺は生まれた」
という確信は、本当だ。僕にとっての、ですけど。
だから、いずれ、
僕はここに住むか、帰るか、
ということになるのが自然かもしれない。
木本の道を歩いていても、
探しているのは、記憶だった、ずっと昔の、今生でない時の。



  


大花火大会は、
今回、念願の、
体感震度7の、
鬼ヶ城に近い場所で、
立って見た。
山が鳴っていた。
そして、大きな花火を見るというより、
体に浴びる、そんな感覚。
最後の鬼ヶ城での自爆花火は、
特にすごかった。
熊野の花火の、
迫力を、思った。
これだ、と思った。
月は山から昇り、
岩を、海面を照らした。
花火の向こうに、
月が見えた。
熊野灘の遠方に、
客船が見えた。
3隻。以前は1隻。

古道の力、
おばあさんの表情、
花火の力、
いろいろもらった。


新日曜美術館で、
オノヨーコを見た。
北海道の自然の中の、
今は誰もすんでいない民家。
「この部屋が青くなるまでいる」、
「この線は大きな円の一部である」、
そんな言葉をオノヨーコが、
民家の壁にいくつか書いていく、とても小さな字で。
名著「グレープフルーツジュース」の中の、
言葉を思い出す。

オノヨーコは気が沈んだときに、
空をみて、よく自分を奮い立たせた、という。

現代美術バリバリのころ、
作品を作っているとき、
いつも空を意識していたという。

空、
そして、
熊野である。
コメント (5)
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新精霊供養

2008年08月16日 | 熊野
井戸川を境に、
新宮側の方の、
初盆の供養の花火。
明日の大会の最初は、
井戸川を挟んで、
尾鷲側の方の、
初盆供養の花火。

今日は獅子岩付近での、花。

昨日、民家の部屋で見たのは、民家は井戸川より新宮寄りだったから、
この初精霊供養の品々の、
それではなかったか、
と推測。


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亀齢橋から

2008年08月16日 | 熊野
  


亀齢橋から。
山の奥の方向には、
熊野本宮がある。

川は井戸川。
小魚の群れ。

お釈迦様の手の上に、
いるような気になっている。
いつにも増して、
気分の良い、熊野である。

知識は荷物になる。
体だけ。それのみの感覚だけが、
たよりです。

ここで山の写真を携帯で撮る僕の、
後ろには、
海がある。

熊野は宝庫だ。
ここに反応する。
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明るい海

2008年08月16日 | 熊野


   



熊野灘、
または七里御浜という。

明るい太平洋で、
波打ち際まで降りると、
水平線が曲がっているのがわかる。
そのたびに、地球は丸くて、その一部分を見ているのだ、
とわずかに感動するのが常である。

写真は昨日の夕暮れ。

熊野と今回はうまく交わっている感覚がずっとある。


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駅前にて朝

2008年08月16日 | 熊野









空は朝の駅前。
熊野の空。

花火は明日。
今日はまだ駅前も海岸もジャスコも、
いつもと同じです。
ただ、海岸だけは、
すでに花火の準備で、
やぐら、青いシート、場所確保の白いビニール紐。
体感震度7という鬼ヶ城あたりは、すでにかなりの密度で、
砂浜の場所確保がなされている。
熊野の平穏も、今日まで。
明日は観光バスが連なり、道路規制が敷かれ、
10万とも20万とも、人人。
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徹底的な風呂聡

2008年08月15日 | 熊野



南紀ワイドビューの車窓から。
場所は尾鷲から熊野市駅の間。
ここら辺から大きく「熊野」という名称で呼ばれている。

5月に来た時は構えていたので、
熊野に跳ね返された。
今回は、すでにここらあたりから、
熊野が両手を広げている感覚があるような気になっている。

熊野父と会食、海へ。
そして、風呂聡怩キる。
洗面器等、たくさんの入浴用具を、
100円ショップ、ジャスコで購入。
かなり気合を入れて聡怩オたので、
満足。熊野父も、
夜遅く、「きれいになったな」
と発す。
熊野父はのん兵衛であり、
よる遅くまで歓談。
78歳。

熊野に来ても自転車に乗っている。
海岸道路を新宮方面へ3キロほど。
用事でホームセンターに行ったけれど、
果たせず。
だがしかし、
向かうは中上健次のいる新宮方面。
盆であるし、
「健次さんが待とおる」
とひとりごち、ペダルを漕ぐ。ハイになる。

