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居酒屋さすらい 1084 - 尾崎とボク、そして親方 - 「おざわ」(足立区千住河原町)

2016-10-29 22:18:55 | 居酒屋さすらい ◆東京都内

毎年、千住大橋の駅に降りると、いつも足早に過ぎ去る人びとと居合わせる。

名前も知らない人の波に揉まれながら、ボクは駅の改札をくぐった。

毎日は誰にとっても、特別である。いや、特別のはずである。

誰かが生まれ、誰かが結ばれ、誰かが亡くなっていく。

毎日はいつも何かに包まれているはずだ。

 

改札を出て、高架下をゆく。

立ち飲み「はっちゃん」は、もう店を開けており、幾人のろくでなしらが酒をあおっている。

信号を渡ると、人影は急に途絶えた。

今日は特別な日だったはずじゃなかったか。

死後23年。

ボクは今年も来てしまった。

 

尾崎ハウスまで来て、手を合わせることに何の意味があるのだろうと、ボクはいつも考えてしまう。

だから帰り道、酒場を探して歩き回る際にボクは少し安心する。

あぁ、酒を飲みに来たんだと。

 

千住大橋の駅裏に点在する酒場を探し、ボクは一軒の店の前で立ち尽くした。

「おざき」?

大衆酒場を標榜する同店の赤提灯の文字を一瞬二度見した。

よく見ると店の名前は「おざわ」だった。

大衆酒場然とした小さな店。

ありふれた店構えだったが、ボクは店に入ってみることにした。

 

カウンターだけの店は大将と奥さんだけが2人で営んでおられる様子。既に客は何人かいて、思い思いに酒を飲んでいる。

ボクは客と客の間に空いた一席を見つけて座った。

 

 店のメニューは意外に安価だった。

ビールは生と瓶ともに500円だったが、酒肴は180円から350円程度だった。

もつ焼きがメインメニューだったが、いずれも2本で200円と割安だった。

 

ボクは生ビールと「かしら」と「とりもも」、そして「白菜の漬物」をオーダーした。

もつ焼きは火加減、焼き方、素材、いずれも悪くなかった。ベテランの味である。

普通のことを普通にやる、という地道な技である。

だが、大衆居酒屋において2本で200円は良心的だ。さすがは京成線沿線の店。

 

生ビールをやっつけて、日本酒を常温で。

今夜は弔いの酒だ。運ばれてきたコップ酒をグイとあおると、隣の席から声がかかった。

「若いの、いい飲みっぷりだ」。

「いえ、若くもありません」。

声の方向を見ると、その声の主はもういい歳をしたおじいちゃんだった。

べらんめえ調の威勢のいいおじいちゃんは、いかにも京成線にいそうなご仁で、テレビのニュースに流れる事件の当事者らに強烈な言葉を投げかけた。

 

「兄ちゃん、どっから来たんだ」。

彼の歳からすると、ボクはまだ兄ちゃんなんだろう。

「東十条です」

と答えると、

「ちょっと遠いね」という。

「東十条、知ってるんですか?」

と聞くと、

「たまに仕事で行くよ」と返してきた。

おじいちゃん、まだ仕事してるのか。

 

「まだ、現役なんですか」と尋ねると、「あたぼうよ」と返してきた。

「明日の現場は宇都宮だ」。

更に話を聞くと、おじいちゃんはクレーン車を扱う現場監督だという。

「そういや、明日はな。4時に家を出なきゃいけない。早く帰らねば」。

そう言って、彼はやや前屈みに酒を一気にあおった。

そのとき、おじいちゃんの背中が少し見えた。そこには立派な和彫りの龍が見えた。

その後から、わたしはおじいちゃんを「親方」と呼んで、話を続けた。

親方はなかなか帰らなかった。

「早く帰って、『寅さん』見ないと」。

親方は何度もそう言った。

「親方、早く帰って休んでください」。

ボクも何度も言った。

 

気がつけば何本かの徳利が横になった。

親方は一人帰って行った。

いい酒だったと思う。

親方との楽しい酒。

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