いたるところに迎え火。
熊野をあるいていると、
民家の部屋の中に、
盆の景あり。
それは、小規模な葬式のよう。
名古屋では見られない風習。

改めて、
空の大きさ、
海の大きさに、
立ち止まり、見る。

海がある町か、
そうでないかは、
何かが、
決定的に違う。
海の力というのは、
その大きさからしても、
すごい。

早めに、熊野大花火のTシャツを何枚か買う。
白いTシャツを熊野父に。
僕は赤と黒。
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2008年08月14日 | 熊野



数日前、
熊野に行きたい、
と思って、
半紙に書いた「熊野」。
しばらく座り机の上に放っておいたのを、
壁に貼ってみる。

他に書く字はない。
明日から、熊野へ。
動かず、
熊野で眠ろうと思う。
要は熊野に体を持っていく事。
あとは体が何とかする。

熊野の花火。
今年で海上自爆が終わるという。
海上自爆とは、
熊野灘の水面で花火を爆発させる仕鰍ッ。
半円形のそれ。
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岡林信康

2008年08月13日 | 音楽
岡林信康。
どんな映像かな、と思って観ていました。
日比谷野音での最近のライブでした。
「26番目の秋」がテレビで観られました。
ボブディランを越えようとして、
その後、岡林信康はいろいろとやったんじゃないか、
と思いました。
その変化の仕方が、まるでディランみたいだと思いました。
ボブディランのそのままでも、
ディランには絶対にならないのだから、
と僕は強く思いました。
ディランを聞き始めた時の岡林が、
僕は一番好きです。
「オーミスター、ディラン、いつか、きっと、どこかで、あんたにめぐり会えることでしょう」とまで歌った歌が、僕は大好きで、
自然の描写とディランが混ざって、
アルバム「金色のライオン」あたりはどれだけ僕は聴いたことか。
あと、ステージの後ろの絵は、アルバム「狂い咲き」のジャケット。
その三枚組もかなり聴きました。

校歌を頼まれて、作って、
それを歌っていた。
それがとてもよかった。
昔の日本の音楽なんかより、
日常、庶民性、物まね、
これが岡林信康の魅力。

どうしていたんだろう、
と思っていた人だったので、
元気な姿が見られてうれしいです。
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Wさんの歯がぐらぐら

2008年08月12日 | 健康
5時45分起床。公園まで自転車。トラックを2周。
6時半。帰宅。シャワー。
7時。ネット、テレビを見ながらバナナ、パン、コーヒーで朝食。
7時半。Wさんの車に同乗。歯の話。
8時45分。T町着。喫茶店でコーヒー。吉田知子と永井荷風の話。
9時半。M宅へ。Tさんの遺影に挨拶。Hさん、ナントカさん登場。みんなで座業。
12時。Mさんの車で昼食。とてもおいしいランチ、しかも安い。
となりの八百屋でブドウを買う。ちょうど5房、箱に残り、それを1000円で買う。みんな
で一房ずつ。
13時。座業。
13時半。Hさん、絵を描きに出かける。残りで座業。
16時半。Hさん絵描きから戻る。ナントカさん帰宅。Hさん再び座業。
18時半。Wさんと帰名。歯医者への進歩を薦める。
19時半。H店でWさんと冷麺、チャーハンで夕食。ゲオにDVDを返却。
20時。帰宅。雑用をこなす。
22時25分。テレビ鑑賞。永井荷風特集。
23時。就寝。
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吉田知子さん

2008年08月11日 | 文学
昨日は、少し喉が痛くて、
たぶん、だんだん夜風が冷たくなって、
窓を開けて寝ているので、
風邪少し前、というところ。
だったので、
ずっと部屋にいました。

なので、今日は、
朝から公園を4周、
部屋をドタバタ、
また公園を4周、
一日、
二万歩が目標ですけど、
だめだね、15000,か、16000が限度。
それ以上歩くと、他事ができなくなる。
ネットも観たいし、映画も観たいし、
洗濯、布団干し、ほかもろもろ、
で、
今日は、吉田知子著「客の多い家」というエッセイを、
飛ばし読み。
これは先日、図書館で借りてきたのですけど、
以前、一度読んだことがあった本でした。
でも、初めて読む感じもあって、
今日なんかこれを読んでると、
もうドキューン、っていうか、
タイミングばっちりで、
もの凄く面白かった。
「うわー、これって、わかるわー」みたいな。
吉田知子さんは、ある機会で、
面会したことがあるのですけど、
たぶん、エッセイと同じく、
かなり人間が面白い人だな、と考。
現在は、たぶん74歳ぐらい。
でも、生き方にbeatがある。
それが凄いです。
静岡まで一度、会いにいきたいと思ってはや数年。
もう僕のことは覚えていないでしょうけど。
まあ、とにかく、
この本で、確実にパワーアップ。
夕方の散歩なんか、
速歩の極みで、
そのまま走りたいぐらい、
吉田知子さんの文章に、
力をもらいました。感謝。
こういうドンピシャの本との出会いがあるから、
読書ってやめられないんです。
やっぱり、beatだよな人生は。

さて、今から1本か2本、映画観賞。
就寝時間まで、あー、1本だけだなあ。
コメント (3)
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レンタルし過ぎ

2008年08月10日 | 映画
異常と思えるほどの量の、
映画DVDを借りているので、
朝から見まくりです。

矢口監督の初期の作品、1996年作の「ひみつの花園」、
これがドタバタで、面白かったです。

先日も知人の子猫を抱きながら遊んでいた僕は、
かなり猫が好きで、
「本日の猫事情」という映画だか、まあ、
猫好きの人が借りる猫映像物。
最後まで観る必要もなし、と思い、

珍しいDVD「カスタムメイド10、30 エンジェルワークス」を。
これは奥田民生と木村カエラの「カスタムメイド10,30」の、
メイキング版。

さすがに目が痛くなってきて、
夜に、もう一本消化しないと、
返却日に間に合わない。
「タイヨウのうた」。
歌手のyuiバージョンの方です。
これは先回見て、もう一度見たいと思っての映画です。
どうも、映画の中で、良い歌が全面に演出してあると、
グッときます。
歌の力というのは、
僕にとって影響がかなり大きいです。
なので、今回もこの映画は○。
観て正解。

もう限界なので、
音楽。
昨夜の余韻が残っていて、
1979年5月、大阪、天王寺野外音楽堂「最後の春一番コンサート」、
会場での収録の、「キャラバン」のライブ録音のテープを、
ヘッドホーンで、フルボリュームで。
マジで、ラジカセのボリュームを最高まであげて、
もの凄い大きな音で、
もの凄いサウンドを堪能。
やっぱり、夏はカレーとキャラバンだ!
キャラバンがどれだけ凄くて、
未だに何故、こんなに聴けるか、
というのは、
どうしてだろう。
一時期はぜんぜん聴かなかったのに、
ある時期から、
ふと聴きたくなって、
今や、天之助さんの事も加わって、
夏の風物詩になりつつあります。
いかん、
こんなことを書いていると、
ボブマリーのライブ映像を観たくなってきた。
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天の助 まつり

2008年08月09日 | 音楽
今日は、ライブハウス「得三」に、
榊原さんと行きました。
去年の8月3日に亡くなった一ノ谷天之助さんの、
仲間の人達が、生前、天之助さんが歌っていた歌を、
歌うという催しです。
陽気に、ということでしょう、
コンサートのタイトルは「天の助 まつり」。

総勢、20人ぐらいは出演ということで、
同窓会みたいな感じです。
カウンターの上の壁に、
天之助さんの大きなパネル写真が飾られてありました。
それと、ステージの後ろに、白い布が貼ってあって、
演奏中、休憩中、いつも、生前の天之助さんの写真が、
映っていました。
スピーカーの横には、風船がいくつか飾られていて、
演奏中、熱気でひとつが割れ、
須川光さんが演奏するキーボードの上に落ち、
須川さんは、「ん」という感じです。

犬塚健二さんが歌う「極楽鳥」、
山岡さんのギター、
いとうたかおさんと山岡さんの二人で、
「不良少年」、
米倉尚希さんがギターで加わっての、
「震え」、
曲名は判らないのですけど、
山岡さんのMCによると、
天之助さんのふるさと、三重県の宮川村を歌った歌、
それを、強いバンドをバックに、
森田さんが歌いました。
僕はどの演奏も本当に素晴らしいとマジで思っていたけれど、
中でも、この森田さんの歌が一番、胸に来ました。
天之助さんへの森田さんの思いのようなものが、
この曲で伝わってきて、
天之助さんはもういないのだけれど、
替わって、森田さんが歌っている、
替わっているというより、
代表している、という感じだったので、
それは天之助さんが歌っているみたいでした。


あの山 越えれば 見える
あの山 越えれば 聞こえる


僕はこの曲を初めて聴いた時、
「あの山」は、抽象的な意味だと思っていて、
宮川村となると、
本物の山のことを歌っていたわけです。
そのことにも、少し驚きました。

100人はいたでしょう、
満員になっている会場に、
演奏を終えたミュージシャンが楽屋から出てきて、
他の演奏を聴いていました。
お客さんは、
踊っている人もいたし、
話している人も、
聴いている人もいました。

最初、天之助さんが好んでいた曲を、
須川さんが歌い始めた時、
ああ、天之助さんは本当に音楽が好きだったんだなあ、
と聴いたことがない曲なのに、思いました。

山岡さんはギターを弾きながら、
オフマイクで、須川さんに、
もっとキーボードを弾け、
みたいなことを言って、
断然、演奏の音が大きくなり、
ノリが凄く良くなりました。
僕は山岡さんのギターが、
以前からかなり好きで、
今日はたっぷり演奏が聴けました。

山岡安といとうたかお。
この二人が一緒にやると、
雰囲気が、凄くなります。
凄みがあるというか。

いとうたかおさんは、一曲だけソロで、
天之助さんの写真の方を時々見ながら、
「静かな音楽になった」を歌っていました。

同窓会、という言葉を使えば、
同じ窓から、
みんな何を見ていたのだろう、
と思う。
それにしても、
心のこもった同窓会でした。
「天之助もきっと喜んでいる」
という声が聞こえましたけど、
喜んでいるのは今日、ここにいる人達で、
天之助さんが喜んでいるかどうかは、
判らないけれど、
ただ、
思いのようなものが塊になって、
雲のようになって、
空に浮かんだのは確かでしょう。
その雲の名は、天之助。
その雲が笑っているように見えるのは、
みんなのほほえみのせい。

一ノ谷天之助さんがボーカルをやっていた、
キャラバンのCDが9月に発売されるとのことです。
名古屋には、キャラバンという凄いバンドがいた。
その演奏を一度だけですけど、
聴いたことがある身として、
とても名誉に思っています。
名古屋には、キャラバンという凄いバンドがいました。

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稲光

2008年08月08日 | 生活
昨日観た映画「夕凪の街 桜の国」、
があまりよかったので、
今日も観ました。
麻生久美子が、
最後に、モノローグする声があるのですけど、
それが圧巻です。
こういう反戦の方法もあるんだな、
と映画表現の可能性に、
胸を打たれます。
最後の、モノローグのセリフが良く、
それを言う、麻生久美子の言い方が、
セリフの言葉を、
さらに生命力あるものとさせていて、
ああ、こういう映画は良いな、
と泣きながら素直に思いました。
ぜったい、こんな映画、
映画館では僕は見られません。
というか、
映画館に行って、号泣してまずいな、
と思う邦画が、
最近、凄く多いです。

もう一本は、
「逃亡くそたわけ」。
原作は糸山秋子ですけど、
やっぱり、言葉の技術がある原作の方が僕は好きです。
先日も、「人のセックスを笑うな」を
観ましたけど、
こっちも原作が断然良いです。
それでも、
「逃亡くそたわけ」は、
小説の登場人物「なごやん」のおかしみが、
映画でもちゃんと笑えて、良かった。
原作では、火口で、
「くそたわけー」
と叫ぶのですけど、
映画では、
潮がひいたら道ができる、
陸から島への道ができる、
海辺が舞台になっていて、
あの海の小道は、
とても素敵でした。
この映画の、
一番の見所で、
思ったより、
良い感じの映画でした。
ロードムービーへの、
監督の意気込みが感じられる映画です。

今日も散歩です。
目標は二万歩です。
涼しい朝、もう少し歩をのばせておけば良かったのですけど、
夏なのだし、
炎天下を歩かないと、
夏が体で判らずじまいになり、
きっと後悔するので、
午後からはきつかったけれど、
水を飲みながらの散歩でした。
初めて通る道に、
大きな庭があって、
たくさんの樹木がありました。
それと、
平屋で、植物の蔓が屋根まで盛り上がっていて、
全体が植物で覆われている家屋を発見しました。
どんな人が住んでいるんだろう、
と不思議です。
空は夏。

夜、映画を観ていたら、
外で突風。
ベランダに出てみると、
稲光がたくさん見えました。
僕の住むところは、
7階なので、空で光る雷がよく見えます。
窓の中からでは、
風の強さや、湿度、
雷鳴が空に響く音が判らないので、
生で見るのが良いな、
と思っていました。
花火を見るように、
椅子まで出しての、
雷見物です。
雷は雲から下に行くものばかりだと思っていたけれど、
北の空から南の空に、
横に稲光が通って、
すんげえ、と思って、
かなり観ていました。
雨風も涼しくて、
夏の景です。
岐阜方向とか、
三重方向に、
たくさんの、
雷が光っていて、
ずっと観ていても飽きません。
映画より、面白かった。
凄かったのは、
下に落ちる稲妻もそうですけど、
横に走る稲妻の数々です。
こんな雷を、
僕は情けないことですけど、
初めて観ました。
降りそうで降らない雨が、
やっと、少し降り、
涼しい風がやんだので、
雨もやみました。
映画の続きを観て寝ました。
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中上健次

2008年08月07日 | 生活
朝、けっこう歩いて、
午後から、またたくさん歩きます。
今日は昨日と違って、太陽がギラギラなので、
さすがにふらふらしてきました。
おまけに、リュックには買った大量の野菜を入れたので、
もっと北上しようと思っていたのですけど、
それ以上は遠出できません。
しかたがないので、東に向かい、
図書館に寄って、
ずいぶん、長居してしまいました。
図書館にうかつに入ると、
すぐ長居してしまいので、
最近は、借りる本を決めてから行くのですけど、
今日はしかたがない。
中上健次関連の本を中心に、
5冊拝借。
どうしてだが、
中上健次という存在が、
気が付くと、僕に、
何かを伝えようとしているのです。

帰り道、本でさらに重くなったリュックをしょって、
暗くなりかけている道を歩き、
中上健次のことを考えていました。
仮に、中上が今でも生きていて、
仮に、僕と面会する機会があったとしたら、
中上は僕に、僕の小説に何というだろう、と。
僕は中上健次を全部読んでいるわけではないのに、
最初に書いた小説を、中上健次に読んでもらいたい、
と思ったのです。
その後、東京で暮らし、紀伊国屋書店があるビルの、
ホール、紀伊国屋ホールだったかな、
そこで「批評空間」という雑誌の発行を記念して、
シンャWウムを聞いた時、
僕にとっては最初で最後の生の中上健次を見ました。
パネラーは代表の柄谷行人、浅田彰、磯崎新、
そして、予定にはなかった中上健次です。
出版社の稿料の安さに中上は文句を言っていて、
会場に来ている高橋源一郎に、
「ゲンちゃん、どこにいる? お前、一枚(原稿)いくらだ?」
と聞いていました。
高橋は挙手をしただけで、稿料には何も答えていませんでしたけれど。
確か、そのシンャWウムの前に、
湾岸戦争に反対する作家会議みたいなものがあって、
その流れもあって、会場にはたくさんの作家が来ていたと思います。
中上健次も高橋源一郎も作家会議出席の流れで、
批評空間のシンャWウムにも来ていたのでしょう。


図書館で、中上の小説、発言集、対談の本を前にして、
僕は中上の声を聞こうとしていました。
きっと、こういうだろう、こうもいうだろう、
と帰り道にも、思っていました。

---

映画観賞は、
「愛の流刑地」、
「夕凪の街 桜の国」。
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多歩

2008年08月06日 | 生活
朝からたくさん歩きました。
黙祷は遅れて、8時半頃、広島の方角に向かって。
昼頃、雷鳴。のち、雨。大粒の。
草木の慈雨。人の慈雨。
昼過ぎからまたたくさん歩きました。
今度は、川沿いを上流に向かって。
新しい靴、
新しい時計。
夜は、映画「大停電の夜に」観る。
残った印象は、
久しぶりに見た役者、吉川晃司。
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